終末の日

<神々の眼差しシリーズ 番外編>

 遠くで。

 雷鳴が聞こえていた。

 

 季節外れの悪天候。

 青白い稲光がフロアを照らす。同時に凄まじい轟音。

「きゃあああああああっ!!!」

 どこかで。複数の若い女性の悲鳴が轟いた。

 フロアに面した壁の一面は、大きなガラスが嵌め込まれているのだが。その窓に、凄まじい勢いで雨粒が叩きつけられている。庭を美しく彩っているハズのミドリの木々は、まるで紙か何かのように風に翻弄され、大きく揺れ続けている。

 

 そして。フロアは。

 トコロドコロも置かれた、蝋燭の頼りない灯りを除けば。真っ暗であった。

 この辺りでは珍しい停電。

 しかも。

 日本という国において、超の付く一流ホテルたるこの場所で。

 自家発電の機能さえ、まともに働かず、辺りは闇に沈んでいた。

 

「・・・・見ろ。この世の終わりだ。」

 フロアのソファにゆったりと腰を下ろしたままで、和賀 葉一が窓の外の景色を眺めながら呟いた。

「・・・・縁起でもない。」

 向かいのソファに座っていた櫻 大吾が、タバコをふかしながら、真っ黒な空を映す窓を見詰めて呟いた。

「世界が。今日という日を呪(のろ)っているのさ。」

 大吾の隣に座っていた小林 雄基は、吐き捨てるように言った。

「言い過ぎだ。」

 大吾の言葉に。

「何、余裕こいてんだ。」

 コバヤシは、ジロリと大吾を睨んだ。

「別格だって示したいのか?けっ!だから、てめえは嫌われるんだよ。」

「その通りだ。ヤな野郎だぜ。」

 葉一とも波状攻撃に、大吾はタバコを揉み消しながら言った。

「・・・・。あのな。」

「・・・やっぱり嫌われ者なんだな。」

 それまで、口を噤んでいた勝又 翔が、含み笑いで大吾を見る。

「違う。」大吾は勝又を睨んだ。

「違わん。」間髪入れず、コバヤシが言う。

「そうだ。違わん。」葉一もすかさず続く。

 その元同級生たちを睨みつけて、大吾は唇を噛んだ。

「てめえら。昔、イロイロ助けてやったのに・・・。この恩知らず。」

 

 その時。

「うわあ!!!この辺りは特に暗いわねっ!!!何?空気が重いというヤツ?」

「やっぱりねえ!!!」

 二組の若い女性の声が、ソファの傍らから聞こえた。

「・・・・・。」

 4人は、自然声のした方を見た。

 ナカナカの美女が二人。腕組みをして眉間に皺を寄せ、ソファに座っている4人を見下ろしている。

「それにしても、ココまでするとはね。」

 遠藤 可奈はあきれたように、高校時代の同級生たちを見下ろした。

「ホント。辺り全部を停電に追い込んで、自家発電の機械を壊したりするって、犯罪なんじゃないの?」

 相棒の藤原 美佐子も溜め息を付きながら、大慌てで右往左往しているホテル従業員や、不安そうにフロアに溜まっている客たちを眺めながら呟く。

「ちょっと、待て。」

 葉一がソファに座ったまま、これ見よがしに溜め息を吐き続ける『女ともだち』を見上げる。

「その言い方だと、まるで俺たちが、この事態を招いたように聞こえるが?」

「違うの?」期せずして、可奈と美佐子の声は揃った。

「ヒトを犯罪者扱いする気か?そんなマネする訳あるか!!これはアクマで偶然だ。」

 コバヤシが額に青筋を立てて、吐き捨てる。

「もしくは、天の怒りだな。」続いて葉一が、重々しく宣言する。

「・・・・。」

 残りの3人は、その通りだと言わんばかりに頷く。

「・・・・・馬鹿じゃないの?」

 美佐子があきれたように、呟いた。

「美佐子、放っとこう。今。コイツラに、何を言っても無駄よ。無駄。」

 可奈が傍らの美佐子をうながして喫茶室の方に足を向ける。

「ホテル側がお詫びにって、カフェテリアを無料にしてるみたいよ。」

「きゃあ。嬉しい。ケーキとかも?」

 てなことを言いながら。

「・・・・・。」

 二人が歩み去ったアト。

 

「・・・おい。」

 大吾は微かに顔を歪めて、勝又に声を掛けた。

「てめえ。何もしてないだろうな?」

「何のコトだ?」

 勝又が、タバコを口に咥えたまま、目だけで大吾を見た。

「この停電だよ。」

 大吾は苛立たしげに、長い足を組み替える。

「俺が?一体、何をするってんだ?」

 小さく鼻に皺を寄せて、勝又は胡乱な眼差しを大吾に当てる。

「ハッキリ言って。このナカで一番、馬鹿なマネをする可能性があるのは、テメエだからだ。」

 大吾は勝又の険を含んだ視線を真っ向から受け止めて、重々しく呟いた。

「ふん。何かする可能性のある奴らなら、世界中に居るぜ。それに、ヤクザの親分。あんたこそ。あんた以外のヤクザどもは、平気なんだろうな。」

 勝又は大吾から視線を逸らせると、盛大に紫煙を口から吐き出した。

「・・・・。」大吾は、黙り込んだ。

 その大吾を見て。

「うわ。」葉一が眉間に皺を寄せた。

「自信なさそう。」コバヤシも嫌そうに、大吾を見る。

「うるせえ。・・・・和賀。テメエこそ、信者は大丈夫なんだろうな。」

 大吾が、気を取り直して叫んだ瞬間。

「あ・・・。」

「・・・・!」

「ああ。」

「・・・・・。」

 フロアに照明が戻った。

 

 フロアには、停電になる前と同じような華やかな音楽が流れ始め、そこに居たたくさんの人間たちの間にホッとしたような空気が流れる。

 この場所に。日常が、ゆっくりと戻り始めた。

 

「・・・何だ。」

 コバヤシが気落ちしたように、呟いた。

「結局。テロじゃ無かったのか。」

「当たり前だ。」

 そう答える勝又も、何となくがっかりしていた。

「・・・・・。」

「・・・・・。」

 言葉を出さない。残りの二人の表情にも、微かな失望のイロが流れる。

 やがて。

 

「・・・・・・何事にも、終わりは来るさ。」

 

 大吾が。ポツリと呟いた。

「・・・・そういうコトだな。」

 葉一も溜め息を吐く。

「・・・今どき。長く続くとは、限らないしな。」

 未練気に、コバヤシが眉間に皺を寄せて小さく呟く。すると。

 

「そんなコトないわよ。」

 再び明るい女性の声が、彼らの背後から聞こえた。

「・・・・・・・。」

「奥さんオメデタらしいから。あのオトコは、子供が出来たら、絶対別れたりしないわね。」

「出来ちゃった婚!?」コバヤシが思わず叫ぶ。

「そういうコトだ。」

 勝又が苦い顔で、呟いた。

「テメエ!!知ってたのか!!」

 葉一が血相を変えて勝又に詰め寄る。

「当たり前だ。同僚なんだから。・・・そうじゃなきゃ。結婚まではいかなかっただろうに。」

 悔しげに呟く勝又の顔を見て、葉一とコバヤシは力を失ったようにソファに沈み込んだ。

「信じられない。あのオトコが、女を孕ませるなんて・・・・。そんなコトしてやがったんだ・・・。」

「当たり前だ。」

 大吾がヤレヤレといった風にタバコに火を付けた。

「ショックだ・・・・。」

 コバヤシと葉一は。涙で潤んだ目を、憎々しげに大吾に向けた。

「何で、俺を睨む?」

 大吾は天井を見詰めて、溜め息を吐いた。

「テメエの監督不行き届きだ!!」

「何を監督するってんだ!?アイツのベッドを見張ってろっていうのか!?」

「ちくしょうっ!!その位、しろっ!!俺たちがアイツに近付くのは散々邪魔しやがったくせに!!」

「邪魔なんてしてないぞ。」

「いや!!したぞ!!!」勝又が割り込んできて、大吾を睨んだ。

「・・・・・いい加減にしやがれ、てめえら。」四面楚歌状態の大吾は、歯を剥き出した。

 その時。

「馬鹿じゃないの。」

 そんな元同級生たちを見ながら、美佐子が再び呟いた。

「あ。ほら、アナウンスが・・・。」

 可奈が、嬉しそうに耳を澄ます。

 

『大変長らくお待たせ致しました。・・・・・・の間におきまして、・・・時開催予定でした風間さま・・・さま、ご両家のご結婚披露宴は・・・・・・・・。』

 

 6人は。

 それぞれの想いとともに。

 そのアナウンスに耳を傾けた。

 

「覚悟を決めるのね。」

「そうよ。男らしく、この現実を見詰めなさい。」

 女性二人は、元気よくそう言った。そして。

「・・・やせ我慢でも、オザナリでも良いから。ちゃんと笑顔でお祝いを言うのよ。」

「良い?今日という日に、アイツを悲しませたら、アタシたち『女ともだち』がタダじゃおかないわよ。」

 一瞬だけ真剣な表情を見せると、二人は、オトコたちに背を向けて歩き始めた。

 

「・・・・・。」

「・・・・・。」

「・・・・・。」

「・・・・・。」

 その場に残された。

 4人の。それぞれタイプの違う。

 だが、誰が見ても、全員カナリの色男だということは間違いのないオトコたちは。

 今までに一度も。そして、これから一度も無いコトだが。

 全員がほぼ同時に。左手で顔を覆った。

 

 

 

 その日。

 天気予報を無視しまくったような、信じられない悪天候の中行われた、そのホテルの披露宴の一つは。

 その後、二時間の停電というホテル側としては信じられない大失態を除いても。ホテルの従業員の間で延々と語り継がれることとなった。

 

 噂では。

 招待客のウチ。男性は全員、この世の終わりのような顔をして酒を呷り続け、女性たちはハイテンションではしゃぎ回り、宴事態に異様な雰囲気が漂っていた、らしい。そして。

 招待客を送り出すために、会場出口に立っていた『新郎』の前で、何人ものオトコが泣き崩れ、お前を殺して俺も死ぬと騒ぐトコロを『新郎』が、一人ずつ殴って床に沈めていったとかナンだとかいう話が。実(まこと)しやかに囁かれ続けたが。

 コトの真偽は、定かではない。

 

−fin−

2004.01.03

 あはは。これは絶対正月限定小説です。いつか、一言メッセージでリクエストがあった零一朗の結婚披露宴当日の哀しくも面白い情景。どうか、お遊びだと軽く流して下さい。失礼しました(笑)。多分、日曜イッパイくらいまで公開予定。