女ともだち 2

 

 高校3年生の3学期の転校生というのは、尋常の話ではない。

「・・・・・・・。」

 担任教師について教室のドアを入った途端、好奇心に満ちた視線が一斉に俺に集中した。

「・・・・・・・。」

 だが一瞬後には。

 それは、ホオーーーーーッという感嘆の溜め息に変わる。これも何時もの事。俺にとっては珍しくもない光景だった。

 前の学校を退学になったのは、昨年の12月。

 繁華街でちょっとした騒ぎを起こしたのが原因だった。とっくに切れたと思っていたオンナが、ナイフを振り回して襲い掛かって来やがったのだ。

 悪いことに、それが俺と一緒に居たモデルだか何だかの腕を掠り、大したケガでもないのに大騒ぎを演じて新聞沙汰になってしまった。

 それまでもイロイロ、トラブルを起こしていた俺は、問答無用で退学ということになってしまった。

 正直。参った。

 高校を卒業しないことには、大学にも行けない。もう一年、高校生を続けるなんて、冗談じゃない。しかし。素行が良いとは言い難い俺を、この時期に受け入れてくれる高校など、無い。実質、登校することなど殆ど無い高校三年の3学期でもだ。

 弱りきっていた俺に、親父の秘書がこの高校を探し出してきた。

 この高校は、成績さえ良ければ、何でも受け入れるというある意味、完璧に割り切った高校だった。勿論、条件はイロイロ付いた。編入試験の成績は勿論、一定レベル以上の大学への合格。在学中はある程度の監視はするなどと、甚だ面白くないものだったが、この際仕様が無い。

 俺は、編入試験をレベル以上の成績で軽く突破して、この高校に編入してきたという訳だ。

「・・・・・風間。面倒みてやってくれ。」

 児玉とかいう担任の年取った教師は、俺をクラスに一通り紹介した後、そう言った。風間というのは多分、級長かあるいは番を張っている強面か。どちらかなのだろう。俺は別に興味も無かったので、その男を見なかった。

「席は・・・・。遠藤のウシロだ。」

 指し示された席は、一番後ろ。教室の端っこだった。正直、ほっとした。煩わしさが少しは違う。

「・・・・・・・。私。遠藤 可奈。ヨロシク。」前の席に座っていたセーラー服が振り返って馴れ馴れしく俺の顔を覗き込んだ。

「ああ。」そう言いながらも。俺は少し驚いていた。普通の女子高生は、普通、俺の顔を見ると、恥ずかしそうに俯いてしまう。まあ。だからといってこの手のオンナも居なかった訳では無い。よっぽど自分の容姿に自信があるのだろう。まあ、可愛いといえなくも無いが、この学校のレベルが解る。

「・・・・あなた綺麗ねえ。モデルか何かやっているの?」可奈は無邪気に訊いて来る。

「・・・タマにな。」俺は素直に答えた。問題は起こさないという約束だ。だが、顔には迷惑そうな表情を浮かばせた。色恋沙汰のトラブルはもうマッピラだった。

「・・・・・あれが、風間くんよ。覚えておいた方が良いわ。イロイロと頼りになるわよ。」可奈は、自分の言外の言葉を理解したようだった。その上で苦笑しながら、一人の男子学生を指差した。

「・・・・・・・・。」俺は。申し訳程度に、そちらに目を向けた。そして。

 全ての喧騒が。俺の周りから、消え失せた。

「・・・・・・・・・。」俺の視線を感じたのか、その男は目だけを動かして、俺の方を見た。

 長い睫に覆われた、美しい漆黒の瞳が俺の目を捕らえた。

 格が違う。―――――

「・・・・・・・・。」幼い頃から、美しい、綺麗だと言われ続けてきた俺の。

 初めて抱いた感情だった。格が違う。桁が違う。常識外れの。

 その男の美貌。

 モデルだろうが、外人だろうが。腐るほどの美男美女を見てきた俺でさえ。呆然とせざるを得ない、その凄まじいと言っても良いような美貌。その男に見詰められて、俺は震えた。初めての経験だった。

「・・・・・・・・。」俺は呆然とその男を見詰め続けた。それは。

「・・・・・・・・。」その男が立ち上がり、机の前に立ち、俺に向かってこう言うまで続いた。

「・・・いい加減にしろ。俺は黒板か?」

「・・・・・・・・・。」我に返った俺は。前の席で、腹を抱えて笑い転げている遠藤 可奈の姿を見た。

「あんた。・・・あんたって、本当に、今まで世界で一番自分が綺麗だと思っていたのでしょう!」可奈は大笑いをしていた。

「・・・・・・ああ。・・・驚いたよ。」俺は少し赤くなって、その”風間くん”とやらを見上げた。

 こんな綺麗な人間を。正直、初めて見た。自分をかなりの美形だと思っていた事が恥ずかしいような美しさ。

「・・・・・・・・・。」ふと気付くと。クラス中が大笑いをしていた。

「・・・・・・・。」俺も小さく笑った。18年間生きてきて。初めて感じた。感覚だった。

 

 俺には、それから。女ともだちが出来た。可奈とそれから、彼女の友達の藤原 美佐子というオンナ。二人は、俺の美貌には惑わない。惑う訳が無い。

「・・・・女ともだち。みたいなモノよ。」

 風間 零一朗はどっちかの彼氏なのか、という俺の問いに、二人は笑ってそう答えた。

 確かに。

 風間 零一朗と俺は、立場が似ていた。いや、俺の今までの俺の立場と。

 風間は、人気モノではなかった。ファンという立場の人間は多いのかもしれないが、嫌っている人間も多かった。友達は、俺から見れば、可奈と美佐子だけ。

 だが。

 可奈と美佐子と親しくなると、零一朗は俺ともある程度親しい態度を取るようになった。

 それだけで。

 周りの空気が違ってきた。一目置かれている。それは。

 自分が実力を示す必要が無いという。初めての経験だった。零一朗が、この学校で、どういった地位を築いているのかはわからない。が、少なくとも、それなりの存在である事は間違い無いようだった。美しいからという理由だけではなく。

 考えてみれば、18年間の人生で、友達らしい人間が出来たのは初めてだったかもしれない。それは、俺の容貌や。生い立ちも原因であるのだが。それだけでも無い。

「・・・・・・・・・。」

 それは、気楽で。

 意外なほど、楽しい体験だった。可奈も美佐子も良いヤツだった。そして。

「風間くんも、見掛けよりずっと良いヤツよ。とっつきにくいけど。」二人は笑いながら。そう教えてくれた。

 俺は。そんな日々に、つい忘れ掛けていた。

 自分が生きてきた、日々を。ないがしろにしてきた人々を。

 

 可奈と美佐子に繁華街に呼び出されたのは、真夜中だった。

 二人はちょっとハメを外して遊びすぎ、トラブルに巻き込まれかけて、慌てて助けを求めてきたらしかった。

「風間くんは、うるさいのよ。」だが。観念したように、零一朗も呼び出していた。俺は、防波堤らしかった。

「ごめんなさい。もう、しません。」

 そう言う二人の言葉を零一朗は信じなかった。どうやら、零一朗にとっても初めての事では無いようだ。

「・・・・何度目だ?甘やかすな!」

 そう言って俺を睨んだ。

 初めてだったが、俺は黙った。共犯者のように俺を見る可奈と美佐子の視線が。何となく嬉しかった。自分とは。縁の無い世界だとは思いつつ俺は。

 ほんの少し。この世界にのめり込んでいた。

 後悔はすぐにやってきた。

「・・・・!」

 渋谷の交差点を渡った時点で。

 俺は、10人程度の若い男に取り囲まれた。

 奴らは。前の学校に居たときに、トラブルを起こした事のあるチンピラどもだった。俺に復讐すると息巻いているというのは、耳にしていた。

「・・・久し振りじゃねえか。」

 奴らはそう言った。そして。

「・・・随分なシャンを連れているじゃねえか。俺たちにもマワしてくれよ。」

 俺のウシロに居る零一朗を見て、奴らは涎を垂らさんばかりに、そう言った。

 可奈と美佐子は、怯えたように、零一朗に縋る。俺は。零一朗を背後に庇いながら、男たちに声を荒げた。

 身から出た錆。

 誰も信じない。誰も愛さない。そうやって生きて来たツケがここで出た。

「・・・・・・・・・。」

 3人だけは。

 どうあっても、手出しはさせねえ。

「・・・こいつは、何の関係も無え。」

 俺は、零一朗を突き飛ばした。

「帰れ!俺たちは友達でも何でもねえ!!!」

「・・・おっと。それは無いだろう?」

 零一朗の逃げ道をふさごうとする男を俺は殴った。

「関係ないといったら、関係無えんだよっ!!!手前らの目当ては俺だろうがっ!」

 今まで。俺は自分の身以外は守ったことが無い。

 これが。

 昔の俺のやんちゃの関係で無かったら、今度だって守ったかどうか解らねえ。だが。

「馬鹿野郎!!!!さっさと逃げろっ!!!!」

 俺はボコボコにされながら。

 零一朗たちに向かって叫んだ。どこかのホモ野郎に売り飛ばされることになっても構わなかった。思ったこともなかったが。トモダチに、迷惑を掛けたく無かった。

「・・・・・!」

 俺は。散々殴られた。蹴られた。

「おい。顔を傷つけるな・・・・。商品価値が下がるだろうが。」

 笑いを含んだ男たちの声を我慢して聞いたのは、零一朗たちのためだった。なのに。

「・・・・・・・そろそろ、良いだろう。」

 低く良く通る声が響いた。なぜ逃げないんだ!?俺は呆然と零一朗を見上げた。

「何!?」

「こいつが何をしたかは知らないが、そろそろ落とし前は着いただろう。」零一朗は暴力にビビル様子も無しに、男たちに対峙していた。

「・・・・・・・・。」

 周りの男たちは零一朗を囲んで笑っていた。笑いながら。

「・・・お前は、後でゆっくり可愛がってやるよ。」欲情に掠れた声でそう呟いた。俺は。

「・・・・関係ない。・・・そいつは、俺とは何の関係も無いんだ・・・・・。」

 うわ言のように呟いていた。

「・・・・ボコボコにしないの?」

 怒りを含んだ可奈の声が、悲しみに震える彼女の声が。俺のすぐ近くから聞こえた。

「・・・私たち邪魔?あっち行っていようか?」

 美佐子も、怒っているらしかった。

 不思議な事に、彼女たちの言葉は零一朗に向けられていた。

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」

 男たちの笑い声が聞こえる。こいつらが。零一朗ほどのタマを逃がす訳が無い。

 俺は。

「・・・・!」

 最後の力を振り絞って奴らに躍り掛かった。

「逃げろ!零一朗っ!!!!貴様らっ!こいつらに何かしたら、殺してやるっ!!!!」

 俺は本気だった。

「俺が何でもする!こいつらには、手を出すなっ!頼む!」

 その瞬間。

 顎に一発くらって、簡単に闇に沈む。だが。沈む瞬間に。

「・・・・・貴様ら。いい加減にしろ。」

 俺を抱きとめながら、そう呟く零一朗の低い声を聞いた。

「・・・・多勢に無勢というのも気に入らん。これから先は二度とこいつに纏わり付くな。」零一朗はそう言うと、ゆっくりと俺の前に立ち塞がった。

「・・・・・・・!」

「!」

 可奈と美佐子が弾かれたように、倒れている俺を引き摺る。引き摺りながら、零一朗から離れようと必死だった。

「・・・・・・。」

 俺はもがいた。零一朗を助けようと死に物狂いで立ち上がろうとする。

「・・・・大丈夫。風間くんは強いわよ。」可奈が笑う。

「西のハリケーンよ。心配しなくても5分でカタが付くわよ。私たちが居たって、邪魔になるだけよ。」美佐子が囁く。

「・・・・・!」

 その意味を。

 俺が具体的に理解するのは。少し、後のことになる。

 

 

「・・・・・・・。」

 暖かな昼下がり。

 可奈と美佐子と零一朗は。

 屋上で、昼飯を食べていた。

「・・・・・・・。」

 俺は無言で3人に近づく。

「何よ?校内で案内して欲しい場所でもあるの?」

 可奈と美佐子がイヤミっぽくバンソコーと包帯だらけの俺を見る。あの夜ドサクサ紛れに俺が友達でも何でも無い、と言った事を少し怒っているらしい。零一朗はチラリと俺を見上げただけだ。

「・・・・・この間は済まなかった。妙な事に巻き込んで。」

 俺は生まれて初めて。他人に謝った。

「え・・・?」

「何か言った!?聞こえなかったけど。」

「・・・・・・・・。」

 女たちの言葉を聴きながら、零一朗は小さく笑った。

「・・・・・・・・・。」

 俺も笑った。

 俺は気を失ってしまったが。あれから。奴らは、まったく姿を見せなくなった。風の噂では、たった一人の男にボコボコにされた挙句、肩の関節を残らず外され、今度どこかで会ったら、整形も出来ないような面にしてやると脅されて、大人しくしているらしい。

「何よ。何、笑っているのよ?オトモダチにでもなりたいってワケ?」

 可奈と美佐子は笑いながら、自分の弁当の玉子焼きとウインナーを弁当の蓋に乗せて俺に差し出した。俺は、それを受け取りながら。

「・・・・・・・・・。」

 彼女たちの女トモダチらしい零一朗を見た。

 零一朗は、俺を見ず。

 可奈とに美佐子の方を見ながら、焼きソバパンにかぶり付いていた。

 

−fin−

 もし。次の零一朗さん学生シリーズがあるとしたら。

 この小奇麗な男が主役となるかも。まだ、名前も決まってないけどね(笑)。