許されざる者


12月24日。クリスマス・イヴ。


「何?叔父貴も今夜デートなの?」
 甥の平蔵の思いもよらない言葉に。
「何だと?」
 宗方組八代目。櫻 大吾は、眉間に皺を寄せて手にしていた書類の束から顔を上げた。
「・・・だってさ。鼻歌なんか歌っちゃってさ。何となく、鼻の下も伸びてるし。」
「・・・。」
 鼻歌?
 そんな自覚は、大吾にはまったく無かった。
 無意識に顎のアタリを左手で撫でる。
「まあ。いいんじゃないの。今日はイヴだしね。俺だって。その。予定があるし。」
 まだ二十歳前後であるというのに。既に男の色気のようなモノを漂わせている、父親より叔父似だと言われている甥が、珍しく幼い表情を浮かべている。ほんの少し。オトナ(・・・)の機嫌を伺うような。
「・・・もしかして、ジョウとか?おい。零一朗は承知してるんだろうな。」
 大吾は眉間に皺を寄せた。二人が恋愛関係にあるのは承知しているのかもしれないが。ジョウの父親の風間 零一朗は信じられないホドのヤクザ嫌い。タカ(・・)をくくっていると、痛い目に合うコトになる。
「多分・・・。ジョウが・・・。許可をもらっていると・・・」
「・・・。」
 顔つきが厳しくなった大吾に、平蔵はバツが悪そうに言う。
「だって、
タイユバン・ロブションのクリスマスディナーだぜっ!?ありとあらゆる手段を使って死に物狂いでもぎ取ったんだぜっ!?通常だったら、予約が取れるのは数年後だっつーのに!!いくら何でも、今日ぐらいは大目に見てくれるよな!!」
 険しい顔を崩さない大吾を見て、平蔵は必死に言い募る。だが。基本、大吾に言っても仕様が無い。
「・・・。」
 ダメだ、こいつは。大吾はため息を吐いた。零一朗のおとなげなさ怖さが全然、分かってない。
 大吾は、そう思ったが。
「・・・まあ。イヴだしな・・・。」
 口では何でも無さそうに、そう言った。
「だよな!!」
 平蔵が満面の笑顔を浮かべる。
「零一朗もソコまで野暮じゃなかろう・・・。」
「だよな!いくらなんでも、イヴだものな!!午後8時までに帰って来いなんて、言う訳ないよな!!」
「・・・。」
 ジョウの門限は午後8時か。大吾は一瞬だけ、平蔵に同情した。
「叔父貴!!じゃあ、行って来るな!!」
 平蔵は浮かれた様子で、床に置いてあった鞄を拾い上げた。そのまま踊るような足取りで、ドアに向かう。ドアを開いて一度振り返り、嬉しそうに笑うと、部屋を出て行った。
「・・・。」
 本当は。許してもらえる訳()えだろ、と思いながらも。
 大吾は笑顔で、平蔵を見送ると、立ち上がった。
 今夜バカリは、他人のコトなどどうでも良かった。もし平蔵が零一朗に半殺しにされたとしても、それは自業自得。因果応報(?)。出る杭は打たれる(??)。高坂をはじめ、零一朗を知っている大吾の側近たちも、これでもかと言うほど平蔵に忠告はしてあるハズだ。
 だが平蔵は、まだ風間 零一朗という男を甘く見ている節がある。このへんで多少の痛い目を見ていた方が、今後の彼のためだろう。怖いもの知らずでは、真面目に生命に関わってくるかもしれない。何といっても、相手は風間 零一朗。誰も彼を止めるコトは出来ないのだから。
 さすがに(タマ)まで盗られたら、父親である浩明が煩いだろうが。この程度のコトならせいぜい痛い目(・・・)をみる程度だろうと判断出来る程度には、大吾は零一朗を知っていた。
 そして大吾は平蔵に対する懸念をあっさりと頭から追い出した。
(しかし。・・・鼻歌を、歌っていたか・・・。)
 大吾は小さく苦笑した。
「・・・。」
 大吾は机の上のタバコに手を伸ばすと、口に咥えて立ち上がった。
 デートなの?
 平蔵の声が耳に残る。
「・・・。」
 朝っぱらからのイキナリの電話。
『今晩。開いているか?』
 イヴの夜に、大吾の予定が開いている訳がない。それを承知の上で、絶対に大吾が否やとは言わないと自信を持って問いかけてくる男。
『いつもの場所で、待っている。』
 携帯電話越しの。わざとらしい程の甘い声。
 性悪(しょうわる)め。
 そうは思っても。その声に想起される、穢れを知らない天使のような清廉な笑顔と、ベッドの上で恥知らずなほど乱れに乱れる、淫乱な身体。十代のガキのように身体が熱くなる。掌が覚えているその肌の感触。
「・・・。」
 恋愛は。惚れた方が負け。分かっていても腹が立つ。腹が立っても。
「・・・。」
 つい。鼻歌なんぞ歌ってしまう情けなさ。
 大吾は煙草に火をつけると、深く煙を吸い込んだ。日本ではあまり馴染みの無い外国製のタバコの馨り。恋人とは呼べない男の匂い。
(何を企んでいやがるのか・・・。)
 勝又 翔が、大吾をタダ(・・)のデートになど誘うハズがない。しかも今日はクリスマス・イヴだ。
 大吾は微笑った。少し獰猛に。
 大吾が無断で作ったマンションの合鍵について、勝又は咎めようとしたことは無い。だが、あんな部屋など、その気になれば勝又はスグに出て行ってしまうだろう。
 醜いまでの凄まじい執着と欲望を剥き出しにするかと思えば。まるで徳の高い僧侶のように全てを捨て去ってしまえる男。
(だが。逃がさねえぞ、勝又。)
 例え、この恋がどんな結末を迎えようとも。お前が最後に居るのは、俺の腕の中だ。
 殺す時も。殺される瞬間でさえも。
「・・・。」
 大吾は笑みを消すことなく、短くなったタバコを、灰皿で捻った。





















「・・・何だ、ソレ?」
 午後6時半。
 指定された場所に赴いた大吾の第一声だった。
「ああ?(おせ)えよ、てめえ。(おせ)え。(おせ)え。(おせ)え。」
 待ち合わせ時間の5分前だというのにコレだ。
 二人で会う時。勝又 翔は、普段いつでも誰にでも浮かべている愛想笑いを浮かべていたコトが無い。
 特別扱いと言えば聞こえが良いが。要は勝又は大吾が嫌いなのだ。愛想笑いを浮かべる必要も感じないホド。
「・・・。」
 いつまで経っても、懐かない野良猫。いや虎か。大吾は苦笑する。
「分かったよ。待たせて悪かったな。だから、それは何なんだ?教えろよ。」
「可愛いだろう?」
 勝又 翔は、大吾に向かって珍しくにっこりと微笑んだ。
「・・・。」
 確かに可愛い。勝又 翔は。大吾には僅かに及ばないものの通常なら可愛いなどという言葉からは無縁の身長190センチを越す堂々たる美丈夫だ。全身をこれでもかというほどのブランド品で固め、人によっては眉を顰めるセンスだが、大吾はいかにも勝又らしいと思っているし、実際似合っている。
 大吾は自然と頬が緩む。
 勝又の年齢不詳の童顔に浮かぶ、清純とも言って良い笑みに。
 可愛い可愛い喰っちまいたいほど可愛い。などと腐ったコトを考える。
 だが、取り合えず、そんなコトはどうでも良い。
 問題は。
 勝又がその腕に、本物の天使を抱いているコトだ。
「・・・。」
 腰までの金色の巻き毛を垂らした天使は、10歳くらいの少女の姿をしていた。すみれ色の大きな瞳が長い金色の睫毛を瞬かせ、大吾を凝視している。
 真っ白なふわふわのコート。頭には瞳の色と同じ菫色のリボン。
「どっから攫って来た?」
 勝又が妻帯者で子供も居るのは承知だ。だが、確か息子が一人で、15歳は超えているハズだった。その妻子とは離れて暮らしているし、新たに子供が出来たとは聞いてない。それに何といってもこの少女は、明らかにアングロサクソン系だ。
「・・・。」
 勝又は。明らかに相手を煙に巻くつもりの、とびきりの笑顔を見せた。そして。
「さあ、行こうか。スポンサーが来たから、何でも買ってもらえるぞ。」
 腕の中の少女を覗き込み、嬉しそうに言う。
「・・・おい。」
「公務員は、安月給でね。ごほごほ。」
「・・・。」
 わざとらしく口に拳を当てる勝又を、大吾は睨んだ。何が安月給だ。高級官僚のくせしやがって。
「・・・名前くらい教えろ。不便だろうが。」
「・・・。」
 勝又は少女を地面に降ろすと、その右手を引いて立ち上がった。そして。ふいと空を見上げた。
「・・・?」
 大吾もつられて空を見る。都会では星は見えない。真冬の空は、真っ暗だ。
「007号だ。」
「・・・?」
 大吾は眉間に皺を寄せた。
 007号・・・?何なんだ?何かのマンガか?
 大吾がいぶかしげに視線を戻した勝又の顔には、また例の得たいの知れない微笑が
浮かんでいる。
「勝又・・・。」
 一体何を企んでいる。一瞬背筋を重いモノが走ったが。
(まあ、いいか。)
 大吾は小さくため息を漏らすと、微かな笑みを唇にはいた。勝又を問いただそうとは思わなかった。時間の無駄だ。元々、この男の口にする言葉で、真実に値するものなど、数えるほどなのだ。
 イヴの夜に天使を連れて歩く。それもまた、一興だ。
「・・・。」
 大吾がふいに浮かべたどこか獰猛な笑みを、勝又は瞳を微かに眇めて見た。
「・・・だから。てめえは、虫が好かねえ。」
 素の表情に戻って、吐き捨てるように呟く。
「・・・。」
 滅多に人前で見るコトの無い。勝又本来の姿を、大吾は楽しげに見た。


 高級ブティックが軒を並べる銀座の通りで、勝又と少女はサマザマなモノを買った。
 靴。鞄。アクセサリーに洋服。果てはヌイグルミまで。少女はまるで着せ替え人形のようにクルクルと姿を変えた。頭の大きな菫色のリボンだけは、そのままに。
「・・・。」
 だが。
 美しい少女は、どこか無表情だった。
 少女が歓声を上げそうなモノは全て手に入れたというのに。微笑ひとつ見せない。
 最後に買ったテディ・ベアだけは、大切そうに胸に抱いているが。その。東洋人から見れば、天使にしか見えない少女の顔には、弾けるような笑顔は無い。
 異様に楽しそうに少女にモノを買い与える勝又とは対照的に。戸惑っているのとも違う。言葉が分からないのかとも思ったが。勝又の英語での問いかけには鈍いながらも返事を返している。
 知恵が遅れているように見えない。だが。
「・・・。」
 この少女は、どこか異質だった。

「・・・。」
 その異様さを感じながらも。大吾は何も言おうとは思わなかった。
 勝又が気に入っているからと、高坂に無理やり予約を捻じ込ませた懐石料理の店をあっさりキャンセルして。勝又が選んだのは、どこにでもあるファミリーレストランだった。
 カレー。ハンバーグ。マカロニグラタン。
 子供が喜びそうなメニューを、勝又は次々に注文する。
 最初はヤハリ無表情だった少女だが。グラタンを一口含んだ途端。瞳を輝かせた。
『・・・!!!』
 ビックリしたように勝又を見上げる。
『・・・美味いか?どんどん喰え。』
 勝又は、大吾が見たこともないほど優しく呟いた。
『・・・っ!!!』
 少女はその言葉に。必死といった面持ちで肯きながら。必死で皿の料理を口に運び始める。皿まで舐める勢いで。
「・・・。」
 明らかに。美味しい食事をしたことのない少女。日本人では無いという問題では無いだろう。
 大吾の無言の問い掛けに、勝又は笑顔で答えた。
「身体に良いものしか、喰ったコトが無い。ソレ(・・)が美味いかどうかなんてどうでも良い。」
「・・・。」
「身体に良いものを食べさせ、身体に良いことしかさせない。ただ、健康に育てば、それで良いのさ・・・。」
「・・・。」
 大吾は少女を改めて見た。
 これほど愛らしい外見にも関わらず。少女は誰にも愛されていないのだ。そしてそれは。
「・・・。」
 多分。勝又に繋がるもの。

 愛されない子供。

「・・・。」
 大吾は、二人から目を逸らすと、ファミリーレストランの大きな窓から空を見上げた。
 星の無い夜空を。


「海にいくぞ。」
 勝又はディナーの最後に、大吾を真っ直ぐに見て呟いた。
「・・・。」
 大吾は最早。逆らおうとは思わなかった。黙って、レシートを手に、立ち上がった。






「・・・。」
 大都会の汚い砂浜。だが。
「・・・。」
 凍りつくような寒さの中。
 真っ白な波頭が宙に浮かぶように花を咲かせる。

 ド・ドーーン

 同時に聞こえる波の音。
『・・・怖い・・・。』
 少女は、勝又のコートの裾にしがみ付いて呟いた。
『大丈夫だよ。』
 勝又は微笑んで、少女を波打ち際に(いざな)う。
『ココは、あらゆる生命の源だ。』
『・・・。』
 少女は驚いたように、勝又を見上げる。
『・・・生命は。海から生まれて、海に還る。』
 勝又は夢見るように呟くと、少女の頭を撫でた。
 少女は勝又を見詰めている。勝又の顔に浮かぶ、天使の笑み。
『だけど君は。一体、どこに還るのだろう、007号。』
 勝又はそう言うと、腰を屈めて少女の柔らかな頬に口付けた。
 この世で。もっとも愛おしい魂よ。
 勝又の呟きが、大吾には聞こえた。



 少女は歓声を上げて、波打ち際に駆けて行く。
「・・・海を見るのは、初めてなのか?」
 その様子を眺めながら、大吾は勝又に問いかけた。
()に出るのも、初めてさ。」
「・・・。」
 大吾は勝又を見た。
 少女を見詰める勝又の顔には、笑顔だけが浮かんでいる。
「・・・。」
 大吾も少女を見た。
 波と戯れる、美しい少女。
 寄せては還す。寄せては還す。遥かな波。
 どれほど科学が進歩しても。ヒトの生き死にに、多大な影響を及ぼす、太古よりの生命の営み。
「・・・勝又・・・。」
 大吾が呼び掛けた。その瞬間。
 砂浜の上にある国道に、数台の高級車がブレーキ音をたてて停車した。
「!!」
 大吾は一瞬身構えたが。
「・・・。」
 勝又は。そうした事も、まるで気が付かないように、相変わらず微笑を浮かべている。それを見て、大吾も反射的に反応しかけた身体を制御する。
『カツマタ!!』
 どこか見覚えのある金髪の男。普段は自分で扉に手を掛けたコトも無い雰囲気を纏った男が、高級車から飛び降りざま勝又の名前を叫ぶ。
『・・・。』
 勝又も聞き覚えのある名前を、呼び返した。
『007号は、どこだ!?』
 切羽詰ったような口調が、その。明らかに上流階級の紳士だろうと思われる若い青年の口から漏れる。よく見れば、普段は完璧に整えられているだろう髪も服装にも、小さな乱れが見える。
「・・・。」
 勝又は無言で、顎をしゃくる。その先の波打ち際。少女が夢中で波と戯れている。
『・・・。』
 金髪の青年の無言の指示により、ボディガートを兼ねているだろうと思える屈強のダークな背広数人が、少女に向かって走り出す。
『・・・カツマタ。一体、何の真似だ。』
 青年は。傍らの大吾を完璧に無視して、勝又だけに言った。口調に抑えきれない怒りが滲んでいる。
『日本政府は、最大限の便宜を我々に図ってくれるハズだろう!!』
『勿論ですよ。』
 勝又が天使の笑顔で、彼の怒りを迎え撃つ。
『貴方がプレゼントにリボンを付け忘れているようだったので、気を利かせたつもりだったのですが、余計なコトでしたか・・・?』
『リボン?』
『そう。貴方の妹君の瞳の色と同じ菫色のリボン。その方が素敵だと思いませんか?』
『・・・。』
 唐突に大吾は、少女の髪を飾っていたリボンを思い出した。菫色。少女の瞳と同じ。
『クリスマス・プレゼントは、リボンで飾らなければ。』
 美貌に浮かぶ天使の微笑。
アレ(・・)は、クリスマス・プレゼントなのだから。』
「・・・。」
 大吾は、瞳を眇めて二人を見た。
 金髪の青年は、呻くように呟いた。
『・・・カツマタ。君は・・・。私を責めているのか?』
『とんでもない!!そんな風に取られるのは、心外だな。貴方とお父上は、生まれつき重い心臓病を抱えた、妹君のために、持っている財力と権力を使って、出来るだけのコトをしただけでしょう。』
『・・・カツマタ。』
 青年の呼び掛けを無視して、勝又は屈強な男に抱き上げられて、こちらに向かってくる少女の方を向いた。
『楽しかったか?』
『・・・。』
 勝又の言葉に。少女は腕の中のテディ・ベアを見た。そして勝又をもう一度見詰めて肯いた。菫色の大きな瞳が一つ瞬いた。
『さようなら。』
 勝又が微笑む。
『・・・。』
 少女は無言で、小さく手を振った。最初に勝又を。それから大吾を見詰めた。
『・・・。』
 無言で背を向けた青年を追うように、少女を抱いた男たちが続く。
『移植手術の成功を祈っていますよ。』
『・・・!』
 勝又の掛けた言葉に。
 青年は一瞬歩みを止め、勝又を蒼白な顔で振り返る。
『これほどの美談だというのに、可哀想に妹御には、永遠に天国の門は開かれないでしょうな。』
 闇に浮かぶ天使の微笑。
『・・・。』
 青年は一瞬何か言いた気に、唇を震わせたが、結局何も言わずに勝又の前に歩み寄った。
『君が、怒るとは思わなかった・・・。』
 そう言うと、勝又の頬に腕を伸ばす。
『・・・。』
 勝又は、だが、彼の掌を拒むように身体を引いた。
『カツマタ・・・。』
 青年は苦い表情で、拒まれた右手を握り締める。そして、その時初めて、勝又の傍らに立つ大吾に視線を向けた。支配者の眼差し。まるで路傍に転がっている石を見るように、大吾を見る。
「・・・。」
 大吾は、その眼差しを真っ向から受け止めた。同時に微かな笑みを、唇に佩く。
 途端、青年の視線に燃えるような嫉妬の炎が生まれる。が。彼はそれを完璧に押し隠し。
『・・・後で連絡する・・・。』
 勝又に視線を戻すとそう呟いて、今度は振り返ることもなく歩み去った。
「・・・。」
 複数の車のドアの開閉音が響く。
 彼らはそのまま。
 現れた時と同じく、唐突に去って行った。


「・・・。」
「・・・。」
 アトに残る静寂と暗闇。
「・・・クリスマスプレゼント、って何だ?」
 心臓病の妹へのと言っていた、勝又の言葉を考えながら、大吾は聴いた。勝又は微笑んだ。
「・・・妹とマッタク同じ遺伝情報を持った、完璧な健康体だ。勿論、心臓も完璧。七番目に生まれた理想の・・・。」
 勝又は言葉を切ると、大吾を見た。
「・・・。」
 大吾の脳裏を、テレビで見たことのある『ドリー』とか名付けられていた羊の姿が過ぎった。
「家畜だよ。」
 勝又の言葉が、静かに響く。
「・・・もう。人間に応用されているのか・・・?」
 大吾の声が微かに震える。
「特権階級にはな。」
 勝又はにこやかに笑ってみせた。
「・・・。プレゼントは、明日にはガラクタになる。」
「・・・。」
 美味しそうにハンバーグをほうばっていた、天使のような少女の姿が、大吾の脳裏を掠める。大吾は、溜め息を吐いた。
俺たち(人類)は、天国にはいけそうもないな・・・。」
「・・・海から生まれて。海に還る。」
 勝又は。静かに呟いた。
「・・・。」
 大吾は目だけを動かして、勝又を見た。
 勝又の顔を。再び得体の知れない笑みが彩っている。
「何と。贅沢で残酷な生命たちか。」
 勝又は。ゆっくりと大吾の顔を見た。
「地獄に堕ちて、当然だ。」
「・・・。」
 大吾は黙って勝又を見返した。
()ろうぜ、櫻。」
 笑みを浮かべたまま、勝又が囁いた。ゆっくりと大吾に近づく。
「・・・。」
「神以外が産み出した生命。そして。」
 勝又は、大吾の首に両腕を回した。
「何も産むことの無い、行為。」
「・・・。」
「何と。今宵に相応しい。」
 勝又は夢見るような表情を浮かべて、目を閉じた。
「メリー・クリスマス。」
「・・・ああ。」
 大吾は、ゆっくりと勝又の腰に手をまわした。





 波の音が、微かに聞こえる。
 地球が営む確かな鼓動。
「・・・。」
 それに合わせるように、大吾は律動を刻む。
 彼を包むあたたかな熱。
 まるで地球に抱かれているようだった。

 

 寄せ返す波の合間に。

 喘ぎとは違う声が、大吾の耳に届く。

 
 天にまします、我らの父よ、
 願わくは御名の尊まれんことを。
 御国の来たらんことを。
 御旨の天に行なわるるごとく、
 地にも行なわれんことを。
 我らの日用の糧を、
 今日我らに与えたまえ。
 我らが人にゆるすごとく、
 我らの罪をゆるしたまえ。


「我らが人にゆるすごとく、
 我らの罪をゆるしたまえ。」


 天使は。











 誰のために、祈るのか。











「・・・。」
 大吾は、目を閉じた。

 穢れなき天使。
 何も産み出さない行為。だが、それは。

 ”愛”しかない行為。

 一生、理解しようとはしないだろうが。




「・・・アーメン。」
 大吾は瞳を閉じたまま、静かに呟いた。


−fin−

2007.02.04

 節分なのに、何故にクリスマス!?という感じですが。いやはや、ご容赦下さい。昨年にupすると嘘をついて、途中で気に入らなくなって、うやむやにしてしまった話です(←おい  ごめんなさい、mei-linさま)。今年は観念して、upします(笑)。

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