覚醒する意識。
ベッドの上で。話し声が聞こえていた。隣に寝転んだ男は、誰かに電話を掛けていた。
「・・・だからあ。大丈夫だって。愛しているのは、お前だけに決まってるだろう。」
「・・・・・・・・・。」
誠意カケラも無い。
つい。さっきまで自分を抱いていた男の背中から目を逸らせながら。
「・・・。」
オトコは小さく溜め息を吐いた。
「・・・あ。目が覚めた?夕べ、ちょっと激し過ぎたかな?途中で気絶しちゃったね。」
馴染みの男娼。
見目形が良く、値段が高いとはいえ。高級品とは限らないだろう。
「・・・。」
オトコは溜め息とともに、男娼のベッドの脇にあるサイドテーブルに10枚ほどある万冊の束を置いた。
「・・・・悪いね。」
男娼は。それを躊躇うコトなく大きな手で浚った。男らしい顔に。惜しみない笑顔を浮かべながら。
「・・・。」
オトコは、ベッドに起き上がると。ベッドサイドのタバコを口に咥えて火を点けた。
「・・・・・ごめん。」
男娼は、携帯電話での話しを終えると、オトコの頬に唇を寄せた。
「面倒な客でさ。皆が、『関』さんくらいモノワカリが良いといいんだけど。」
「・・・。」
そういえば。この男には、『関』と名乗っていたのだと、オトコはぼんやりと納得した。
客と男娼。
それだけの関係。
金が出来れば。『関』は、男に抱いてもらうために、店のドアを潜る。ただ、それだけの関係。だが。
「・・・。」
今回は、『関』にとって、特別な意味を持っていた。
いや。
毎回だったのかもしれない。
「・・・。」
優しくして欲しかった。
僅か。
二時間ほどの時間でも。
恋人のように振舞って欲しかった。そのための充分な金は出しているハズだったのに。
「・・・。」
大学生に毛の生えたような。プロは。
「・・・。」
行為が終ったアトの携帯電話で。『関』のココロをズタズタに傷つけ続けた。
「・・・。」
『関』は小さな溜め息を漏らす。
「『関』さん?俺、これで帰って良いかな?」
男娼が、既にフロに向かいながら、言う。
「・・・・ああ。」
今まで一度だって、肯定の言葉以外言ったコトが無い。
「・・・。」
焦がれても。
どれほど焦がれても、報われない。
若く美しい。その男娼。
(これっきりだ。)
『関』は、思った。
父親が、脳溢血で倒れたのは一年前だった。
命は取り留めたものの。ずっと北海道で農業を営んできた両親には、他に収入のアテも無い。兄と姉は、当に都会で所帯を持ち、両親の助けになりたくても、身動きが取れない。
「・・・。」
一時は。
オトコの性癖を知って、両親はオトコに勘当を言い渡した。
だが。
背に腹は変えられないらしい。
『故郷に、帰って来て欲しい。』
そのハナシが舞込んだのは、半年前だった。
『結婚については、無理は言わない。』
それが、条件だった。
半年間。粘ったのは。
この。誠意のカケラもない。男娼に。オトコは、どうしようも無く惚れていたからだった。
「・・・・。」
笑ってしまう。
源氏名しか、知らない。
貯金のホトンドを貢がされた。
それが。
仕事の。
「・・・・。」
今日、渡した金で。
オトコの退職金は全てだった。もう逆さにして振っても、一銭も出ない。
「それじゃ。『関』さん。」
男娼が、美しい笑顔を見せて、ホテルの部屋を出て行く。
「・・・。」
『関』は。
黙って、微笑んだ。
(終ったな。)
『関』と名乗っていたオトコは。静かに、そう思った。
二年ほどが過ぎた。
かつて。
『関』と。名乗っていたオトコは。故郷で農場を経営していた。
特に、儲けているワケでもない。貧しいワケでもない。
両親の急を聞き。都会でのキャリアを捨てて故郷に帰ってきたというフレコミの。オトコの、欲の無い働き振りは、近隣で随分好意的に噂されていた。
自然、縁談が舞込んだ。
美しいとは言えないが、働きものの隣町の女性。
寝たきりとなっている父親。そうした事情を全て承知で嫁に来てくれるというコトだった。
約束だから口には出さないものの。老いた母親の懇願するような目。
「・・・。」
オトコは。
ふいに。大昔、知っていた男娼の面影を思い出した。
(綺麗な、オトコだったな。)
人間の価値は、そんなコトではない。
オトコは知っていた。だが。承知の上で、男娼に恋をしたのだ。
「・・・。」
ベッドの上で。
男娼が、他の人間に電話をかけるのが辛かった。止めて欲しいと死ぬほど願った。ついに。口にするコトは出来なかったが。
「・・・!!」
一週間後が、祝言というその日。
「・・・!!!!」
かつて。
都会で『関』と名乗っていたオトコは。
自宅前に、この辺りでは決して見かけないような、洗練された物腰の美しい男の訪問を受けた。
「捜した。」
美しい男はそう言った。
「あんたが。俺に言ったことは、何から何までウソだったから。」
だから。捜し当てるのに、こんなに月日が掛かってしまったのだと。
「何だよ。」
かつて。『関』と名乗っていたオトコは。掠れた声で呟いた。
「ナンなんだよ。今更・・・。何の用だよ。」
「・・・。」
「・・・もう、金なんか無い!スズメの涙ほどの給料もボーナスも!退職金さえ!!アンタに全部貢いだよ!!」
「・・・好きなんだ。」
美しい男が、俯いたまま呟く。
だけど、自分は所詮、男娼で。
「まっとうな世界に生きているアンタとは不釣合いで。自信が無くて・・・。ずっと、虚勢を張っていたんだ。」
美しい男が泣きそうな声で呟く。
美しい男。都会のイルミネーションこそが相応しい。
「だから?」
『関』と名乗っていたオトコが言った。
「だから?今更、ナンだって?」
「・・・。」
美しい男は、唇を噛んだ。
「俺と一緒に、ここで農業でもしてくれるのか?笑わせるなよ。」
オトコは、自分の着ている野良着の裾を引っ張った。そして、美しい男の身に着けている上質のコートを見詰めた。
「・・・。」
「俺は。ここで、働きモノも嫁さんをもらうんだ。両親が望んだように・・。やっと。アンタの事を忘れて幸せになれるんだ。」
「・・・。」
「帰ってくれ。」
「・・・愛している。」
「愛してる?ナンだそれ!?ナンだよ、それ!?愛ってナンなんだよ!?」
「・・・。」
「ナンなんだよっ!?愛って!?」
オトコは叫び続けた。
「解かんねえよ。」
美しい男は。泣きそうな顔で呟いた。
「ナンだと!?」
「分かんねえよっ!!!そんなモンッ!!!」
美しい男は。
叫び声とともに。オトコを抱き締めた。
「分かんねえよっ!!!分かんねえよっ!!!」
男は、叫び続けた。
「・・・・信じねえ・・・。」
かつて。『関』と名乗っていたオトコの両眼から、涙が溢れた。
僅かな望みすら。
あの頃。
オトコが願った、僅かな望みすら、目の前の男は叶えてくれなかったではないか。
「信じるもんかよ!!!!アンタは情事の後、毎回別の人間に電話を掛けたじゃねえか!外で待ち合わせても、別の人間との用事が入ったと言って電話一本で、断ったじゃねえか!俺の前で、別の人間の肩を抱いて平気でキスしてたじゃねえか!!」
オトコは叫んだ。
「あんただって、嘘ばっかりだった。高給取りの銀行員!?実家は豪農で、資産は腐るほどある!?全部ウソだったじゃねえか!!」
美しい男も叫び返した。
「うるさい!!うるさい!!うるさいっっ!!!」
『関』と名乗っていたオトコは、狂ったように叫んだ。
叫びながら。
目の前の逞しい腕に縋りついた。
「信じられるもんかっ!!!」
分っている。
美しい男が呟く。
「・・・それでも。来ずには居られなかったんだ。・・・ゴメン。」
男が両腕に力を込めたように感じた。
「・・・・!!!」
「・・・ウソなんか。吐かなくても良かったんだよ・・・。」
二人は。
涙を流しながら、しっかりと抱き合っていた。
「愛ってナンなんだよ・・・!!!俺は信じねえぞ!!」
オトコは呟く。
「・・・・分かってる。だけど・・・。あんたを愛しているよ。」
美しい男は。
両腕に力を込めて、そう呟いた。『関』と名乗っていたオトコが。二年前に死ぬほど欲していた言葉を。
−fin−
2003.12.27
愛で全て片付くなら、苦労はしないでしょうが。
ソンナコトは分っていても。にゃむにゃむは。こうした御伽噺が大好きです(笑)。