残り香
<君の気高き眼差しに・聖夜編>

ポン
そんな感じの音がして、エレベータの扉が開いた。
「・・・。」
伊庭は、小さく目を見開いた。
「・・・。」
ホテルのフロントがある階からは。たくさんの人間が、地下駐車場から上がってきた伊庭の乗っているエレベータに乗り込んできた。
「・・・。」
そのナカに。

将悟が、居た。

「・・・。」
クリスマス・イヴ。
誰もが幸福な気配を漂わせながら、この一流ホテルと言われる場所に集う。
事実。将悟も。
その手に、綺麗にラッピングされた細長い包みを抱えていた。赤いリボン。誰かへのプレゼントだろう。
「・・・。」
人波に押され。将悟と伊庭はエレベータの壁に押し付けられた状態で、隣り合わせに立つ。
「・・・。」
「・・・。」
二人は会釈もしなかった。見知らぬモノ同士を装い、素知らぬ振りでこの偶然の時間を束の間共有する。
ふ、と。瞬間。狭い空間で、二人の小指が微かに触れ合った。将悟の左手の小指と、伊庭の右手の小指。
「・・・。」
伊庭は。目を閉じた。
「・・・。」
将悟の小指が。
伊庭の小指に、絡まってきた。
「・・・。」
振り払わずに、伊庭はその感触を追った。



ああ、好きだ。



決して、裏切りではない。
誰にも分かってはもらえないだろう、その感覚。

将悟と伊庭だけにしか、感じることの出来ないエクスタシー。

再び。
ポン。
というような音とともに、エレベータの扉が開く。
「・・・。」
有名レストランがあるらしいその階で。エレベータの客の大半が、降りた。
「・・・。」
将悟も。
「・・・。」
伊庭は。ゆっくりとエレベータを出て行く背の高い、逞しい背中を無言で見守った。
「・・・。」
将悟は。
決して振り向かない。伊庭には分かっていた。
「・・・。」
エレベータの扉が、閉まる。
先ほどまでの混雑が嘘のように、空いた空間。

伊庭の目的の階に到着する頃には、エレベータには伊庭一人しか居なくなっていた。
「・・・。」
微かな音とともに、扉が開く。
「・・・。」
だが。
伊庭は動かなかった。
「・・・。」
若干の時間をおいて。扉は閉まった。微かな機械音とともに、エレベータはどこかに向かって動き始めた。
「・・・。」
伊庭は小さく溜め息を吐いて、見るとも無しにエレベータの階数表示を見詰めていた。
部屋で自分を待っているだろう人間のことが、ふと頭の隅を過ぎった。
「・・・。」
小さな衝撃とともに、エレベータが止まる。同時に、微かな笑みが伊庭の唇に浮かんだ。
扉の向こうに漂う、イヴの華やかな喧騒。
「・・・。」
伊庭は。
エレベータの扉が開く前に、目的の階のボタンを押した。もう一度。

その。

微かな熱と。甘く優しい痛みを訴える右手の小指で。

−fin−

2005.12.24