疾風怒濤の日々だから 2

「・・・っす、末森っ!!ここっ!!ここ、空いてるぞっ!!」
 昼休み。
 飢えた高校生でごった返している食堂で。
 黙って座っているだけで、一身に注目を集めていたオトコがいきなり大声を上げたため、辺りはドヨッとざわめいた。
 塔宮(とうみや) 誠一(せいいち)。モデル張りの美貌とスタイル。成績も優秀で性格も申し分無い、校内だけではなく近隣の学校でも知らぬものはない『完全無欠のプリンス』として鳴り響いているオトコは、誰もがうっとりするような笑顔をその精悍な顔に浮かべて嬉しそうに相手に向かって手を振った。
「・・・。」
 その相手とは。
 背の低いメガネを掛けた、痩せた少年だった。いや。歳はプリンスと同じなのだが、背が低いせいか幼く見える。プリンスと比べると申し訳ないが、ごく普通の高校生である。
 その普通の高校生、末森(すえもり) 那智(なち)は、肉のカケラを見つけるのが難しいと言われているビーフカレーという名前の野菜カレーの載ったトレイを手に、固まってしまっていた。
 プリンスを囲んでいる彼の取り巻きたちは、全員が眉間に皺を寄せて末森を睨んでいる。
(嫌われてるなあ・・・。)
 分かっていたが、好意的な視線は一個も無い。
 最近。彼らの大切なプリンスの周りで、チョロチョロ姿を見掛けるチビを。彼らが疎ましく思っているのは、明白だった。
 通りすがりに『冴えないチビ』と罵られたコトもある。
「・・・。」
 けっこう大人気無い彼らの態度には、ちょっとムッとしないでもないが。元々親しいワケでもないので、どうでも良い。問題は、当のプリンスだ。こうやって。コトある毎に周りの目は一切気にせず末森を特別扱いしようとする。
「・・・空いてるってさ。」
 カレーライスをトレイに載せたまま固まっている末森に、彼といっしょに空いた席を探していたクラスメートの加藤は、笑いながら言った。
「あれ、空いてるっていうのか・・・?」
 声を掛けられた本人である末森は。
 プリンス塔宮の他意はマッタク無さそうな笑顔を、溜め息とともに見た。
「・・・。本人がそう言っているんだから、そうなんじゃねえの。」
「・・・本人だけがね。」
 食事時。
 プリンスの隣の席を巡って、凄まじいまでの争奪戦が行われているのを末森も加藤も知っていた。
「末森!!ここ!!ここ!!」
 だが今。塔宮の右隣の席は、誰も座っていなかった。塔宮が抱きかかえるようにしているからだ。まさに死守。あれを、空いているといえるだろうか。
「・・・。」
「・・・。」
 プリンスの隣の席以外は、その長方形のテーブルの全ての席は埋まっているし。両隣のテーブルも同様だ。それだけではなく、パンなどを齧りながらプリンスの席の辺りで立っている男女も数人居る。
「せっかくだから、座らせてもらったらどうだ?」
 何だか面白そうな口調の加藤の言葉に。
「やめてくれ。あんなトコロに座ったら、視線だけで殺されそうだ・・・。」
 末森は半ば本気で、そう言う。
「末森!!」
 プリンスがもう一度呼ぶ。何だか必死な顔をしている。
「いや、有難う塔宮。でも加藤が一緒だから。別のトコ探すよ。」
「・・・っ!!!」
 末森の返事に、プリンスが絶望的な顔をする。末森は胸がチクリと痛んだ。だが。
「ごめんな、塔宮。また今度。」
 そう言うと、背を向ける。
 許せ、プリンス。俺は学校中の生徒の恨みを買いたくない。どうか卑怯者と罵ってくれ。
 あの図書館での一件以来。特に約束した訳では無かったが、プリンスは昼飯は末森と一緒に食べられると思っていたようだ。末森もそれで別に構わなかったのだが、どうにも状況が許さなかった。プリンスの取り巻きたちは、決してプリンスを一人にはしようとはしなかった。全員がプリンスの寵愛を競って、殺気立っている。少しでも出てくる釘があれば、残りの全員で叩く叩く、とにかく叩きまくる。
 末森はそんなナカに割って入るほど命知らずでは無かった。
 今日もそそくさと、プリンスと少しでも離れるべく足を速める。
「悪いな、塔宮。」
 背後で加藤がそう言っているのが聞こえる。
「・・・。」
 余計なコトを。
 末森はチッと舌打ちをした。プリンスは何故か加藤を敵視している。いや何故なのかは、ぼんやりとは分かっているのだが。とにかく、加藤にはプリンスを刺激して欲しくなかった。


「それで・・・。図書館でのデートは、まだ続いているのか?」
 食堂の隅に見つけた空席に腰を降ろし、定食のアジフライにソースを掛けながら、にやにやと笑っている加藤は、ナカナカの男前で背も高い。勿論、プリンスとは比べ物にはならないが、正統派のプリンスの美貌に比べるとちょっと悪そうな感じがする崩れた感じに味が有り、それなりにモテているようだった。
「・・・まあな。」
 末森は、加藤にはある程度プリンスとの関わりを話してあった。というか。最近のプリンスの末森に対する怪しい動きには、クラス全員が不審を抱き、隠すコトも出来なかったのだが。勿論、ちょっとアブナイ雰囲気になったコトは言ってない。
「しかし、あの塔宮がね。・・・お前のどこが気に入ったんだか・・・。」
 加藤は、チラリとプリンスが居るテーブルの方を見て、肩を竦める。
「・・・おっかねえー!物凄い目で睨んでるぞ。」
「・・・。」
 肩を竦めた加藤の言葉に、末森もプリンスの方を見る。
 なるほど。
 射殺すような目で、プリンスは加藤を睨み付けていた。
「・・・。」
 末森は溜息を吐いた。
「案外嫉妬深いんだな。彼女は苦労するぜ。」
 加藤はにやにやと末森の顔を覗き込む。
「・・・彼女はな。」
 加藤の揶揄には気付かないふりで、末森はカレーライスを平らげていく。加藤がこんな風に意味有り気なコトを言いたくなる気持ちも分かる、プリンスの末森に対する態度は、誰が見ても友情の域を超えている。
「・・・あ。末森。ご飯粒が・・・。なんて。」
 そんなハズないのに。
 加藤が面白がって、末森の頬に右手を伸ばした。瞬間。
 ガタンッ!!
 もの凄い音が、食堂中に響いた。
「・・・。」
「・・・。」
 末森と加藤が、音のした方に顔を向けると。
 椅子を蹴立てて立ち上がっていたプリンスと目が合った。
 プリンスの顔面は、蒼白だった。おまけに全身が、フルフルと小刻みに震えている。
「!!!!」
 プリンスは暫く加藤と末森を見ていたが、ふいと視線を外すと、蒼白な顔のままトレイを手に、足音を荒げて食堂の出口に向かって行った。
「・・・あ・・・。」
 末森は、思わず腰を浮かせてしまった。
 あんなプリンスを末森は見たことが無い。いつも末森の前では、プリンスは人好きのする照れたように微笑むか、とにかく怖い顔など見せたことなど一度もなかった。
 だから、心底ビックリしてしまった。
「・・・。」
「・・・チョット。やり過ぎたな・・・。」
 言葉も無い末森に。加藤は少し困ったように呟いた。


「・・・。」
 末森は大きな溜息を吐いた。
 何となく、末森は図書館で、プリンスの部活が終わるのを待って一緒に帰るのが、習慣になっていたが。今日は何とも。
(気まずい。)
 昼間の食堂の一件以来、プリンスは教室でも一度も末森を見なかった。いつもなら、一緒に居るわけではなくても。それとなく自分を見守るような視線を感じるのだか。今日はプリンスは強張った顔で、頑なに末森を見ようとはしなかった。
「・・・帰っちゃおうかな・・・。」
 壁の時計は午後4時半を指していた。
(来るかどうかも分からないし・・・。)
 元々。二人で約束している訳でもない。それに。
「・・・。」
 末森は、自分に対するプリンスの好意を超えた熱意のようなモノを確かに感じていた。だがしかし。
(考えてみれば、何かを言われた訳ではない。)
 末森は溜め息を吐いた。
 考えはじめてしまえば。元々が、変なハナシだ。
 絵に書いた王子様のような男が。望めば、どんな美女だって選り取りミドリの男が。男の。しかも美形でも何でもない末森に好意以上のモノを寄せているなんて。
 確かに感じていたプリンスの想いを。今日。徹底的に無視されたコトによって、末森はやっぱりこれは、何かの勘違いだったのではないかと思い始めていた。勘違いで無くても、プリンスの悪フザケなのかもしれないと。考えたくはないが。取り巻きたちと皆で、末森をからかっていた可能性だってある。だって。
「・・・。」
 末森はプリンスのことをホトンド知らない。
(いかん。思考がどんどんマイナスの方向にいってるな・・・。)
 末森は、もう一度軽く溜息をつくと。
「帰ろ。」
 そう呟いて立ち上った。鞄を手に、図書館のドアに向かう。
 ついこの間まで。末森の生活に、プリンスが関わってくるコトなど無かった。プリンスに見詰められたり、二人で話すことなど無くて普通だったのに。現在(いま)は、こんなに。
(・・・寂しい。)
 自分にとってプリンスは。いつの間に、こんなに大きな存在になってしまったのか。
「・・・。」
 末森は頭を振ると、ドアの引き戸を空けて足を踏み出した。と、その瞬間。
「え・・・?」
 外側から入ってきた大きな影に、引き摺るように中に押し込まれる。
「え?」
 乱暴に引き戸が閉められる大きな音。
 同時に末森は強い力で引っ張られた。ホトンド足が地に着かないような体勢で、身体が引っ張られる。
「え・・・?」
 気付いた時には。どっからも死角になるような書棚の間に連れ込まれていた。そして。
「何・・・?」
 次に見たのは。
 図書館の薄汚れた天井だった。いつの間にひっくり返ったのか。訳がわからない。
「・・・。」
 混乱している末森が見ている天井に。影が割り込んだ。
「え・・・?塔宮?」
 嫌というほど見覚えのある男前。だが。
 プリンスは泣きそうな苦しそうなそんな表情をしていた。
「と・・・。」
 名前を呼ぼうとする末森の言葉を遮るように、プリンスが叫んだ。
「・・・とられるっ!!このままじゃ・・・加藤に!!とられてしまう・・・。」
「え・・・?」
 何だか良く分からなかったが。
 プリンスが食堂でのコトを誤解しているのは明らかだ。末森は誤解を解こうと口を開きかけた。
「・・・っ・・・?」
 だが。声は出なかった。
 何かに口を塞がれた。柔らかく熱いものに。それは押し包むように末森の唇を覆い、しっとりと吸ってくる。
(吸う!?)
「!!!!」
 遅ればせながら、末森は気付いた。何だか世界がぼやあとしていたので、気付くのが遅れたのだ。メガネがどこかにいってしまっていた。いや、そんなコトはどうでもいい。
(き・・・きす・・・!?これ、キスなのか?それとも、他の意味が・・・!?)
 末森の唇は、プリンスの唇に塞がれていた。
「・・・。」
 末森はもがいた。だが、体格に勝るプリンスに、覆い被られた体勢で、しかも両腕ごとしっかりと抱き締められた状態では身動きも出来ない。
「んんん・・・っ!!!」
 末森は呻いた。
 頭の中は。何でプリンスがこんなコトを。何で俺にプリンスが・・・。そんなコトがぐるぐる回っている。だが、その次の瞬間。
「!!!!」
 末森の歯列を割って、何かが口の中に入ってきた。
「んんっ!!!・・・んんんっ!!!」
 舌だ。プリンスの・・・。」
 知識としてはあった。キスするときに、舌で互いの口腔を愛撫するのだと。だが、末森は、こんな濃厚なキスなど経験がない。初めて感じる他人の舌の感触に、ゾッと鳥肌が立った。
「・・・!!!!」
 もがいた。必死で暴れた。だが。信じられないほど、身体が自由にならない。プリンスにガッチリ押さえ込まれると、末森など身動きも出来ないのだ。
「・・・っ!!!!」
 末森はパニックを起こした。
 凄まじい恐怖が脳天を突き抜ける。
「・・・末森・・・。」
 凄まじい勢いで暴れ始めた末森に驚いたのか、プリンスは唇を離して少し腕を緩める。
「離せっ!!離せよっ!!!!!」
 末森は死に物狂いで暴れた。上半身から一瞬、拘束が解かれる。パニック状態の末森は叫んだ。自分が何を言っているのかなど、ホトンド分かってはいなかった。
「お前なんか・・・っ!!!お前なんか、大嫌いだあっ!!!俺に、触るなああああっ!!」
「・・・っ!」
 だから、末森の言葉を聴いたプリンスの顔色が変わったコトにマッタク気付かなかった。
「・・・っ!!ちくしょうっ!!」
 プリンスは血を吐くように叫んだ。自分が何をしているのか、しようとしているのか分からなくなっているのは、プリンスも同様だった。
 末森は這って、プリンスの身体の下から逃げようともがく。だがその身体をプリンスは難なく捕らえた。捕らえると同時に、今度は末森の制服のボタンに手を掛ける。
「いやだっ!!いやだっ!!離せようっ!!!」
 自分の感情に手一杯のプリンスは、パニクっている末森の状態には気付かない。
「・・・っっ!!!」
 強硬に自分を拒絶する言葉と激しい抵抗。それらは更にプリンスの激情を煽り立てる。そんなコトは分からない末森は、更に暴れる。プリンスの臨界点まで。
「うるせえっ!!!!!!」

 普段の温和さをかなぐり捨てて、プリンスはそう叫ぶと、力任せに末森のシャツを引き千切った。
「ひっ!!!」
 末森は、その衝撃に。一瞬身体が固まった。激しい声。恐ろしい怒鳴り声。普段のプリンスからは、想像もつかないような。
「・・・っ!!」
 その隙をつくように。プリンスは末森の身体に圧し掛かってくる。
 末森は身体が動かなかった。恐怖が彼を金縛りにしていた。
「末森。末森・・・っ!!」
 プリンスが、末森の顔といわず露になった首筋といわず。ありとあらゆる場所に唇を這わせてくる。いつの間にか手が。下着代わりのTシャツの下で肌を弄るように動いている。
「・・・。」
 得体の知れぬ恐怖で。ぶわっと、末森の両眼から涙が溢れた。
(いやだ。いやだ。誰か、助けて・・・。)
 そう思った瞬間。
 自分でも思いもよらぬ声が漏れた。
「・・・・お、母さん・・・。」
 プリンスが。その瞬間。自分の上で、ビクリと身体を振るわせたのが分かった。いい歳をして、何を。と頭の隅で意識はあったが。だが、言葉は止まらなかった。
「お父さん・・・っ。・・・。助けて・・・。」
 囁くような声が漏れた。
「!!!!!」
 プリンスが、弾かれたように末森の身体から身を離した。
「・・・っ!!」
 末森もプリンスの重みが無くなった瞬間。必死で壁際まで這いながら逃げた。破られたシャツを握り締めて、呆然としているプリンスを見た。
「・・・末森・・・。末森、俺・・・。」
 プリンスは。
 唖然としていた。
 自分でも何をしたのか、分からないとでも言うように。末森と自分の手を交互に忙しなく見比べている。そして。
「・・・。」
 最後には、言葉を失ったように。縋るような目を、末森に向けた。
「う・・・。」
 末森の感じていた恐怖は。だんだんと怒りに変わってきた。同時に、青白かった顔に。だんだんと朱が上ってくる。
「末森・・・。」
 プリンスの声。
 普段どおりの優しい声。
(ちくしょう・・・っ!!)
 やがて。末森は真っ赤になると、目にイッパイ貯まっていた涙を、ボロボロと零した。そして。
「絶交だっ!!バカヤローッ!!!」
 泣きながらそう叫んだ。悔しかった。悔しかった悔しかった。
 抑え付けられて、身動きひとつ出来なかったコトが。同じ歳で。同じクラスで。
 同じオトコなのに。
 力では全然敵わなかった。
「・・・。」
 末森は素早く立ち上がると、呆然としているプリンスの身体を突き飛ばして図書室の入り口に向かって走った。
「・・・っ!!!。」
 憎かった。オトコとしての何かを、自分から根こそぎ奪ってしまったプリンスが。いや。本当は。自分自身が情け無かった。


「・・・。」
 図書室のドアが乱暴に開けられ、叩きつけるように閉められた音がする。プリンスは呆然と立ち竦んだまま、それを聞いていた。
「・・・。」
 こんなつもりでは無かった。
 塔宮を怯えた目で見ていた。追い詰められた小動物のようだった末森。目にイッパイの涙を貯めて。それでも、必死に塔宮を睨んでいた。あんな風に、泣かせるコトになるとは思ってもみなかった。
 誰よりも大切に思い。どんなものからも守りたいと願っていたヒトを。よりによって自分が。自分自身が、こんなに傷つけてしまうなんて。
「・・・サイテーだ。」
 塔宮は呟いた。
 今日は本当は、末森に告白しようと思っていた。
 昼間の加藤の態度をみて、キチンと告白して付き合いを申し込もうと思ったのだ。男同士で気味悪がられるかもしれないと思うと怖かったが、末森なら、断るにしてもキチンと話だけは聞いてくれるだろうと信じていた。キチンと話をして振られるなら、仕方ないと思った。
 そう決心したものの。ナカナカ踏ん切りが付かずに、部活をサボって図書室の前でウロウロしていたトコロに。
 末森が出てきた。
 彼の持っている鞄に気付いて、一人で帰るつもりなんだと思った。いつもなら、塔宮の部活が終わるのを待っていてくれるのに。自分を置いて、帰るのだと思った瞬間。
「・・・っ。」
 カッとしてしまった。自分の前で平気で加藤と仲良くしているの末森が憎らしくて。・・・怖くて。せっかく親しく話しが出来るようになっていたのに、失ってしまいそうで。自分でもどうしようもない衝動に突き動かされて。気付くと、床に末森を押し倒していた。
「・・・。」
 後はもう、自分でも訳が分からない。末森の柔らかそうな唇を目の前にして、どうしようもないほど欲情した。
 末森が何かを言おうとしているのに気付いて、それが怖くて、口を塞いだ。
 初めて触れる唇の感触。末森の肌の匂い。それらはあっけなくプリンスの理性を消滅させてしまった。そして。
『お前なんか・・・っ!!!お前なんか、大嫌いだあっ!!!俺に、触るなああああっ!!』
 あの言葉を聴いた途端。塔宮の中で何かが切れた。
 加藤には触らせるくせに!!加藤には頬にも肩にも、簡単に触らせているのに、自分では何故駄目なのだ!!!
 抑えに抑えてきた。血を吐きそうなほどの嫉妬が、塔宮の身体中を一気に焼き尽くした。
 どうせ手に入らないのなら。
 一度だけでも。一度だけで良いから、欲しいと思ってしまった。
「――――っ!!!」
 塔宮の長身が崩れるように倒れた。
 頭を抱えて蹲る。
「俺は・・・。俺は、なんてことを・・・。」
 喰いしばったプリンスの口元から。小さな嗚咽が漏れた。





 プリンスが重い足取りで、図書室から出てきたのは。
 それから、二時間ほど経ってからだった。
「・・・。」
 ふと、足元に目をやって。
「・・・末森・・・っ!!」
 愕然と叫んだ。
「・・・。」
 ドアのすぐ傍の壁にもたれて、末森が膝を抱えてうずくまっていた。
「・・・どうし・・・!!マサカ・・・っ。どっか具合が悪いのか?」
 塔宮は末森の前に両手を突いて、大慌てで顔を覗き込んでくる。それから気遣うように肩に手を触れようとしてきたが、思わず身体を大きく震わせてしまった末森に気付いて、プリンスは苦い顔で俯いた。
「・・・。」
 末森は少しだけ顔を上げて塔宮を見た。そして。
「・・・メガネ・・・。無いと、よく見えないんだ。」
 掠れた声で、そう言った。
「あ・・・?ああっ!!こっ、コレッ・・・!!」
 プリンスが慌てて手の中のメガネを差し出してくる。そして、おずおずと言葉を付け加える。
「・・・落ちてた。見た限りじゃ、壊れてないみたいだけど・・・。」
「・・・。」
 末森は無言でそれを受け取ったが。掛けようとはしなかった。
 その顔は。大泣きしたせいで腫れ上がっていた。プリンスはその顔を見て、自分が泣きそうな顔をした。
「・・・末森。俺・・・。ごめん、俺。どうすれば・・・。」
 言い掛けるプリンスを遮って。
「・・・悔しかった。」
 末森は俯いたまま、ポツンと呟いた。
「・・・え・・・?」
「力が・・・。全然、敵わなくて・・・。同じオトコなのに・・・。」
「・・・!!」
 プリンスが息を飲んだ気配がする。
「・・・ごめん。ごめん、末森!!」
 プリンスは廊下に両手を付いて、頭を下げた。少しの言い訳をしようともしない真摯な態度だった。
「・・・。」
 末森は唇を噛んで黙っていたが、やがて小さな声で訊いた。
「塔宮・・・。俺を、オンナの代わりにしようとしたのか・・・?」
「違うっ!!違う・・・っ!!末森。俺・・・俺は・・・。」
 プリンスは弾かれたように顔を上げると、必死の想いで末森を見詰めた。
「・・・。」
 末森は潤んだ目で、塔宮を見返す。プリンスは目を閉じて叫んだ。
「好きなんだっ、末森が!!どうしようもなく好きで・・・。最初は、ハナシが出来ればそれだけで良いと思っていたのに、どんどん欲張りになって・・・っ!!」
「・・・。」
「お前の・・・。一番近くに居たくなって・・・。いつも傍に居る加藤が、憎くて・・・。」
「・・・。」
「・・・気持ち悪いよな。ごめん。ごめん、末森。だけど・・・。」
「・・・。」
「お願いだ。嫌わないでくれ。あんな真似は二度としない!勿論。・・・お前がイヤなら、二度と傍に寄らない。だから、だから・・・。俺を嫌わないでくれ・・・。どうか、許してくれ・・・。」
 跪いだプリンスの。腿の上に置かれた握り拳が震える。
「・・・。」
「・・・え?」
 末森が何か呟いた。プリンスは涙で濡れた顔を上げると。末森のどんな言葉も聞き逃すまいとするように、末森の唇を見詰めた。
「俺・・・。塔宮のこと、好きだよ。」
「え・・・?」
 それなのに。末森が言った意味が、プリンスには分からなかったようだった。
「え・・・?」プリンスはもう一度呟いた。


「塔宮。俺のコト好きなのかなって。薄々は気付いてたし。というか。けっこうアカラサマだったし。」
「・・・。」
 プリンスはビックリしたように、末森を見た。本当にバレて無いと思っていたようだった。
「・・・。勘が良いんだな、末森。俺、一生懸命分からないようにしたつもりだったんだけど。ああ。そうか。あの時、図書室で手を握ったりしたから・・・。」
 プリンスはそれでも自分で納得出来る何かに思い当たったらしく、大きく頷いた。
「・・・。」
 その他もけっこうあからさまで、怪しかったけど。と末森は思ったが、口には出さなかった。プリンスは思ってもいないだろうが、多分クラス中が感づいている。
「・・・何か。塔宮って、可愛いと思う。」末森は小さく苦笑した。
「か・・・。可愛い・・・?」
 プリンスは複雑な表情をして、末森を見た。可愛いなどと言われたことは。彼のこれまでの生涯では無かっただろう。
「そんな風に見えないのに、抜けているトコとか・・・。」
「抜けてる・・・?」
 これも言われたコトは無いだろう。末森も、ついこの間まで思っていた。プリンスは完璧なオトコだと。だけど、そうじゃなかった。全然、そうじゃない。
「・・・。」
 複雑な表情をしているプリンスを真っ直ぐ見て、末森は言った。
「・・・塔宮。俺、正直、さっきのコト怒ってる。」
「・・・っ!!」
 プリンスは、この世の終わりのような顔をして、末森を見た。
「お前は・・・。力で俺を蹂躙しようとしたんだ。最低だ。相手が俺じゃなくても最低だ。好きだなんてコトは何の免罪符にもならない。」
「・・・。末森の・・・。言う通りだ・・・。」
 プリンスは震える声で、そう言った。末森はひとつ溜め息を付くと、天井に顔を向けて目を閉じた。
「だけど・・・。俺も悪かったんだ。」
「・・・え?」
 プリンスが末森の顔を覗き込む気配がする。
「加藤と仲良くする度に、顔色や表情を変える塔宮を。俺は確かに面白がっていた。」
「・・・。」
「天下のプリンスが。自分の一挙一動にウロウロするのが面白くて、どっか得意で・・・。」
「・・・。」
「だから・・・。半分は自業自得だ。バチが当たった。」
「・・・末森。」
 末森は目を開いた。そして自分を見ているプリンスを見返す。
「・・・俺。正直。さっきのコト、物凄く怖かったし、イヤだった。」
「・・・。」
 プリンスが目を逸らす。
「だから・・・。だから、お前の望むような付き合いが出来るかどうかは、正直分からない・・・。」
「・・・末森。」
「だけど・・・。俺は、お前が好きだよ、塔宮。」
「末森・・・。」
「だから・・・だから・・・。」
 末森は上手く言えないコトに苛立った。失いたくは無いのだ。プリンスを。
「もう良いよ、末森。言いたいコトは、大体分かった。」
 プリンスは末森の言葉を遮って、小さく微笑んだ。
「俺・・・。お前の友達になりたい。お前の一番の友達に・・・。それから・・・。」
 プリンスは少しだけ、視線を彷徨わせた。
「それからのコトは・・・。お前が俺の気持ちを知っていてくれれば、それで良い。充分だ。」
「塔宮・・・。」
「・・・ありがとう、末森。俺はお前が・・・。本当に、好きだ。だから・・・。ありがとう。」
 プリンスは泣きそうな顔で笑った。本当に嬉しそうだった。
「うん・・・。」末森も泣きそうになって、あわてて堪える。
「・・・。」
 それから二人は。泣きそうな顔で、笑い合った。


「なあ。ちょっと訊いて良いか?」
 二人並んで帰宅しながら、末森は長身の塔宮を見上げた。
「塔宮は、俺なんかのどこが好きになったんだ?」
「ああ、それは・・・。」
 塔宮は照れ臭そうに末森を見た。それから慈しむように微笑むと。少し屈んで末森の耳元でボソボソと呟いた。
「・・・・・・。」
 末森は大きく目を見開く。
「・・・それ・・・。ホント・・・?」
「うん。」
 塔宮は照れ臭そうに、後頭部を右手で掻いている。
「・・・俺が言うのも何だけど。・・・塔宮って、やっぱり変わってんな。」
「えっ、どうして?」
 塔宮は心底不思議そうに、末森を見た。
「俺は、皆が何で末森の魅力に気付かないんだと、不思議だよ。」
「・・・。」
 末森は苦笑した。さっき聞いたような理由でヒトを好きになるのは、世界が如何に広くても、多分プリンスだけだ。それから思った。
「・・・。」
 今日聞いたコトは、一生誰にも言わないでおこう。そして、生涯。自分だけの宝物にしようと。プリンスの言葉は、いつか必ず末森を支えてくれる。そう確信した。
「塔宮。」
「うん?」
「・・・ありがとう。誰も知らない俺の魅力に気付いてくれて。」
 末森は、プリンスに笑いかけた。
「・・・。」
 プリンスが、例の照れたような笑いを返してくれる。

 ゆっくりゆっくり歩いて行こうな。
 どんなに不様でも。不器用でも。馬鹿っぽくても。
 甘くても。
 現在(いま)は、これで良い。

 俺だけが知っている可愛いプリンスと。
 塔宮だけが知っている魅力的な俺。

 いつか、何かが変わってしまうまで。
「・・・。」
「・・・。」
 二人は無言のまま、再び並んで歩きはじめた。

−fin−

2004.11.20

 プリンスが暴走した時は、どうしようかと思ったのですが(笑)。今回は最初、末森の視点とプリンスの視点と、どっちとも決められなくて両方書いてしまったため、結果的に中途半端に視点が変わってしまい、もしかすると読み難かったかもしれません(ひょっとすると、いつもかも。笑)。
 まあこうした訳で。二人とも、まだまだ恋愛を舐めておりますが。良いでしょう若いから、あはは。
 ミヤザワ様。気に入って頂ければ良いのですが。