目が合ってしまった。
「・・・・・・・。」
男は思わず、テーブルに備え付けのメニューで顔を隠した。
良くある全国チェーンの居酒屋。同僚とたまたま飲みに来たトコロだった。
(・・・・・高校生やなかったんか?)
男はちょっとしたパニックに陥っていた。
高校生を一晩買って、一緒に過ごした。しかもホられた。その相手が。
なぜか、この居酒屋に居る。一目で分かるアルバイトの格好で。
「・・・・・・・・・・。」
男は目が合ったと思ったが。少年は気付かなかったようだ。忙しく働いている。改めて考えれば、自分とは所詮ゆきずりの相手だ。しかも、少年はホモでは無いと言っていた。
相手が溜め息の出るような美少年ならともかく、自分のような中年なら、彼だってあの夜のアヤマチのことはサッサと忘れたいと思うにに違いない。そして。きっと都合の悪いことは忘れたに違いない。覚えていても。向こうから声を掛けてくるなんてことはマズ有り得ない。
そーだそーだ。そうに決まった。
男は、何となく安堵の溜め息を吐いた。
「・・・・・・・・・・。」
だが。ヤッパリ気になって、何となく少年の姿を目で追ってしまう。
ヨク見ると、ヤッパリそれなりに目立つ少年だった。オトナになりかかった身体は、まだ多少の不恰好さは残しているものの鍛え上げられた居酒屋の制服から覗く二の腕とかは、充分に逞しく一度にビールジョッキ(大)を8つほど持って客席に向かう姿は、カッコイイと言っても良かった。
身体も大きく、顔立ちもオトコマエだ。
そして。やはりあの印象的な眼差し。真っ直ぐに前を見詰めて小揺るぎもしない。
高校生か大学生かは分からないが、きっと女の子にモテルだろう。
暫くはそんな事を考えていたが。やがて。
同僚たちとの上司やユーザーたちへの愚痴を聞いたり言ったりしているうちに。
男はすっかり少年の事を忘れてしまっていた。
「・・・・・そこまで、徹底的に無視するコトないやろ。なんや。不愉快やな。」
手洗いに立った男を。
少年は、戸口で待ち構えていた。
「な・・・・・・・。」
男は。言葉を失った。
少年の。かなり男らしくカッコイイ顔立ちが微かな怒りと苛立ちのようなモノに歪んでいる。
「ど・・・・どちらさんでしたっけ・・・・?」
男は取り合えず、愛想笑いを浮かべた。
「・・・・・覚えてへんとでも言う気なんか?」
少年の瞳に、傷ついたものを感じて、男は溜め息を吐いた。
「・・・・覚えてへん。お前もや。それがお互いにとって、一番ええコトや。」
「オトナは直ぐ無かったコトにしたがるわ。本当にそれが一番ええコトなんか?」
「・・・・・・・・。」
相変わらずの。
少年の真っ直ぐな視線に晒されて。
男は口を噤んだ。そして視線を逸らす。そんな男を少年はヤッパリ真っ直ぐに見詰めながら。
「俺。バイト、アト2時間くらいで終わりやねんや。」躊躇いがちに、呟いた。
「・・・だから、なんや。あれっきりの関係やと言うたハズや。お互いに納得してたんとちゃうんか?」
「・・・・・・・・。」
少年は男を睨みつけた。男は小さく息を吐いて。一気に言った。
「・・・・金が足らんかったとでも言う気か?」
「・・・・・!!!!」
少年の柔い真っ直ぐな心が傷ついたのは。男にも分かった。傷つけるつもりで放った言葉だった。
「・・・・ほいたらな。」
男は少年の身体の脇を擦り抜けた。
「・・・・・・・・。」
少年は振り返らなかった。
終わったな。
男は思った。
いや。本当はとっくに終わっていた。男のなかで、少年との思い出は、ヤった事はともかく。なんとなく美しく、清らかなものになりつつあったのだ。
だが。
今夜それは。
汚く苦い思い出に変わってしまった。
男が少年を傷つけた事によって。
「・・・・・・・・・・。」
だから、子供は嫌いなんだ。
男は少年を傷つけた事によって、傷ついた自分自身を庇うように、小さな舌打ちを漏らした。
「有難うございましたあっ!!!」
居酒屋の元気なアルバイトたちに見送られて。
「・・・・・・・・。」
男は同僚と店を出た。だが。
「お忘れ物です!!!」
少年が男を追い駆けて来た。
「!!!」
一瞬、身構えたが。少年の手には、確かに男のモノであるハンカチ。
気を回し過ぎた自分を嘲りながら。男は少年に有難う。と口籠もりながら礼を言う。
「・・・・・・・・・。」
少年はふっと。腕を伸ばした。
「・・・・・?」
指差す先は、おでん屋の屋台。
「・・・・アト30分でアガリやから。」
「・・・・・・・!!!」
だから。何だ?
待っていろとでも言う気か?
だが。
少年は直ぐに身を翻した。
「・・・・主任!もう一軒行きはりますかあ?」
同僚の言葉に頷きながら。
ふざけんなよ。
男は頭の中で悪態を吐いた。
「・・・・・・・・。」
それなのに。
なぜ。俺はここに居るんだ。
おでんの屋台の冷酒を飲みながら。
男は情けない気分で溜め息を吐いた。
もう一軒。と誘ってくる同僚には。
ここから先は、若い人同士の方が良いだろうと断っておきながら。
「・・・・・・・・・・・・。」
何故。
自分はここに居る?
「・・・・・・・・・・・・。」
その自分でも得体の知れない気持ちを誤魔化すために、男はがんがん酒を煽った。
潰れた自分を。
薄汚く酔っ払った中年男を見て。
少年が愛想を尽かしてくれれば良いと。本気で思っていた。
「あーあ。グデングデンやんけ・・・・。」
若くて綺麗な声が聞こえたと思った時は。
もう男は自分で自分の事が制御出来なくなっていた。
どれほど。酒を飲もうと。どれほど。落ち込んでいようとも。
朝は来る。情け容赦なくやってくる。
「・・・・・・・・・。」
男は、痛むアタマを抱えながら。
やっぱり普段と同じ時間に目を覚ました。
「・・・・・・・・・。」
我ながら。吐く息が酒臭い。完全な飲みすぎだ。
だが。
長い経験上。人間には帰巣本能があることは分かっていた。どれ程酔っ払おうと。何となく自分の家に辿り着いているものだ。
そういう意味では、男は別に心配でも不安でもなかった。
「・・・・・相変わらず。早起きやねんな。」
その言葉が、隣から聞こえるまでは。
「・・・!!!!」
「オハヨ。」
少年が、男と同じベッドの中から男を見詰めていた。
「・・・・・!!!!!!!」
男は大慌てで、周りを見回す。
だがここは。間違いなく男のアパート。ということは。
「あんまり、おっちゃんが酔っ払っていたんで、送ってきたんや。」
「・・・・・・・・。」
「帰ろうと思うたんやけど、おっちゃんがどうしても泊まって行け言うもんやさかい・・・。」
「・・・・・・・・。」
男は顔から血の気が引くのを感じた。
また。ヤってしまったのか?少年を無理矢理引き止めて。半ば無理矢理・・・・?
「・・・・何もヤってへんで。」
男の考えを読んだように、少年は薄く笑った。
「おっちゃんの仕事の愚痴を聞いて、一緒に寝ただけや。」
「・・・・・・・・それは・・・・。済まん。迷惑を掛けてもうたな・・・・・。」男は一応礼を言った。自分の身体には痛みが無いし、少年も平気そうだ。という事は、多分昨夜は何も無かったのだろう。
「別に、ええけど・・・・・。」
少年はにやにや笑いながら、男を見ていた。
「・・・・・・・・・。」
男は何となく居心地が悪くて、視線を彷徨わす。
「おっちゃん。酔っ払っていると、素直なんやな。オトナは難(むずか)しな。」
少年の言葉に、男は本当に血の気が引いた。
「俺。何か言うたんか・・・・?」
「・・・・別にい。」
少年のにやにや笑いは止まらない。
「・・・・・・・・・。」
このままこうしていても、埒(らち)が明かない。時間も無い。
男は舌打ちしながら、シャワーを浴びるために立ち上がった。
「・・・・おい。もう出なあかんのや。」
「・・・・俺は、まだ時間あるねや。」
男のベッドに心地良さげに横たわった少年が、むにゃむにゃと呟く。
「・・・って、おい。」
「鍵。置いて行ってくれたら、閉めとくし。」
「・・・って、おい。」
「いってらっさい。」
「・・・・・・・・・・・。」
一生の不覚。
男は合コンでお持ち帰りした女に、居座られた気分であった。
「・・・・・・・・・・。」
苦虫を噛み潰したような顔で。
男はタンスの引き出しを探った。
「・・・・・・・・・・・。」
少年は片目を瞑ったままで、男の姿を眺めていた。
「・・・・・・・・・・・。」
男は、心底苦い顔で、少年にスペアキーを差し出す。
「・・・・これ合い鍵や。閉めたら、ポストに入れといてな。」
「わかった。」少年はニヤリと笑って、手渡された合い鍵を見詰めた。
「・・・・おい。解っとるやろが、やったんとちゃうからな。持って帰るんやないぞ。」
「・・・当たり前やんけ。」
だが。少年の悪戯っぽい笑顔は。
置いていく訳、ないやろ。
そう言っているような気がした。
「・・・・・・・。」
男は腕時計を見ながら、駅への道を急ぐ。
この時間の電車では、遅刻ギリギリだった。
少年と揉めなければ。
男は小さく舌打ちをする。だが。
少年の真っ直ぐな眼差し。
「・・・・・・・・・。」
困ったことに。
この苛立ちさえ。今朝の男にとっては何故か不思議と甘かった。
−fin−
何となく意外に人気があったから。続編を書いてみました。何となく道を踏み外し掛けているサラリーマン(笑)。
何となく正統派boys loveっぽいと、個人的には悦に入っているんですが(笑)。それにひょっとしたら年下攻め(?)ってヤツでわ?あはははは。どうして良いのやら・・・・。
皆さんは、こういうの好きなのかしら?やっぱり、あんまり?