カウント・ダウン
<自慢のカレ・年越し編>

「ヤマト!こっちだ、こっち!!」
 第3騎士団に所属しているマルコ・グロビッチは。
 気にしていた岩のような人影が、戸口に覗いたのに気付いて大声を上げた。
 第3騎士団御用達の、安くて旨い場末の居酒屋。明日に新年を控え、マルコの隊の非番の者たちは、ほぼ全員がここでカウントダウンをしようと集まっていた。
「・・・。」
 マルコに気付いて、恥ずかしげな笑みを浮かべたその男は。
 ついこの間まで、マルコの同僚であった。不器用で誤解されやすい田舎育ちの無骨な男。マルコより3歳年下で、マルコは出会った当時から妙に放っておけず、イロイロと面倒をみてやっていた。それが。
 どういうわけか。暮れも押し迫った頃に、聞いたことも無いような出世を遂げ、第一騎士団の所属となった。皆が羨み、さぞや得意の絶頂に違いないというが。
「・・・。」
 マルコには、とてもそうは思えなかった。あの無骨な。マルコなど聞いたこともない村の出身の男は。目立つことを誰よりも嫌っていた。たまたま。剣の腕が優れていたことがアダとなってカシアス王子との因縁を持ち、騎士団の有名人になってしまったコトを誰よりも困惑し、厭うていたことをマルコは知っていた。
「・・・マルコ!」
「久し振りだな、ヤマト。元気か?」
 ヤマトは子犬のような足取りで、マルコの傍に飛んできた。
「有難う。」
 マルコに示された席に座り、表情の乏しい顔に僅かなはにかんだ笑みを浮かべる。岩に似ているというのに、何故かなんとも可愛らしい。兄弟を持ったことのないマルコだが、弟が居れば、きっとこんな風な感情を持つのだろうと、思わずヤマトの頭に手を遣って、なでてやりたくなってしまう。
「ヤマト、まあ飲め。第一騎士団はどうだ?大丈夫なのか?疲れているんじゃねえか?」
 マルコはヤマトの杯に安酒を注いでやりながら、訊いた。
「・・・大丈夫だ。」
 だが、そう応える横顔には、明らかな気疲れが見えた。
「世間は大した出世だと、お前を妬むが・・・。お前には、とんだコトだな。」
「・・・。」
 ヤマトは無言で、杯を口に持っていった。
「・・・。」
 愚痴を言うような男ではないが。さぞかし第一騎士団においても、複雑な立場に居るだろうヤマトを、マルコは労ってやりたくて、かつての同僚たちが開く年越しの宴に招待してやったのである。かつて同じ隊に所属していた人間は、マルコほど親しくはなくともヤマトがそのふてぶてしく見える外見に反して、存外好い人間であることを、皆、知っていた。
「おっ!!ヤマトじゃないか。来たのか!?」
 既に出来上がっている隊のメンバーたちが、ヤマトに次々に声を掛ける。
 ナカには憎憎しげなモノもあるにはあったが、総じて古い仲間を久し振りに迎えるような、素直な歓迎のニュアンスが多かったように思う。
「・・・。」
 そうした古巣の温かな雰囲気に包まれていたせいか。それより。心労がやはり彼の肉体に予想以上の負担を掛けていたのか。
「おい、ヤマト!!ヤマトっ!?」
 通常。
 ヤマトは信じられないほど酒に強い男なのだが。

 この夜は。
 年越しのカウント・ダウンが始まる頃。

「・・・。」
 見事に酔い潰れ。歪んでガタガタ音を立てる木のテーブルに突っ伏すように、眠ってしまった。
「・・・仕方ない。今晩は、俺の宿舎に泊めるよ。」
 年が明け。
 そろそろ宴もお開きになり、それぞれが娼館や次の飲み屋や宿舎に向かう段になって、マルコは溜め息とともにそう言うと、ヤマトの腕を取って肩に回し抱きかかえるようにして、立ち上がった。
「おいおい。大丈夫か?」
 同僚たちは心配するが。マルコは、ヤマトが見掛けよりハルカに華奢なことを知っていた。華奢というのとは違うのかもしれないが。何というか、細いのだ。骨格自体が通常のオトコよりは細いようなというか。とにかく。みかけよりハルカに軽い。
「ほら、しっかりしろ。」
 マルコは、店から足を踏み出した。
 本当は『アリシアの館』の馴染みの娼婦と過ごそうと思っていたのだが。今夜はヤマトと一晩。手酌で男同士語り合うのも悪くないと、力を無くしたヤマトの身体を抱え直した。が。その瞬間。
「・・・!?」
 横合いから伸びてきた、逞しい腕が。

「・・・なっ・・・!?」

 あっ。

 という間に、マルコの腕からヤマトの身体を奪い去った。

「・・・。」
 グレーのフードつきのコートに身をスッポリ包んだ、背の高い逞しい男。
「・・・っ!」
 第一の騎士。
 一目で、マルコには分かった。
「・・・。」
 そのオトコは無言でヤマトを肩に担ぐと。ゆったりとした仕草で、マルコの方を向いた。
「・・・っ!!!ヴァッ・・・!!」
 ヴァロア公。グリフィス!!!
 マルコは声が出なかった。
「・・・。」
 これほどの高貴な存在を。これほど間近に見ることなど。
 同じ騎士団に居るとはいえ。まず有り得ない。
「・・・ヤマトが、世話になったな。」
 高貴な唇が。美しい声で、そう言葉を紡いだ。
「・・・っ!!」
 竦み上がった。
 身分の違い。その美貌に圧倒されたのは勿論。何よりも、彼の目に浮かんでいる剣呑な光に、マルコは震え上がり。正直、腰が抜けた。
「俺が、連れて帰る。ご苦労だった。」
 ヤマトを肩に担いでも揺るぎもしない、その美しい男。
「・・・。」
 彼は。
 もう一度。マルコに鋭い眼差しを充てると、踵を返した。
 そして舌打ちとともに、小さな声を漏らした。誰に言ったのかは、良く分からない。
「年頃だというのにっ!!オトコの腕の中で酔い潰れるとは・・・。ばか者が・・・っ!!」
「・・・。」

 二人が去った石畳を。
「・・・。」
 マルコは暫く呆然と見詰めていた。が。やがて。

「年頃・・・?」

 小首を傾げて、小さく呟いた。

−fin−

2006.01.02