夢に見た(ヒト)

 

 会いたいというよりは、見たい。

 宗方(むなかた) 平蔵(へいぞう)は、確かにそう思っていた。

 ジョウ(こいびと)の父親。

 叔父貴(八代目)の親友。

 勝又(宿敵)の元上司。

 立場で言えば、それだけの。

 だが。

 彼に関わる全ての人間の上に。あたかも君臨しているかのような、その男を。

 

 

「やっだああああああ!!平蔵ちゃん、久し振りねえ!!!」

 おねえ言葉がまったく合わない、ほとんど坊主に近い金色の短髪をした逞しい男が。カフェテリアの入り口で平蔵の姿を見つけた途端、叫び声を上げて突進して来て平蔵に抱きついた。

 もう60歳に近い年齢のハズだが、まるで40歳前後に見える精気溢れる整ったモデル顔の右耳には、これでもかと付け捲くっているピアスが、ジャラジャラと音をたてている。

「須崎の叔父貴も、お元気そうで・・・。」

 平蔵は、彼の体重を身体を仰け反らして支えながら『相変わらずの若作りで』という言葉を寸でのトコロで飲み込んだ。

「なあに?何、他人行儀なコト言ってんのよ!!!アタシは、あんたのオシメだって代えてやったってのに!!!」

 おーほっほっ。と高らかに笑いながら平蔵から身体を離すと、須崎のオジキと呼ばれた男は平蔵の背中を右手でバンバンと叩く。

「お・・・・叔父貴・・・・。」

 平蔵はうろたえた。だからこの辺りの人間と話すのはイヤなのだ。すぐ、平蔵の自分では責任が取れ無いくらい幼い頃の話をして、からかってくる。

「それで、何よ。訊きたいコトって!?」

 言葉とは裏腹の男っぽい仕草で。

 (おおとり)組組長。須崎(すざき) 隼人(はやと)は、平蔵のテーブルの向かいの席に腰を降ろすと咥えたタバコに火を付けた。真っ白なスーツに真っ赤なシャツ。まるで一昔前の低級なホストのようなイデタチだが、実は彼は関東宗方組系。四天王の一角を張る大組織の組長である。

「・・・・・須崎の叔父貴に取り繕っても仕様が無いので、ズバリ訊きます。風間 零一朗のコトを知りたいんです。」

「・・・・・・・・。」

 須崎は、笑顔のまま。顔を凍らせた。瞳に形容し難い光が宿る。

「何で?」

「え・・・・?」

「訊いてどうするのよ?」

「・・・どうもしない。ただ、どうしても知りたい。皆が彼を・・・。なぜアレホド(あが)(たてまつ)っているのか。」

 須崎は一瞬。その瞳に不可思議なイロを滲ませて、平蔵を見た。

(あが)め・・・・・。ぷっ!!そうねえ。確かに、(たてまつ)っちゃってるわねえ。あはは。」

 そう笑った後。

「平蔵。アンタ。風間に会ったコトないの?だって、娘と恋仲なんでしょう?」

 不思議そうに呟いた。どうやら、平蔵がジョウと付き合っているコトは宗方組系内部では知れ渡っているようだ。

「・・・ジョウは。俺が父親のコトに触れると途端に機嫌が悪くなる。何も教えてくれない。彼氏が親父さんに心変わりしなかった事は、一度も無いそうだ。」

「・・・・・・・・。」須崎はそれを訊くと、乾いた声で笑った。

「他にもイロイロ訊いてみたが。高坂も、甘粕も桐生も。親父さえ、苦い顔で黙り込む。いや。竜頭の叔父貴も。白井さんもだ。」

「・・・・・まあ。イロイロあったからねえ。」

 須崎は、一瞬。遠い目をして虚空を見詰めた。

「会いたいというのとは、違うかもしれない。」

「・・・・・・・・。」

 須崎は右眉を上げて、平蔵を見た。

「・・・・・見たい。どうしようもなく。自分でもまるで・・・・。飢えているような感じだ。」

「・・・・・・・会う前から、それ?会ったら、どうなっちゃうワケ?」須崎は大笑いした。

「・・・・・・・・わからない。」

「あの男は。ロクでもない野郎よ。」

 須崎は囁くように言った。目線は、遠くにあるようだった。

「・・・・・・・・・。」

「ヤクザが大嫌いで、アタシたちのコトなんかゴキブリ以下にしか思っていない不愉快極まりない野郎よ。」

「・・・・・・・・。」

「オマケに短気で乱暴モノ。しかも、憎たらしいホド強い。腕っ節だけじゃなく、まあ、よくまあコレだけムカつく言葉が吐けるものだわ、と感心するほどの毒舌家でもあるわ。」

「・・・・・・・・。」

「しかも、カナリの自己チュー男。世界が自分中心で回っていると信じている男よ。ホント最っ低。何度、殺してやろうと思ったコトか。」

 須崎は心底憎々しげに、吐き捨てた。平蔵は小さく咳払いして、口を開いた。

「・・・・櫻の叔父貴とは・・・・。・・・その。二人は・・・・・・。何というか。どういう・・・・?」

「関係かって?知らないわよ。アタシが、教えて欲しいくらいだわ。本当。ハタ迷惑な関係よね。」

 須崎はそう言うと、溜め息とともに両腕をがっしりと組んで、その切れ上がった目で平蔵をジロリと見た。

「・・・何か。一部の人間は、風間を『姐さん』と・・・・・。」

 須崎は鼻で笑った。

「嫌がらせじゃないの?そう言われると風間がスッゲエ嫌がるからね。つーか。怒り狂うっつうの。ココロの()っまい男だからね。」

「・・・・・・・・・。」

 須崎の答えに、平蔵は言葉を失った。須崎はもしかして零一朗が嫌いなのだろうか、と少し首を傾げる。その時。

「・・・・・・だけどね平蔵。風間は・・・・・。」

 ふいに。須崎は、低い声を出した。

 眉間に皺を寄せた。どこか、凶悪な気配を濃厚に漂わす表情で。瞳は凄まじいイロ(・・)を浮かべてギラギラと光っている。

「・・・・・もしも。傍に居てくれるのなら・・・・。世界中を敵に回しても良いと、思わせる男よ。」

「・・・・・・・・・。」

 平蔵は大きく目を見開いて、今度こそ。完全に言葉を失った。

「・・・・・・・・・。」

 自分を見つめる平蔵の視線に、何かを感じたのか。

 須崎は一瞬で凶悪な表情を消し去ると、自嘲気味に小さく笑った。そして手にしていたタバコを灰皿で揉み消した。

「まあ。しかし。何ていうの?結局のトコロ『百聞は一見に如かず』よ。」

 そう言うと、須崎は勢い良く立ち上がった。身長は180センチを超えている。この言葉遣いさえ無ければ、彼は本当に好い男なのだ。いや、この言葉遣いであっても、彼は女性にはモテまくっているのだが。

「へ・・・・?」立ち上がった須崎を、平蔵はちょっと間抜けな顔で見上げた。

「見に行きましょうよ。」須崎が平蔵の腕を引っ張る。

「見に・・・・・・?」

「電柱の影か何かから、あのオンナ好きが、鼻の下伸ばして近所のオバさんたちと井戸端会議とかしているのを、覗けば良いのよ。」

「・・・井戸端・・・・。」

 分からない。一体、どういうオトコなんだ。風間 零一朗。

 そんな事を考えているウチに、平蔵はどう控えめに言ってもカナリ強引に須崎に車に引き摺り込まれた。

 

 

 

「・・・・・・・・・。」

「風間は、八代目の高校の同級生よ。」車の中で、車窓を眺めながら須崎は突然呟いた。

「・・・・・・・・・。」平蔵は、後部座席に並んで座っている須崎の整いすぎている白い顔を、見詰めた。

「八代目が、組を継いだ時。アタシたちは、彼を八代目の高校時代の恋人だと思っていた。」

「・・・・・・・・・。」

「レイプしてやろうとしたのよ。風間を。八代目が気に入らなくてね。ヤクザの怖さを思い知らせてやろうと思ったの。昨日まで高校生だった幾らガタイが立派でも、17歳の少年に務まるような仕事じゃないってね。アタシたちは、竜頭の兄貴にアタマに立って欲しかったから。」

「・・・・・・・・・。」

「ところが。あの男の出現で、何もかも変わってしまったわ。」

「・・・・・・どういうコト?」

「・・・・・一目見て・・・。いえ、写真を見ただけで。あれほど結束していたアタシ達の間に亀裂が入った。誰もが・・・・・・。皆を出し抜いて、自分が風間 零一朗を手に入れようと、必死になった。」

「・・・・・・・・・・・。」

 平蔵は、大きく目を見開いた。大吾と現在の四天王との間に、八代目就任当時にイロイロなトラブルがあったコトは知っていた。だが、風間 零一朗がそれほど重要な位置に居たとは知らなかった。

「・・・・・遠い昔のハナシよ。」須崎はチラリと平蔵を見て、薄く笑った。

「・・・・まさか。竜頭の叔父貴も・・・?」竜頭が誰かに執着するなどと。平蔵には想像もつかない話だった。

「・・・・そう。見当が付かないでしょうけど、竜頭の兄貴が一番凄かった。竜頭の兄貴が出てきた段階で、アタシ達は引くしかなかったせいもあるけれど。とにかくそれで、八代目と・・・・・・・・・。」

 須崎は一瞬、辛そうな顔をして黙った。それから遠くを見るような目をしてから、微笑んだ。

「・・・・とにかく。風間は誰の手にも落ちなかった。竜頭の兄貴すら落とせず、八代目のモノですら無かった。」

 須崎はどこか、誇らしげであった。

「・・・・・冷静になって、そんなタマじゃ無いコトに気付いたのは、随分アトのハナシだけどね。」

「・・・・・・・・・。」

 須崎は、自分が始めて零一朗を見たときのコトを思い出して、小さな苦笑を浮かべた。

 部活帰りだった、詰襟姿の零一朗。

 人気の無い土手を通って自宅に帰るのは調べてあった。待ち伏せた。

 車に引きずり込んで、犯してやろうと思っていた。そのまま連れ帰って、飽きるまでベッドの上で飼ってやろうと思っていた。だが。

『何だ?このカマ野郎。文句あるなら、相手になってやるぜ。』

 右眉を器用に上げて、美しい顔に似合わない汚い言葉を吐きながら、恐れることもなく自分を見た零一朗を。その溜め息の出るような美々しくも凛々しい姿を思い出す。

 気が強く凄まじくプライドの高そうな、世間知らずの挫折などしたことの無い少年。少なくともあの頃。零一朗は須崎には、そう見えた。

 部活帰りの彼が握っているのは木刀でも。それを握っている左手の華奢な静脈さえ透けて見えるような白い手首。それを見た瞬間、力で捻じ伏せたい欲望が、吐き気がするホドに膨れ上がった。そして、まだ若かった須崎は、その衝動に従うことに躊躇(ためら)いなど感じなかった。

「・・・・・・・・・。」

 須崎は自嘲気味に、低い笑い声を漏らした。今考えれば、馬鹿な真似をしたものだ。あのトンデモナイ怪力の持ち主に、力技で挑むなどと。

 笑いながら、ふと隣を見ると、平蔵が訝しげに彼を見ている。

 思い出に捉われていた須崎は、小さな咳払いとともに、先ほどとはマッタク違う口調で平蔵に話し掛けた。

「あの男の流し目。アレはトンデモナイわよ。長い睫毛の間から、掬い上げるようにヒトを見るの!!ああ。思い出しただけでもホントに鳥肌が立っちゃうわ。勿論、前なんか風間を前にすると、いっつもビンビンよ!!ホトンド無意識のタダの癖だっていうのが、タチが悪い・・・・・!!!本当にあの男は・・・・・。」

「・・・・・・・・。」

「生まれついての。男殺しよ。」

「男殺し・・・・・。」

 平蔵は、無意識にゴクリと喉を鳴らした。

 

 

「・・・・・須崎の叔父貴。本当に、ココで待つつもりなのか?」

 平蔵は躊躇いながら、口を開いた。

「ここじゃなきゃ、どこで待つのよ?」

 風間親娘の暮らすマンションの玄関が見える電柱の影で、少しも隠れているようには見えない派手派手しい二人組みは、立っていた。

「大丈夫よ。あっちからは見えないわ。」

 自信たっぷりにマンションの玄関を顎でしゃくる須崎に。

「・・・・・そうかなあ。」

 自分たちを胡散臭げに見ながら、二人の立っている電柱の辺りを大きく迂回していく、犬の散歩をしているらしい人々を横目に見ながら、平蔵は小さな声で呟いた。

 その時。

「あっ!」

 若い女性が、玄関から出てきたのが見えた。

「ジ・・・・ジョウ・・・・・!!」

「え?あれが・・・・・?」

 須崎は、ジョウに面識は無いようだった。

「・・・・・・・・・。」

 ジョウは真っ直ぐに、二人の居る方向に歩いてくる。

(やば・・・・!!)

 平蔵は唇を噛んだ。ジョウは平蔵を父親に会わせたくないらしく、マンションの近辺に平蔵が近付くのを異様に嫌がる。

「叔父貴・・・。俺、ちょっと。」

 この場を離れようと、須崎に声をかける。が。

「・・・・!?叔父貴!?」

 須崎はどこにも居なかった。

「・・・ええっ!?」

 平蔵はうろたえて、辺りを見回す。その時。

「へーぞー。何やってんのよ。」

 地を這うような、低い声が背後から聞こえた。

 

 

 

「・・・・・・・・尻に敷かれているわね。」

 須崎は、二人から少し離れた場所の、塀の影から二人を見ていた。

 ジョウは平蔵に何か捲くし立てていた。思ったら、プイと平蔵を無視して歩き始める。平蔵は溜め息を吐くとともに、彼女のアトを追ってゆっくりと歩き始めていた。

「・・・・・・青春ねえ。」

 須崎はクスクスと笑った。そして、マンションの玄関に目を遣った。

 零一朗がココに住んでいるのは知っていた。だが、近付いたコトは一度も無い。それは宗方組内部の不文律のようなモノだった。零一朗はヤクザが嫌いなのだ。自分の住居、あるいは家族に彼らが接触するなどと、とんでもないコトだった。どれだけ、怒り狂うか考えるまでも無い。

 須崎とて。平蔵が一緒でなければ、ココに来ようなどと思いもしなかっただろう。ただ。

(・・・・・もう。一年以上も会っていない。)

 須崎は唇を噛んだ。

 零一朗が仕事をリタイアしてから。彼はめっきり夜、繁華街を訪れることは少なくなった。今までは、『ノーティラス』を張っていれば、少なくとも半年に一度くらいは会えたのだが。

「・・・・・・・・・・。」

 ここまで来たのだから、須崎は一目で良いから、姿が見たかった。

 平蔵が居なくなったのだから、ここは引くべきだ。それは分かっていた。大吾や竜頭にバレたら、どんな目に合わされるか分からない。だが。

「・・・・・・・・・。」

 惚れているのだ。須崎はどうしようもなく、零一朗に囚われているのだ。初めて会った瞬間から。

 須崎は、切なげな溜め息を零した。

 その時。

「須崎さん。」

 須崎の背後から、渋い声が聞こえた。

「高坂・・・・。」

 須崎は唇を噛んで、このソコラの組の組長などよりハルカに力を持っている大吾の側近を、忌々しげに振り返る。

「・・・今日は、平蔵さんの我が侭に付き合わせてしまったようで、申し訳ありません。・・・宜しければ、お送り致しますが・・・・?」

「・・・・・・・・!」

 言葉使いは丁寧だが。要は速やかに、この場から去れと言っているのだ。有無を言わせぬ迫力があった。

「・・・・・・・・何?あんた、アタシに指図する気?」

 須崎は半眼になって、高坂を睨み付けた。

「アンタなんかに指図される筋合いは無いわよ。いくら宗方組の幹部でも、アンタは八代目じゃないんだから。」

「・・・・・・・お願いをしているんですよ。須崎さん。」

 高坂が。低い声で応えた。上目遣いに須崎をねめつける。

「・・・・・・・・・お願いですって?随分、立派な態度じゃねえか。」

 須崎の言葉遣いが、男のソレ(・・)に変わる。同時に、凄まじい凶悪な気が須崎の全身から放たれる。

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

 二人の間に、見えない火花が散った。その瞬間。

「・・・・・高坂?どうした。何でココに?」

 塀の影から、平蔵が現れた。

 どうやら、ジョウの機嫌を取るのを諦めて戻ってきたようだ。

 須崎が高坂を嘲笑するように、口を開く。

「・・・・・コイツはね。風間の番犬なのよ。ワンと吠えられたわ。」

「・・・・・・え?」二人の間に険悪な雰囲気を感じ取って、平蔵は眉間に皺を寄せた。

「・・・・・・・・・・・。」

 高坂は、無言で薄く笑った。薄ら寒くなるような笑顔だった。

「・・・・命じられれば。足の先まで舐めるだろうヒトに、犬と言われても痛くも痒くもありませんな。」

「・・・・・・・・言うじゃねえか。八代目の腰巾着が。」

 須崎も凄みのある微笑を口元に浮かべた。

「・・・・・・・・。」

 負けず劣らない笑みが、高坂の口元も彩る。

「いい加減にしろ!!」

 低い声が、二人のにらみ合いを断ち切った。

「こんな住宅街で、いい歳して何を始めるつもりだ。高坂!ここに、喧嘩しに来たのか?」平蔵は、高坂を睨みながら強い口調で言った。

「・・・・・・申し訳ありません。」高坂は、平蔵の方に向き直るとアタマを下げた。それを尻目に、平蔵は須崎の方を向く。

「須崎の叔父貴も、高坂をアマリ苛めないでやって下さい。これでも、ウチの組の実質bQなんですから。」

 微笑ながら、言った。

「・・・・・・うん。」

 須崎は若干バツが悪そうに、平蔵から顔を逸らして、頷いた。

 

 その瞬間。

 

「あ・・・・・・・・。」

 須崎が小さく声を上げた。

「・・・・・・・?」

 その声につられて、平蔵も須崎が見ている方向に顔を向けた。

 

 

 

「・・・・・・・・・。」

 多分50歳代だろう中年男が。道の真ん中で仁王立ちをして3人を見据えていた。

「・・・・・風・・・・。」

 須崎が、その名前を呼ぼうと口を開いた時。 

「・・・・・大丈夫ですかあ?」

「・・・・・風間さん?」

「風間さん、警察呼びましょうか・・・・?」

 立っている彼の30メートルほど背後の電柱の影で。数人の近所の主婦らしい女性たちが、老若取り揃えて心配そうに男を見ながら声を掛けてきた。

「・・・・・・・・・・。」 

 中年男は少しだけ振り返ると、彼女達に対して微かな笑みをみせた。

「大丈夫です。スグ追っ払いますから。」

 そう言うと。不機嫌そのものの表情に戻って、3人に向き直る。

 

「・・・・・・・・・。」

 須崎は。

 暫らく、呆然と口を開けた状態で、男を見ていた。タダ見ていた。そして。

「・・・・・・・・・。」

 やっと我に返ったように、小さく笑う。

「・・・・・近所の・・・。奥さま方のアイドルをやっているって、ホントだったのね・・・・・。」

 小さな声で呟いた。

「こんなトコロで何やってるんだ。カマ野郎。」

 低く。良く通る美しい声が、中年男の口から漏れた。

「・・・・・・・・!!」

 須崎は、目を閉じた。まるで、その声の余韻を味わおうとするように。

 声は続いた。

「こんな、平和な住宅街に、手前らみたいなヤクザがチョロチョロしてたんじゃ、迷惑なんだよ。皆、怖がっているんだよ。とっとと、帰りやがれ。」

「・・・・・・・・。」

 須崎は目を開いて、零一朗を見詰めた。暫らく身動きもしないで、見詰め続ける。そして、溜め息とともに微笑んだ。

「・・・・・・相変わらず、ヤな野郎ね。」

「手前なんぞに、良い男と思われたくもない。」間髪入れずに、言葉が返ってくる。

「・・・・・・帰るわよ。帰りゃいいんでしょ。せいぜい、オンナの機嫌を取ってりゃいいのよ。」

 須崎は、チラリと零一朗の背後に固まっている奥さま軍団を見た。ちょっと憎々しげに。多分彼女達は、須崎たちの姿を見掛けて、自分達の井戸端仲間では唯一の男である零一朗に、助けを求めたのだろう。

「平蔵、帰るわよ。」須崎は振り返って、平蔵を見た。

 

 平蔵は、そう須崎に声を掛けられたコトは覚えている。

 

「・・・・・・・・・。」

 その晩。

 宗方 平蔵は、自宅の自分の部屋で、机に突っ伏して大きな溜め息を吐いていた。

 美しい夢を見た。

 そんな気分だった。

「・・・・・・・・・。」

 誰かを見て。

 時間(とき)が止まったと思ったのは、初めての経験だった。

 

「・・・・・・・・。」

 風間 零一朗を見た瞬間。指の一本も動かせなくなった。彼以外は何も目に入らなかった。彼の声以外は、何も聞こえなかった。

 

 須崎に帰ると言われても、高坂に呼びかけられても。それらは全て遠い世界の平蔵には関わりの無い出来事のように感じた。

 あんなに美しい生き物を、平蔵は見た事が無い。

「・・・・・・・・・・・。」

 平蔵は、一際大きな溜め息を吐いた。

 

 

 動かない平蔵に焦れた須崎と高坂が、彼の両脇を抱えて引き摺り始めても、平蔵は零一朗から目を離すコトが出来なかった。

『平蔵。』

 その時。

 初めて、零一朗は、真っ直ぐに平蔵を見た。そして。

『貴様には、いずれ話しがある。・・・ジョウのコトでな。』

 そう言うと。

 やや顔を俯き加減にして、上目遣いに平蔵の目を見た。

 長い睫毛の間から、(すく)い上げるように。

 

 

「・・・・・うっ!!!!」

 平蔵はジーンズの前を抑えて、椅子の上で蹲った。

(・・・・・・・思い出しただけで・・・・・!!!)

 平蔵は唇を噛んだ。

 

 あの瞬間。

 前屈みになった平蔵を見て、やれやれと言った表情を浮かべていた須崎と高坂を思い出す。

「・・・・・・ちくしょー!!!あれは確かに、とんでもねえぞ!!!」

 平蔵は呻いた。脳裏を、零一朗の噂がぐるぐる回る。そして。

 

『・・・・・もしも。傍に居てくれるのなら・・・・。世界中を敵に回しても良いと、思わせる男よ。』

 

「・・・・・・・・・・・。」

 最後に、須崎の言葉が甦った。

「・・・・・・マジで。とんでもねえよ・・・。」

 平蔵は呟いた。その声に。

 ホトンド、力は篭もっていなかった。

 

−fin−

 2003.11.28

 

 流し目にノックアウトされたのは、平蔵でした(笑)。

 でも、ホントのリクエストは大吾でした(無念)。また、敗北・・・・。ごめんなさい、ぐり様。

 

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