カウント・ダウン 2
深窓の貴婦人
<自慢のカレ>

「ほとんど、誰にも会わないんだろ?」
「会うどころか!!見た人間も、あんまり居ない、って話だぞ。」
「とにかく物凄く身体が弱くて、公爵の領地の城から一歩も外には出ないってハナシだ。」

「お前ら、何をやってる、そんな隅っこで固まって。」
第3騎士団恒例のカウントダウンパーティ。
もはや古株に近くなったマルコ・グロビッチは、隅っこで固まって、熱心に何か話し込んでいる新人騎士たちを覗き込んだ。
「いえあの・・・。謎の貴婦人の話を・・・。」
新人騎士の一人が、少々気まずげに答える。
「謎の貴婦人・・・?」
新人騎士たちは、少し迷ったようだったが、口を揃えて言った。
「ヴァロア公爵の奥方のことです!!」
「ああ・・・!!」
マルコは得心がいった。
現在は、国王陛下の側近中の側近。重臣の一人として王宮で辣腕を振るっているが、かつてはこの騎士団に所属したこともあり、マルコも少しは話をしたこともある、ヴァロア公爵。その彼の、不思議な奥方のことは、ケイロニア宮中の七不思議の一つとまで言われている。
なんといっても、社交界に一度も顔を出さない。
どころか。結婚式以来、姿を見た人間は誰も居ないとまで言われている。
ヴァロア公爵によると、身体がとにかく弱く、王宮までの旅にはとても耐えられないという話だが、子供は二人も産んでいる。
誰も知らないケイロニア随一の大貴族の花嫁。若い男たちが、興味を持つのは当然だろう。
「本当に居るんですか?奥方なんて。煩く言われるのが嫌で、フリをしているとか・・・。」
「だって、子供が出来てるじゃないか。跡取りの男子が誕生したのは、確か半年前だよな。」
「しかし、何で人前に出ないのかな。社交は高貴な方々にとっては、重要な仕事だろう?」
「いくら病弱だっていってもなあ。ヴァロア公爵家の女主人としての、役目があるだろうに。ねえ、マルコさん。」
 マルコは口の端を右手人差し指で掻いた。
「まあ、なあ。しかし、噂ってもんは、極端になるもんだからなあ。誰も会ったことがない、っていう事は無いだろうし。親しい方々は会ったコトあるんじゃないか?」
「そうですかねえ・・・。」
新人騎士たちは、納得しかねるような口ぶりである。
その時。
マルコは、酒場の入り口に、懐かしい岩のような身体を認めた。
「丁度いい。親しい人間に聞いてみろ。おい、ヤマト!!」
岩のような男は。
マルコを認めて、嬉しそうに微笑んだ。
「マルコ。」
近付いてくる。
ヤマト・レーネとの、ほぼ一年振りの再会だった。
「元気だったか。」
マルコは、岩のような身体をしっかりとハグした。
「マルコも。」
照れくさそうな笑みを浮かべた、弟のように可愛がっていたかつての同僚で、友。
縁あってヴァロア公爵の従者になった、というよりも護衛官といった方が正しいのかもしれないが、とにかく現在では、ヴァロア公爵あるところ、常にその背後に影のようにヤマトの姿もある。必然的に、ヤマトもヴァロア公爵とともに、騎士団を離れてしまった。それでも。
平民であるヤマトは、宮中生活は気詰まりらしく、毎年このカウント・ダウンパーティだけは顔を出す。ここで思う存分酒を飲み、来年への英気を養っているらしい。宮中に居るようになっても、ヤマトは相変わらずヤマトだ。美々しい服装をするわけでもなく、垢抜けたようにも見えない。この場に来れば、すぐに第3騎士団の中に自然に溶け込む。そんなヤマトだから。

宮中生活は、辛かろう。―――

前代未聞の出世を遂げたにも関わらず、マルコはヤマトを哀れに思う。そして、そんな運命を運んできたヴァロア公爵をちょっぴり恨みに思うのだ。
「・・・マルコさん。どなたですか?」
新人騎士たちは、突然現れた岩のような男に、戸惑っている。
「聞いて驚け。ヴァロア公の側近だ。」

「えーーーーっ!!」

ヤマトは途端に新人騎士たちに取り囲まれ、まみくちゃにされている。
「昔、同僚だったんだが・・・」
言い掛けたマルコの言葉を引き取るように。
「ええっ、じゃあ貴方が伝説のヤマト・レーネ!?」
「本当に!?」
「うわあ、チョー感激っ!!」
ヤマトの大出世と、それをもたらした剣の腕は、もはや騎士団では伝説となりつつあった。
不器用で、冴えない男に過ぎなかったヤマト。
「・・・。」
新人騎士たちの憧れの眼差しを受けている姿に、マルコは奇妙に感傷的な気分になった。それを誤魔化すように、マルコは慌てて言った。
「おいおい、お前ら。何か、聞きたいコトがあるんだろう?」
「そうだっ!!ヤマトさんは、ヴァロア公爵の側近なんですから、奥方にお会いしたコトあるんですよね!?」
新人騎士たちのナカでも、一番ヤンチャな男が、臆することなくヤマトに質問をぶつけた。
「え・・・?」
「どんな、方なんですか!?やっぱり、凄い美人!?」
新人騎士たちは、期待で目をきらきらさせている。だが。
「・・・美しくはないな。」
返った答えは、無情なものだった。
「どちらかと言えば、醜いといった方が良いかもしれない。」
「え・・・?」
新人騎士たちは、一気に引いた。
「・・・それじゃあ・・・。もしかして、物凄く、豊満な身体つきだとか・・・?」
新人騎士の一人が、自分の胸を両手で大きく見せる仕草をした。
「・・・豊満というより・・・。ごつい、な。逞しい、といっても良いかも。」
「たくま・・・。」
新人たちは、モハヤ呆然として、言葉も無い。
「でも・・・。身体が弱いって・・・。」
「それなのに、逞しいんですか?」
新人たちの言葉にやや鼻白みながらも、ヤマトは頷いた。
「・・・ま、まあ・・・。」
「だけど。だけど、ヴァロア公爵は、可憐で可愛いって言っていると聞いたのですが・・・!!」
新人たちが、縋りつくように言い募る。
「あの人は、頭がオカしいんです。」
ヤマトは、ニベも無い。
「へ、平民だった奥方を、周囲の反対をモノともせずに、無理やりに近いカタチで手に入れたと聞きましたが。それほど熱愛されている奥方なのに、不美人でスタイルも良くないと・・・?」
「あのヒトは、頭がオカしいんです。」
ヤマトは無表情のナカでも、苦い顔で繰り返す。
「結婚式に参列した方々も、そんな風には・・・。小柄な女性だったと。」
新人たちはナカナカ諦めない。
「・・・。」
ヤマトは、黙った。
純白の花嫁衣裳を着ていた女性は、ヤマトの知人だった。そして、反対側にはヤマトが居た。誰が見ても、部外者がそんな位置に居るのはオカシイだろうという場所に居たのに、最初は違和感に驚いていた参列者も、常にヴァロア公の護衛をしているヤマトだったせいもあり、しかも丁度、国内情勢が不穏な時期であったので、『ヴァロア公爵は、用心深い』くらいで流してしまったのだ。
「あのヒトは、頭がオカしい・・・。」
ヤマトは少し俯くと、周りに聞こえるか聞こえないかの声で小さく呟いた。それから。
「・・・誤解があったのではないですか?」
事情を知らない人間には、さっぱり分からないことを言う。
「・・・誤解・・・!?」
新人たちは、意味不明のヤマトの言葉に、完全に引いていた。
マルコは、ヤマトの表情に疲れを見取り、割って入った。
「はい。質問コーナーは、これまで。ヤマト、呑もうぜ。」
そう言ってヤマトの肩を叩くと、片目を閉じた。


酒場の重い木の扉を開けて、外に出ると、雪が舞っていた。
「おお。寒いと思った。」
「・・・でも、綺麗ですね。」
マルコの言葉に、ヤマトは笑顔を見せた。
あの質問コーナーのあと、浴びるように酒を飲んだにも関わらず、ザルのヤマトは、少しも酔ってないように見える。
「・・・辛いコトがあったら、連絡しろよ。また呑もうな。」
「・・・。」
ヤマトは驚いたようにマルコを見たが、小さく頷くと、微かに頬を染めた。
「・・・。」
その様子が何とも可憐に見えて、マルコも少し頬を染めると、空咳をして顔を逸らす。それから話題を変えようと。
「ああ、そうだ。例の、ヴァロア公の奥方だがな。」
「・・・はい。」
ヤマトは何だか嫌そうだったが、構わず続ける。
「例えば、誰に似ている?どこそこの娘とか・・・。ああ、男でも構わんぞ。」
マルコは「男」という自分の言葉に自分で受けて、吹き出しながら、言った。
「・・・。」
ヤマトは暫く考えていたが。マルコの目をしっかり見ると、言った。
「強いて言えば・・・。」
「言えば・・・?」
「岩に似ています。」
「岩・・・?」
おいおい、それは、お前だろう。と言い掛けた時。
「ヤマト。」
グレーのフード付きのマントに全身を包んだ背の高い男が、物陰から姿を見せた。
「うわっ、出たっ!!」
マルコは、叫んだ。
ヤマトは毎年必ずカウント・パーティには顔を出す。そして、何故か毎年この男がヤマトを迎えに来る。マルコもいい加減、慣れた。
「・・・出た、とは何だ。」
男は不機嫌そうだ。マルコに対しては、いつもだ。機嫌の良いこの男など、マルコは見たことも無い。
「失礼しました。」
マルコは、男に最敬礼をした。ヴァロア公グリフィス。ヤマト曰く、頭のオカしい高貴な男だ。
「帰るぞ、ヤマト。」
グリフィスは、マルコを完全に無視して、踵を返す。
「は・・・。」
ヤマトは溜め息交じりに返事をすると、マルコの肩を叩いて微笑み、公爵のアトに従う。
「・・・。」
二人が遠ざかるのを見送りながら、マルコは溜め息を吐いた。
一体、どういうコトなんだろう。従者だか護衛だかを、迎えに来る主人。確かにあのヒトは変人だ、とマルコは思った。結婚した年には流石に来ないだろうと思ったのに、しっかり迎えに来た。新年くらい奥方と一緒に迎えてやれよ、と思った瞬間。
『岩に似ています。』
ヤマトの言葉が、脳裏を過ぎった。
「・・・。」
怖い考えに辿り着きそうになり、マルコは凍りついた。
まさかまさかまさか・・・・・・。
「そうだっ!!!子供が居るんじゃないか!!」
マルコは、一人にも関わらず大声で叫んだ。
「ヤマトに、子供が産める訳ないだろう!!」
何だかスッカリ安堵した気分で、叫び続けた。
「ははは、バカバカしい。ははは、ヤマトもジョークが飛ばせるようになったんだな。」
マルコは再び頭を振りながら、『アリシアの館』に向かおうと、足を踏み出した。
上機嫌で、歩く。だが。
「・・・。」
ふいに立ち止まると、もう一度、二人の去った方角を振り返った。
「・・・まさかな・・・。」
力なく笑う。
「ははは。どうかしている、欲求不満かな。俺もそろそろ、嫁をもらうか・・・。」
粉雪が舞い落ちる空をチラリと見上げ、マルコはもう一度首を振った。

−fin−

題名がチョット、という気もしますが。他に思い付きませんでした。

2006.12.29