聖なる夜
<自慢のカレ>

ケイロニアの大神官。
その地位にあるアンドレア・ミカエル・ヴァロアは。名が示す通り。実は大貴族ヴァロア公爵家の縁戚であった。

ケイロニア建国の折から、常に国王の側近としてその手腕を振るってきたヴァロア公爵家は、ありとあらゆる分野の権力の中枢にその名を刻んでいる。宗教においても、しかり、というわけである。

この数年。
ケイロニアは、凄まじい嵐に襲われていた。
ヴァロア公爵家の次代を担う嫡男が。
何をどうトチ狂ったのか。第六王子を次代の国王陛下に押したのである。

王位継承者である第一王子は、多少の瑕疵はあっても、次期国王として特に問題がある人物では無かった。それなのに。

ヴァロア公爵家が彼に背いたばかりに、凄まじい王位の継承争いが起きたのである。

勿論。
アンドレアは、詳しいことはしらない。
ヴァロア公爵家としては、譲れない何かがあったのかもしれない。それでも。
血で血を洗うような内乱を巻き起こした現ヴァロア公爵を。
アンドレアは、あまり好きではなかった。

もともとアンドレアは、聖職者のガラではない性格だ。
オンナも酒も。畜生の肉も大好きだった。
いわゆる生臭坊主。
家の都合で、無理やり聖職者に追い込まれたオトコだった。

それでも。一時期は必死であるべきように、と頑張った。だが。内乱状態のケイロニアで、アンドレアを必要としてくれる人間は誰も居なかったのだ。

アンドレアは、失望し、自分を見失った。
それは。王位継承争いが落着し、2年が経っても変わらなかった。自分に仕える神官達の失望と侮蔑の視線を浴びながら、アンドレアは色に溺れ、酒に溺れ続けていた。他にすることがなかった。

そんな日々を送っていた、ある真夜中のコトだった。
酔って帰った神殿に。一人の男が必死で祈りを捧げていた。
美しい銀色の短髪。人形のような端正な美貌。
ヴァロア公爵。
アンドレアには、一目でわかった。直接に会った事はアマリ無いが、彼は自分のハトコだと。

「いかが、された?」
酔いを隠してした問いに、ヴァロア公爵は、その。この世のものとは思えないほどの美しい金色の瞳を開いた。
いつ会っても、傲慢なハトコであった。
誰かに膝を折ることなど見た事もなかった。それが。
「・・・!!」
アンドレアの足に、縋りついた。
 
アンドレアの服の裾に唇を押し当て、どうかお慈悲を、と涙を流した。
「私の罪は。私のモノ。妻にも子にも、関係のないこと・・・!!」
「・・・。」
「確かに私の両手は、血に塗れ、穢れ汚れているかもしれない。だが、妻は違う!!」
アンドレアは思い出した。
ヴァロア公爵の妻が、初めての子の出産にのぞんでいること。
産室にこもってから2日が過ぎたタイヘンな難産であること。
「子供など・・・!!望まなければ良かった・・・っ!!」
傲慢で美しいヴァロア公爵の瞳から、涙が溢れていた。
「子供など要らない!!妻の命が助かるなら、子供など欲しくないっっ!!」
ヴァロア公爵は、振り絞るように叫んだ。

神に祈ることなど、一度もなかった男だった。
アンドレアはこの神殿で、オトコの姿を見たことなど一度も無かった。
王位継承争いで、どれほどの切羽詰った事態に追い込まれてもこのハトコは。
大神官であるアンドレアの助言を求めたことなど一度も無かった。
それが。
「大神官どの、お願い致す!!罪は全て私が負う!!罰は全てこの身にっ!!妻の命を!!それだけを救って下され。子供など、この先、生涯望まぬ!!」
縋り付くように、祈る。

「・・・いけません。」
生臭坊主であるアンドレアは。
身に纏わり付くオンナの匂いを振り捨てるように、毅然として顔を上げた。
自分は。ケイロニアの唯一無二の大神官である。
チリン。
と、何かが澄み渡った。
この数年感じた事の無いほど静かな気持ちで、アンドレアは祭壇を見詰める。
言葉が、幻のように零れた。
「奥方は。貴方に子を与えようと、身を捨てた戦いをなされている。要らぬなどと・・・。偽りでも、言ってはなりませぬ。」
「・・・。」
ヴァロア公は、普段の傲慢さをかなぐり捨てた表情で、アンドレアを見上げた。
「貴方が言うべきことは一つだけ。」
「・・・。」
「待っていると。」
「・・・。」
「愛していると。」
「・・・。」
「例え。」
「・・・。」
「醜くとも。賢くなくとも。命と引き換えにしても、その御子を望んでいるのだと。」
「・・・。」
ヴァロア公爵は瞳を伏せた。そして。
「・・・愛している。」
そう呟いた。
「妻を。子を。この命を引き換えにしても・・・、構わぬほど愛している!」
「・・・。」
「・・・わが手に・・・っ!!!」
ヴァロア公爵は、天に向かって大きく両手を開いた。

「愛している。」

その言葉は。
アンドレアが、幼き頃から学んできたありとあらゆる神学のどの言葉より、胸に響いた。

「大丈夫。」
アンドレアは。
公爵を抱擁した。

「主は。許す。どんな罪をも、許すのだから。」

アンドレアはこの夜はじめて。
自分の職責を噛み締めた。

許す。許す。許すのだ。
何もかも。何もかもを。


ヴァロア公爵家に、第一子である娘が誕生したのは、その6時間後であった。
難産ではあったが、母子ともにぶじ健康であったと、神殿にも伝えられた。

−fin−

どうーしても一本上がらなくて(涙)。とりあえず。アマリにあまりで恥ずかしい感じもするので、スグに消してしまうかもしれませんが(その時はごめんなさい)。本当に皆様にご心配をお掛けしてしまったようで、ごめんなさい。同時に有難うございます。全てのメッセージに感謝しております。というか、拙いオハナシを読んで下さる全ての方に。

2006.12.27