『関』が、店を訪れなくなって二ヶ月が過ぎた。
マサトは。
特に気にしてはいなかった。
今までも、彼はこうして来店に間が空くコトはあった。『関』は。頻繁に訪れる時でも、せいぜい二週間に一度という客に過ぎなかった。
だが、その代わり。店を訪れた時は金に糸目は付けるコトはなかった。
この。
男性相手のホストクラブで。
マサトの望むまま、ボトルだろうが高い料理だろうが、イクラでも取ってくれた。ベッドに払う金は、それこそ破格の金額だ。マサトが強請れば、微かに眉間に皺を寄せながらも、いくらでも出す。
上客。
店も他のホストたちも。『関』に、そういう評価を下し、マサトを羨んだ。
「最近、『関』さん来ねえな。」
突然マサトにそう言ったのは、彼と店のbPを毎月競っているタクヤだった。開店前。ホストたちは店の更衣室で、最後の身支度を整えていた。
「・・・・このくらい来ないのは、珍しいコトじゃねえさ。仕事が忙しいんだろう。」マサトは特に気にしていなかったので、本心からそう言った。だが。
「お前に、愛想尽かしたんだったりしてな。」
タクヤはエメラルドのカフスを留めながら、意地悪気に唇を歪めてマサトを見た。
「・・・・・。そんな訳、無えだろ。あいつは俺にメロメロさ。」
マサトは微かな声の震えを意識した。
「だが、随分な扱いをしていると聞いてるぜ?甘え過ぎたんじゃねえの?」
タクヤの白い美しい歯。だが、表情は性根を現しているように下卑ている。性根は、マサトとて大差無いが。
「・・・。そんな訳無えだろ。」
マサトはタクヤから目を逸らしながら、同じ返事を繰り返した。
最後に会った夜を思い出す。『関』に、特別変わった様子は無かった。
コトが終ったアト。ベッドで他の客に電話を掛けるマサトを、いつも通り、微かに眉間に皺を寄せて見たいた。
不快だろうに。『関』は、それをヤメロと言ったコトは無い。
それだけでは無い。
他に、『関』が不快に思うだろうどんな真似をしても、『関』はマサトを怒ったコトは無い。ヤメてくれ、と言ったコトも。
ただ、微かに皺が寄せられた眉間だけが、彼が行為を不快に思っているコトを告げていた。
「・・・。」
扉が開く。新しい客が入ってくる。
「・・・!」
マサトはその度に、入り口を振り返った。
「・・・上の空だね。」
目の前の。どこかの会社の重役だという男が、苦笑する。
「あ。すみません。何だか、扉の音が気になりませんか?蝶番の調子がおかしいんじゃないかな。」
「誰か、待っているの?」
「貴方を差し置いて?とんでも無いですよ。」
マサトは笑った。高貴に見える、と評判の笑顔で。目の前の客に笑い掛けた。客はマサトの手を握った。
3ヶ月が経った。
「・・・。」
『関』は現れない。
店の人間は、もうホトンド『関』を忘れたようだった。
「・・・っ。一体、どうしたんだ・・・。」
マサトは客の切れ間に、店の外で出るようになった。
店の外に出て、通りを見渡す。
「・・・・どうして、来ない。」
唇を噛んだ。
『関』が来なくても、特にマサトの営業成績に響く訳でも無かった。だが、マサトは『関』を待っていた。携帯電話のナンバーに目をやる。マサトからは一度も掛けたことが無かった。
今までは、例え店に来なくとも、月に一度は必ず着信があった番号。
だが。あの夜以来、一度も掛かって来ない。何度も通話ボタンを押そうとして、マサトは踏み止まる。
意地だった。
やめてくれ、と言わない上客への。眉間に皺を刻むだけで、あきらめる客への。所詮、男娼と、自分を見下している客への。
半年が過ぎた時。
マサトはついに、通話ボタンを押した。
そして初めて、携帯電話が繋がらなくなっているコトを知った。
「・・・・!!!!」
マサトは、呆然と立ち尽くした。
「マサトさん?どうかしましたか?」
店の隅で、壁に寄りかかっているマサトに、ボーイが声を掛ける。
「マサトさん!?」
驚愕を隠し切れない表情を浮かべる店の看板ホストを、ボーイは訝しげに見た。
(『関』は、俺を捨てた・・・?)
マサトは呆然と携帯電話の番号を見詰め続けた。
マサトは、『関』を捜し始めた。
『関』がマサトに語ったコト。
仕事。住居。趣味。
何もかも嘘だった。
「・・・・。」
客が嘘を吐くのは、珍しいことでは無い。皆、夢を買いにきているのだから。そんなコトは分かっていた。だが。
「ちくしょう。」
マサトは唇を噛んだ。
興信所を雇った。
店に出勤しないときは、二人でよく通ったバーなどを歩き回って、『関』を知っていそうな人間を捜して『関』のコトを聞き歩いた。
「・・・お前、ヤツレタな。」
ライバルのタクヤは、ある日、マサトを見てそう言った。
「まあ。美貌に凄みが増した感じもあるけどな。」
「・・・。」
マサトは苛立たしげに、ロッカーの扉を乱暴に閉めた。
「・・・・君、誰?」
ようやく。
『関』の友人だという男に辿りついたときは、『関』が居なくなってから二年が経過していた。
「『関』さんの。居場所を聞きたい。」
アパートの前で、男の帰宅を待っていたマサトに。
「『関』?誰、それ?」
どこにでも居るような普通のサラリーマンは、そういって首を傾げた。
「・・・君のコトは知っているよ。ヤツは君に何もかも貢いで田舎に帰ったよ。」
サラリーマンはマサトの素性を知ると、吐き捨てるように言った。
「馬鹿なヤツさ。お前みたいな男娼に、良いように扱われて・・・・!!」
マサトはサラリーマンの言葉を遮るように言った。
「田舎って、どこ?」
「教える気はない。今更、どうしようってんだ?あいつはもう、アンタに貢げるものは何も無いよ。帰ってくれ。」
「・・・・頼みます!!!」
マサトはいきなり、路上に土下座した。
「・・・君・・!!」
サラリーマンが驚いたように目を見開く。
「お願いします!!教えて下さい!!」
「・・・・今更・・・!!」
「お願いします!!お願いします!!!」
マサトはボロボロ涙を流しながら、サラリーマンに懇願した。
この一年半。
マサトは文字通り、泣きながら『関』を捜した。
プライベートな時間は、『関』を捜すためだけに費やした。
貯金も全てそれに使った。
やめてくれ、と言わなかった男。
眉間に皺を寄せるだけで、何もかもを諦めてしまった男。
「・・・・今更・・・。それにヤツはもうスグ結婚するんだ。招待状だって来たよ、ほら。」
サラリーマンはそういって、金銀の鶴の絵の描かれた封筒をマサトに手渡した。
「愛ってナンなんだよっ!?」
誰よりも愛しいオトコが、マサトの腕の中で泣きながら叫んでいた。
「・・・知らねえ。愛なんて、知らねえよ・・・。」
マサトは腕の力を弛めることなく、呟く。
そう。
マサトは愛など知らない。知りたいと思ったことすら無い。
虚飾の世界。見掛けだけが美しい夜の世界を漂ってきたマサトに。
愛という言葉など、何の意味も無い。望まれれば、誰にでも何度でも口にする安っぽい言葉。だが、『関』にだけは。どれほど彼が欲していても、嘘でも良いと願っていると分かっていても、マサトは一度も口にしなかった。
「俺は信じねえ・・・・。」
腕の中のオトコは呟く。二年で、すっかり日焼けした首筋が微かに震えている。
「・・・・分かってる。だけど・・・。」
マサトは。
二度と離すつもりのない身体を、力イッパイ抱き締めた。
愛なんか、知らない。知りたいとも思わない。だが。
出会ったときから。マサトは、本当はずっとオトコに告げたかった。
「あんたを、愛しているよ。」
生涯で。ただ一度だけの誓いの言葉を。
−fin−
2004.01.15
だから、愛で全て片付くなら・・・。前途多難な二人ですね。問題山積み。絶対、別れると思う(笑)。