褪せぬ想い

「あなたが、子供に見えるわ。」

 何十何人目かの恋人が、そう言った。

「・・・・さっきまでは。貴方ほど色気に溢れたオトコは、他に居ないと思っていたのに。」

「・・・・・・・・・。」

 そのセリフを吐かれたのも、もう何十何人目だろう。

 宗方 平蔵(むなかた へいぞう)は、曖昧な微笑を唇に浮かべた。

(・・・ついてなかったな。)

 女と出掛けたホテルのバーで。

 平蔵は偶然。

 父親の義弟である叔父に会ってしまった。そして女は。叔父を見てしまったのだった。

「・・・・・・・・。」

(この女とは、これで終わりだな。)

 平蔵は眼下に広がる夜景を眺めながら、女には聞こえないように小さな溜め息を漏らした。

(ナカナカの身体だったがな。)

 平蔵は女の豊満な胸に、チラリと視線を投げた。だが。正直、女にそれほどの未練がある訳ではない。ただ。

「・・・・・・・・。」

 自分の女が、叔父に心変わりをするという動かしようの無い事実が。平蔵の心に暗い影を常に落とす。

 

 どうしても超えられない敵。

 平蔵にとって。

 叔父。櫻 大吾(さくら だいご)は、常にそういう存在だった。

 

 だが。平蔵とて、大吾に女を盗られてばかりだった訳では無い。

 平蔵は、敢えて大吾のオンナばかりを狙ってオトしていた時期もあった。

 15、6歳の頃だった。その頃付き合ったオンナたちも、大吾に会った後は例外なく大吾を子供だと言った。女の年齢は様々だった。同級生のセーラー服の美少女もいたし、銀座の美しいホステスも居た。酸いも甘いも噛み分けたような母親より年上の女も。

 

 現在より遙かに子供だった平蔵は、それに腹を立て、敢えて大吾のオンナばかりをターゲットにしたのだ。反抗期でもあったのかもしれない。自分のオンナを平蔵に奪われて、苦々しげな表情を浮かべる叔父を見てみたかった。

 だが、意外なコトに。

 叔父のオンナたちは皆、思いの他簡単に平蔵にオちた。

「・・・・あのヒトは。誰のモノにもならないの。」

 あるオンナは。そう呟いて、小さな、そして諦めたような微笑を漏らした。素晴らしいオンナだった。顔も身体も。爪の先まで美しいオンナだった。育ちも良く。カタガキはどこかの輸入会社の取締役社長だと聞いていた。

「貴方は・・・。あのヒトに似ているわ。」

 平蔵に組み敷かれながら。

 オンナは熱に浮かされたようにそう言って、平蔵の父親よりも大吾に似ていると言われる顔を、その長く美しい指でなぞった。

 

 大吾は。

 平蔵がそうした自分のオンナを連れているのを見ても。小さな苦笑を漏らすのみだった。そして。

「・・・・・・・・。」

 苦笑を漏らす大吾を見た後。オンナたちは例外なく、平蔵に別れを告げた。

 大吾の心に。小さなさざ波さえ立てる事の出来ない、自分自身に絶望して。

 

 どうしても敵わない。

 オンナを奪ったように見えても、そんなのは単に目先の事だけだった。彼女たちは、大吾を愛することに疲れて平蔵に逃げ込むだけなのだ。

 いつしか。平蔵はそうしたオンナたちを抱きながら。訊くようになった。

 大吾は。

 お前にどんな風に触れる?

 どんな風に口付ける?

 どんな風にお前を抱くのだ、と。

 

 快楽の海に沈みながら。オンナたちは叫ぶように答える。

 あのヒトは。

 あのヒトは。

 あのヒトは・・・・・!!

 思い出したくない、と叫びながら。

 忘れさせて、と泣きながら。

 平蔵の下の白い女体は、彼の中にある大吾の面影を求めて、狂ったようにのたうった。

「・・・・・・・・・!!」

 いつしか平蔵は。

 セックスの相手が誰だか分からないようになってしまっていた。大吾のオンナを抱きながら、大吾を想う。大吾の、15歳の自分など及びもつかないだろう、その逞しい体躯を。オンナを組み敷くその鍛えられ身体を。オンナの唇を貪るセクシーな唇を。その甘い吐息を。獣のようだろう汗の匂いを。達するときの低い呻き声とその羨ましいほど男らしい美貌に浮かぶだろう快楽の表情を。

 

「・・・・・・。」

 平蔵は苦笑とともに首を振った。

 昔の話だ。

 現在は大学生になった平蔵はそう思った。そうした事が続いたアト。平蔵は大吾のオンナに近付くのをキッパリと止めた。正直言って、自分が少し恐ろしかった。

 嫉妬と呼ぶにも憧憬と呼ぶにも。あまりにリアルな、平蔵自身の感情が。

「・・・・・・・・・。」

 オンナがタクシーに乗り込んで去っていくのを、平蔵は無言で見送った。

 ホテルの部屋をリザーヴしていたが、無駄になった。普段ならキャンセルして帰るのだが、今夜は何だか自宅に帰る気分になれず、泊まっていくことにした。

 

 

「オンナはどうした?振られたか?」

 ホテルの部屋に入った途端。

「・・・・・・叔父貴!!」

 平蔵は、目の前のソファでタバコを燻らす大吾を見詰めて呆然と立ち竦んだ。

「・・・・・・・・ど・・・どうして、ここに?」

「お前と。一度、話しをしておこうと思ってな。」

 大吾は、ソファからゆっくりと立ち上がった。

「話・・・?」

 近付いてくる大吾に。平蔵は思わず後退さる。

「・・・・どうした?なぜ、逃げる?」大吾は、唇に貼り付けたような笑みを浮かべていた。

「・・・・・逃げてなんか・・・・・。」だが、平蔵は部屋の壁に背中を打ちつけた。

「・・・・・・・!!!!」

 190センチを超える平蔵より、まだ大きな男。壁を背にした平蔵の前に。もう一つの巨大な壁のように、至近距離に立ちはだかり、倣岸に見下ろす。女なら。誰でも腰が抜けるようなセクシャルな眼差しで。

「・・・・・話って何だよ・・・?」平蔵は自分の声が掠れているのを意識した。

「・・・・・俺の。口付けを知りたいか。」

「!!!!」

「・・・随分、知りたがったそうじゃないか。昔、俺のオンナに。」大吾は、右目を眇めて平蔵を見た。

「・・・・昔の話だ!!」大吾は顔に血が上るのが分かった。大吾の身体を自分の前から突き退けようと、その逞しい胸板に手を掛ける。

「俺は!!!別に叔父貴に抱かれ・・・・・・!!!!」

 そう叫びかけた途端。

 心持ち顔を上げていた平蔵の唇に。大吾の唇が降って来た。

「!!!!!。」

 顎をガッチリと掴まれ、背後の壁に押し付けられ、どれ程もがいても身体はビクともしない。大吾の長い右足が、平蔵の膝を割る。

「・・・・・・んんんん!!!!」

 大吾の舌は。唇を弄うように辿ったアト、ゆっくりと咥内に入ってきた。そして。ゆっくりゆっくり唇を貪られる。

「・・・・・・!!!」

 平蔵の頭の中をに真っ白な光が駆け抜けた。一気に腰が砕ける。

 大吾の右の太ももの上に腰が落ちる。その右足を。

「・・・・・っあ。・・・・。」

 大吾は微妙に動かした。瞬間。平蔵の口から、思わず甘ったるい声が漏れた。

「・・・・・・・・。」

 平蔵のその反応に。大吾はニヤリと笑うと、唇を離した。

 同時に、平蔵を押さえつけていた腕と足も。

「・・・・・・・・。」

 支えを失って、平蔵は床にへたり込んだ。

「・・・・堪能したか?」

「・・・・・・・・・・・・・。」何事も無かったかのように、少しの乱れも感じられない大吾の声に。床に座り込んで荒い息を吐いている平蔵は、大吾を睨み上げた。

「・・・・・一体。何の真似だ?・・・・・叔父貴!!!」返答次第では。平蔵にも覚悟があった。こんな屈辱は我慢出来ない。例え相手が、宗方組八代目であろうとも。

「・・・・・ジョウと付き合うつもりなら。今までの女は全員整理しろ。それが出来ないなら、ジョウにはこれから先、二度と近付くな。」

 大吾は静かな。だが凄みのある声でそう言った。

「!!」 

「・・・・・あの娘を泣かせたら。この程度では済まさねえ。生きているのが嫌になるほどのメに遭わせてやる。」

 大吾は微かに笑っていた。だが。本気だという事が、平蔵には分かった。

「・・・・なぜ、そんなにジョウを・・・?高校時代の親友の娘だから?」

「そうだ。」

「・・・・・・・・・・。風間 零一朗というオトコは。一体、何者なんだ?叔父貴にここまでさせる、一体何を持っているんだ?」

 平蔵は知らない。

 他人にこれほどの執着を見せる、櫻 大吾など。

「・・・・・・お前が知る必要は無い。高坂にも言われただろう?」

「・・・・・・・・。」平蔵は黙った。だが。心の奥で。あの頃。叔父のオンナたちに抱いた妄執が甦るような、そんな感覚を味わった。

 風間 零一朗。

 叔父にとって、誰よりも特別な男。

「・・・・・返事は?」笑顔の奥で底光りを放つ大吾の眼が、平蔵の眼を真っ直ぐに見据えた。

 完璧な実力(ちから)負けを感じながら。平蔵は身体の力を抜くと、小さな声で呟いた。

「・・・・・・分かった。」

 娘に関しての事はな。平蔵はそう思った。

「・・・・・良い子だ。」大吾は平蔵の頭をポンポンと叩いた。そして『それじゃあな』の言葉とともに、部屋のドアに向かう。

「・・・・・叔父貴。」その背に平蔵は声を掛ける。

「・・・・・・・・・・。」大吾が平蔵を振り返る。

「・・・・・叔父貴は。誰も愛したことは無いのか?誰かを。無理矢理にでも自分のモノにしたいと思ったコトは・・・?」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・勿論、あるさ。だが。」

「・・・・・・・・・。」

「そういう相手とは、何故か上手くいかねえんだ。」

 大吾はそう言うと。色気のある微笑を口元に昇らせて、平蔵を見た。それは辛そうでも寂しそうでも無かったが。

「・・・・・・・・。」

 平蔵はふいに。大吾は現在、切ない恋をしているのではないか、と思った。何故かは分からないが。

 もう一度。大吾はじゃあな、と言うと。

 部屋を静かに出て行った。

「・・・・・・・・・。」

 平蔵は瞳を閉じた。

 少年時代。恋慕と執着を感じた相手は。

「・・・・・・・・・。」

 どれほど認めたくなくとも。確かに。大吾だけだった。

 もしも。

 大吾が今夜本気だったら。

「・・・・・・・・・。」

 平蔵は小さく笑って、首を振った。

「・・・・冗談じゃねえ。」

 そして。

 壁に手を突いて立ち上がりながら、これから別れを告げる女の顔と、手順を頭の中で考始めた。

 平蔵は、ジョウから手を引く気は更々無かった。例え、今付き合っている女全員と別れても。

 平蔵は。ジョウに本気になりかけていた。それもまた一つの確かな事実であった。

「・・・・・・・。」

 平蔵は大きく息を吐いて、大吾が座っていたソファに腰を下ろした。上着の内ポケットから煙草と100円ライターを取り出すと、サイドテーブルの上の灰皿に手を伸ばす。その時。

 灰皿に残った。

 煙草の吸殻が、見たことも無い外国製の銘柄だという事に気が付いた。

 大吾が普段、口にしているモノとは明らかに違う。

「・・・・・・・・・・・。」

 平蔵は子供の頃。大吾ばかりを見ていた。だから、誰も知らない大吾の癖を一つだけ知っている。

 大吾は時々、タバコの銘柄を何の脈略も無く変える事があった。

「・・・・・・・・・・・。」

 それは。

 おそらく大吾にとって。

 その時々の大切な誰かの。特別な匂い。

 その匂いを自らの身に纏(まと)う事を、大吾は好むのだ。

 少女趣味といえなくもない、大吾にしては妙に可愛らしいその癖を。

 平蔵だけは知っていた。

「・・・・・・・・・・・。」

 平蔵は、もう一度微かに笑った。

 その銘柄は、少なくとも自分のタバコのモノではなかった。

 それに落胆を感じない自分に。

 少しだけ安堵しながら。

 

−fin−

 2003.04.13

 え〜〜〜〜〜〜ん。ちっともロマンスじゃあ無いいいいいいいいっ!!!!。

 正直に言います。二つ目のキリリクで早くも。

 敗北宣言(笑)。

 今度こそ、頑張ります。

 たま様、ごめんなさい(ひれ伏す、にゃむにゃむ)。