卒業を間近に控えた冬の日だった。
「助かっちゃったあああああ!アリガトーーー。風間くぅんっ!!!!」
「・・・・・お前らいい加減にしろよ。俺はお前らの用心棒じゃねえぞ。」
渋谷のコジャレたカフェテリアで、零一朗は遠藤 可奈と藤原 美佐子を前に、眉間に皺を寄せたまま、レモンスカッシュのストローを口に咥えた。
「まあまあまあ。そんなに怒らないで。」
零一朗を宥めに掛かる二人は、念入りに化粧をしてオトナっぽい洋服に身を包んでいる。OLだと言っても通用しそうだ。普段、セーラー服しか見たことが無かった零一朗は、最初誰だか分からなかったホドだった。
とにかく二人はどうやらその格好で、夜の繁華街に冒険に出掛けたらしかった。そしてナンパされた。
「だって。いきなり、今晩いいだろう?なんて言うのよ。」
「ねえ。子供じゃあるまいし、ってどういう意味よねえ?」
二人は、顔を見合すとナンパ男たちの悪口を言い始めた。
何だか良くわからないが、危険な状況に陥ったらしい二人は、零一朗に電話で助けを求めて来たという訳だ。
「・・・・・・軽く見られたんだ。反省しろ!」
零一朗は歯を剥いて、二人に凄んだ。
「こっわああああいっ!」
「やだ、非道おおおいっ!」
「うるせえっ!」零一朗は額に青筋を立てた。
「一歩間違えば、取り返しがつかんぞっ!!!」
「えーん。風間くんが、怒ったああ!」
「やーん。」
「・・・・・・・・。」緊張感の欠片も無い二人の反応に、零一朗は腕を組んで俯いた。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
黙りこんだ零一朗に、さすがにまずいと思ったのか、可奈と美佐子がオソルオソル声を掛けてくる。
「・・・・ごめんね。風間くん。」
「・・・・・・・。馬鹿にしたワケじゃ無いのよ。心配してくれているのは、分かっているのよ。でも・・・。」
「でも?」
零一朗は顔を上げた。
「つい。風間くん相手だと、安心して甘えちゃうのよ。」
「・・・・・安心?」
「何ていうの?男だけど、女ともだちみたいで・・・・。」
「な・・・・何だとうっ!!!」思わず大声で叫ぶと、零一朗は立ち上がった。
「そう。何か、オトコとして意識しなくて済むっていうか・・・。でも、誰よりも強いから、頼りになるし・・・。」
「女ともだちとしては、最高かも・・・・。ねえ。」二人は悪びれずにそう言った。悪戯っぽい笑みを浮かべて、立ち上がった零一朗を見ている。
「・・・・・・・。」零一朗は言葉も無く、二人を見詰めていた。男としてのプライドがズタズタだ。その時。
「・・・・・君たち。3人なんだ。良かったら、俺たちと遊びに行かない?」
いかにも。ナンパな大学生風のオトコたち3人が、声を掛けてきた。
「えー?」
「やだあ。どーするー?」見てくれハンサムで、遊び慣れているようなそのオトコ達を見て、可奈と美佐子はいきなり態度を変える。
「な・・・・!?」零一朗は、呆気に取られた顔で、可奈たちとオトコ達を見比べた。
「風間くんが一緒だと、安心だしい。」
「おい!」
「まあまあ。ボク達も一緒させてよ。いーじゃん。」オトコの一人は馴れ馴れしく零一朗の肩に手を回す。
「・・・・・・・・・・。」零一朗はそれを振り払う気力も無く。椅子に深く身体を沈めた。彼の身体全体から、あきらめムードが漂っていた。
トドノツマリ。この状況で二人を置いて帰る事など、零一朗には出来るハズも無いのだから。
「・・・・しっかし。失礼しちゃうわよねえ!」
「ホント。ホント。私たちより、風間くんが良いって、一体、ドーユー事って感じよねえ!」
学校帰り。
可奈と美佐子は、馴染みの喫茶店でおしゃべりに興じていた。
あの後。三対三(?)で飲みに行ったのだが、大学生三人は、スグに目当てが零一朗であった事をあからさまに態度で示した。最後には結局、キレた零一朗が彼らを叩きのめし、可奈と美佐子は零一朗に朝までみっちりと説教されるハメに陥った。
「しっかし風間くんて。カタイわよねえ。今どき。」
「ホント。ちょっとどうかと思うわよねえ。あれは間違い無く頑固親父になるわ。」
話は自然と零一朗の話になった。
「悪い男じゃないんだけどねえ。」
「そうなのよねえ。皆が言うより、よっぽど優しくて良いオトコなんだけどねえ。でも。彼にする気にはなれないけど。」
二人とも。
零一朗の評判が芳しくないことは知っていた。いや。自分たちだって、好意を持ったのは、つい最近。親しく言葉を交わすようになってからだった。
氷のように美しい容貌と。ブッキラボウな物言い。必要以上に真面目で、見掛けからは信じられないほど短気な性格。それらが、無用な誤解を生んでいるのだと、今では分かっているのだが。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・!」
その時。
二人は別に意識したワケでは無かったが、近くのテーブルの会話が耳に入ってきた。
「ホント。むかつく。女相手ならともかく。男に自分のオトコを獲られるなんて。」
「何?そのオトコと付き合うっての?」
「そうじゃないみたいだけど。そのオトコを見た後じゃ、私なんかとは付き合う気になれない、だって。馬鹿にして。」
「・・・・その。相手のオカマ野郎。ちょっと思い知らせてやった方が良いわよね。」
「でも。凄く強いって聞いたわよ。オカマの割りに。剣道部で、居合いもやってるって。」
「大丈夫よ。あいつ。女には、絶対、乱暴しないらしいわ。オトコには異様に厳しいらしいけど。」
「・・・・・・・・・。」
この時点で。
可奈と美佐子は。自分たちの通路を挟んだ向こう側のテーブルで話をしている他校の少し髪の毛を脱色している女子高校生たちが、誰の話をしているのか分かった。
「・・・・・・・・・。」
二人は顔を見合わせる。
彼女たちの人数は、5人だった。
「だから、適当なこと言って騙して、手錠でも掛けちゃえば良いのよ。手足の自由を無くしちゃってから、変態なオトコどもにでも引き渡せば・・・。」
「・・・・クスクス。自然と、復讐が出来るわけね。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
そこまで聞くと。可奈と美佐子は無言で立ち上がった。
可奈と美佐子は無表情に、話に夢中になっている女子高校生たちの方を見た。二人と女子高校生たちとの間には、背の高い観葉植物が置かれていた。
「・・・・・・・・・。」
二人は。
無言で、その観葉植物を。
「・・・・・・!きゃっ!!!」
「・・・ちょっと!あんた達っ!何すんのよっ!!」
女子高校生たちの方角に。蹴り倒した。
「・・・・・・殺すわよ。」
可奈は、立ち上がって自分たちに向かってくる女子高校生たちに向かって宣言した。
「私たちの大事な友達に妙な真似をしたら・・・。あんた達と刺し違えるわよ。」
美佐子も低い声で呟く。
「な・・・・・。」
「・・・・・・・。」
数で勝っている相手は、ごく普通の。どこにでも居る、真面目そうなセーラー服の女子高校生が放った言葉にどぎもを抜かれていた。
可奈と美佐子。二人は、5人居る他校の。しかも格好からして不良と言われる類の女子高校生たちと。真っ向から対峙して、一歩も引く気配は見せなかった。
帰宅途中。零一朗は夕食の材料を買いに訪れた商店街で、奇妙な人だかりを見掛けて、何の気なしに覗き込んだ。
「・・・・女の子だろう?」
「救急車呼んでやった方が良いんじゃないのか?」
野次馬たちの奇妙な話し声が耳に入る。その時。
「!」
セーラー服の女子高生が二人。お互いを肩で支えあいながら、ヨロヨロと商店街を歩いて行く姿が目に入った。明らかな暴行の後が彼女たちの身体中に散っている。二人ともセーラー服のあちこちが破れ、血が滲み。顔にも、大きな痣や、擦り傷が無残に残っている。
「えん・・・・・!ふじ・・・・・!」
零一朗は思わず二人の前に飛び出した。名前を呼ばなかったのは、商店街の他人の目を意識したからだ。
「あっ・・・・・。風間くん。」
「へへへ・・・。ちょっとヤられちゃった。」
「・・・・・・・・・・。」
可奈と美佐子は、乱闘でナチュラルハイになっているらしく、突然現れた零一朗を上機嫌で見た。
「でも。心配しないで。相手は、この倍くらいヤッテやったわ。」
「・・・・・・・・。誰に、やられた?」
零一朗が二人の身体を支えながら、低い声で訊いた。
「風間くんには、関係無い相手よ。」
「そうよ。これは私と可奈のケンカなんだから、放っておいて。」
「・・・・・・・・。」二人が一瞬浮かべた生真面目な表情を見て、零一朗は黙った。
「でも。いたたたた。」可奈はわき腹を押さえて、顔を歪めた。
「やだ。もう。卒業式までには、直るかしら。」美佐子も痣だらけの顔を抑えて呻く。
「・・・・おい。捕まれ。」
零一朗は、二人の身体を自分の背中に回すと、首に捕まらせた。そして、右肩に可奈を。左肩に美佐子を。一気に背負った。
「・・・・ひゃあ。」
「凄い力!」
「・・・・・・・・・。女が顔に傷をつけてどうする?この馬鹿ども。」零一朗が溜め息交じりに呟く。
「女だろうと。時には嫌でもヤらなきゃならない時はあるのよ。」
「そうよ。オトコといっしょよ。」
「・・・・・・・・・。」零一朗は溜め息を吐いた。
「・・・今度からはヤル前に、俺に話せ。俺は女トモダチみたいなモノなんだろ?ちゃんと話せ。カドが立たないように、何とかしてやるから。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
可奈と美佐子は顔を見合わせて、小さく笑った。
「・・・・今度からは、そうするわ。」
「私も・・・。約束する。頼りにしているわよ。」
だが二人とも。これからだって零一朗に助けを求めるつもりは更々無かった。もし。似たような事を企む人間が居たら、何度でも二人で相手になってやるつもりだった。零一朗が自分たちを含めて女性に甘い事を良く知っているから。だが、取り合えずは。零一朗を安心させるためにそう言って微笑んで見せた。
二人を背負って歩いている零一朗は見ることは出来なかったが。
それは、まるで。
少女のような。年増(としま)のような。聖母のような。娼婦のような。
そんな。高貴な微笑だった。
−fin−
これ。「女は魔物」というタイトルとどっちが良いと思います(笑)?ちょっと女同士の友情(?)みたいなモノを書いてみようと思ったのですが。なぜか、やっぱり。女性でも暴力的な話に・・・・。もう、いいです。アキラメました。「神々の眼差し」関係は登場人物は皆、凶暴です。ええ。そうですとも(笑)。
零一朗さんと女ともだちの関係は、まだまだ続く。彼にはもう少し振り回されてもらいましょうか。