「・・・・・・・・・。」
勝又 翔はふと顔を上げた。そうすると。この世で顔も見たくないホド嫌いな男とバッチリ目があってしまった。
「・・・・・・・・・・。」
考えてみれば、ふと顔を上げた訳ではない。イヤな気配を感じたから上げたのだ。そういう事だ。
「・・・・・よう。」
櫻 大吾は。人ごみの中で、頭一つ抜き出ている勝又に、軽く右手を上げて、近寄って来た。
「・・・・・気安く、声を掛けるんじゃねえ。俺たちはオトモダチじゃねえぞ。」
「オトモダチじゃ無えかもしれねえが、別に敵でもあるまい。」少し戸惑ったように大吾が答える。
「いいや。敵だ。」勝又は大吾の目を見て言い切った。
「・・・・・・・俺とお前じゃ立場が違うだろう。俺は零一朗の恋人になろうなんて思った事もねえぞ。」
大吾は少し首を傾げた。
「・・・そういう問題じゃ無い。言っとくが、俺は2番目とか3番目の男になるつもりはねえ。」
「・・・・・・・。」
「もし2番目が居るとしたら、それは手前の方だ。」天使のような顔に。勝又は悪魔のような薄ら笑いを浮かべて、大吾を見た。
「・・・・・確かに。それは、面白くねえな。」大吾も不敵な笑いを唇に貼り付けて、勝又を見返す。
午後7時半のお台場。しかも、今夜はクリスマス・イヴ。行き交う人波は殆どが今夜を二人きりで過ごす予定のカップルだ。
だが。貴方しか見えない状態の人の中でも。無言で睨み合う、一際身体の大きい色男二人は充分人目を引いていた。
「この日に、こんな場所に居るんだ。デートじゃねえのか?とっとと行けよ。」
「手前に指図される筋合いはねえ・・・・。」
次第に二人の周りに、剣呑な空気が流れ始める。
そうした雰囲気が微妙に周囲に拡散するのか。
いつの間にか。彼らの居る辺りの人影は疎(まば)らになっていた。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
二人は最後の一睨みをお互いの顔に向けて放つと。無言で背を向けた。そのまま逆方向に歩き去ろうとした時。
「五月蝿いな。いいから、あっちへ行け。」
低く良く通る。聞きなれた美しい声が、二人の耳に入った。
「・・・・何で?おじさん、どうせ振られたんだろう?俺たちが面白い所に連れて行ってやるよ。」
「さっき、メールに舌打ちしてたじゃないか。待ち人は来ないんだろう?俺たちと遊ぼうぜ。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
二人は無意識にお互いの顔を見ると、無言で、声のした方に目をやった。
一人のサラリーマンっぽい中年男性を、3人の若者が取り囲んでいた。
「・・・・・・・・・。」
通り掛るカップルたちの口から。
親父狩り、とかいう言葉がチラホラ洩れている。だが。
勝又と大吾から見れば、20代前半に見える男たちは、中年サラリーマンの信じられないような美しい顔や。透けるような白い肌に夢中になっているように見えた。
「・・・・・・・・。」
3人若者の男らしさを殊更強調したような服装から察すると、ゲイなのかもしれなかった。
絡まれているのか。ナンパされているのかはともかく。
とにかく。中年男性は迷惑そうだった。
「・・・・・・・・。」
だが。事を荒立てるつもりは無いらしく、彼は珍しく何とか言葉だけで切り抜けようとしていた。
しかし。若者たちには追い払われるつもりは毛頭無い様子で、さりげなく中年男の退路を絶つように取り囲んで、何とか人気の無い場所に誘導しようとしていた。
「・・・・・・・・。」
ついに中年男の瞳に。止むを得ないといった光が浮かんだ。その時。
「・・・・・悪いが。彼は俺たちと待ち合わせてたんだよ。」
「どいてくれるかな。ボクたち。」
突然、降ってきた二色の声に。
「なんだとう!?」
「・・・・・!」
「!!」
アト一歩(と多分思っていただろう)のトコロで、いきなり現れた邪魔者たちに。3人は声を荒げ掛けた。が。
自分たちの背後に立つ。2メートル近い色男二人を目にした途端。
「・・・・・・・・・。」
彼らは脱兎のごとく逃げ去った。
「・・・・ガキが。10年早いんだよ・・・。」
二人はそのウシロ姿を、吐き捨てるように見送ってから。
中年サラリーマンの方を見た。
「よう。零一朗。奇遇だな。」
「よう。零。奇遇だな。」
「何だ?お前ら。いつの間につるむ様になったんだ?」
零一朗は相変わらずの天上天下唯我独尊美貌に怪訝な表情を浮かべて、二人を胡乱(うろん)気に見た。
真っ白な頬が、寒さで少し赤くなっている。それが何だか微妙に可愛らしくもありクラクラする。あの3人もちょっと気の毒にな、と二人は思った。
「つるんでない。つるんでない。」二人は声を揃えて否定する。
「勝又。公務員がヤクザと親しくしてるのは・・・・・・。」
「親しくない。親しくない。」また。タマタマ。声が揃ってしまった。しかし。
「偶然だ。」の”だ”。まで、揃ってしまっては、イマイチ説得力が無い。
「・・・・・・・・。」零一朗は右眉を上げて、二人を見据えた。そして一言。
「ま。俺には関係無いがな。」
ほんとに。お前は情(つ)れない男だよ。二人は溜め息交じりにそう思った。
「ところで。こんな所で何やってるんだ?零。」
「・・・・ジョウにすっぽかされた。何だかここら辺りのレストランだか何だかに行きたいから、ご馳走してくれとか言ってたクセに。さっき、メールが来たんだが、記号が多くてさっぱりわからん。しかしどうやら、来れないことは間違い無いようだ。」
「・・・・・・。」
勝又と大吾は零一朗のケイタイのメールを覗き込んだが、確かに省略語と記号が多くて訳がわからん。だが。最後の”ごめんね。今度埋め合わせる”という文言から察するに、確かに約束を反故(ほご)にしたらしい。
「・・・・じゃ。これからどうするんだ?」
「帰るさ。」
「・・・折角、ここまで来たのに?」
「・・・俺の事はいい。お前らこそ何か予定があるんだろう?さっさと行けよ。」
「・・・・・いや?俺は予定なんか無い。今から帰るトコロだったんだ。」
間髪入れずに両手を広げて、しゃあしゃあと勝又が言う。
「・・・・・この男は今からデートらし・・・・。」大吾を指差して言い掛けるのを遮って。
「俺も、用が終わって帰るトコロだ。零一朗、せっかくだから、一緒にメシでも喰おうぜ。」
大吾は零一朗に笑い掛けた。
「・・・・・何が悲しくて、イヴに中年男3人で過ごさなきゃならんのだ。」零一朗が小さく呟く。
「だってお前。オンナと過ごしたことなんて、殆どないじゃん。ジョウの母親が生きていた間だけだろう。」期せずして、また二人の声が揃ってしまった。
「悪かったよ!怒るなよ、おいっ!」
「やかましいっっ!!!」
二人は、振り返りもせずにどんどん歩いていく零一朗を追い掛けた。と。
その時。
「!」
「!!!」
「・・・・!?」
ズごおおおおおおおん!!!!!!
彼ら3人の背後に。
何かが。物凄いスピードで落ちてきた。
「・・・・・・・?」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・!」
さすがの3人も、足を止めて。
どこからか落下してきたらしい物体を見詰めた。
何だか。もうもうとした土煙が上がっている。よく見ると。それは。
トコロドコロに植えてある街路樹の土の部分に落ちてきたらしかった。
「?」
勝又は上を見た。建物とかは全然ない。夜空に輝く星が見えるだけだ。今夜は寒く。星々が揺らめいて見える。
「・・・・・・。」
大吾は目をこらす。治まってきた土煙の中に、何だか人らしい影が見える。ちっ。飛び降りとかじゃねえだろうな。面倒な。
時刻は午後8時を回って。さすがに皆夕食に出掛けたらしく、人影は比較的まばらになってきていた。あれだけの騒音にも関わらず、たまたま目撃者な3人だけのようだった。
さすがイヴ。少々の事は、誰も気にならないらしい。
「・・・・・大丈夫かあ?」
声を掛けたのは、零一朗だった。だが。助けに行く訳ではない。見ているだけ。
「だ・・・・大丈夫です・・・・。」声から察すると若い男らしい。その男が着ているらしい赤い服が見えた。イヴに赤い服。そう。その男はサンタクロースの格好をしていた。
「・・・・・なんだあ?橇(そり)から落っこちたのか?」勝又が余り適当とは思えないジョークを呟く。
「あははは。」大吾が付き合い程度に笑う。
「あはははは。実はボク。天使なんです。」
サンタクロースの紛争をした男は、笑いながら立ち上がる。手抜きなのか、白い髭も付けていない。
「・・・・・・・・。じゃあ。どこでメシ喰う?」
「そうだな。どこもカップルでイッパイだろう。」
「あ・・・。じゃ、俺の顔の効くトコロがあるから、そこで・・・・。」
3人は男を無視して、話を元に戻して歩き始めた。
「・・・・・無視しないで下さい。何か願い事をして下さいよう。」
「・・・・・・・。」
泣きながら、3人に追い縋るサンタクロースを3人は鬱陶しそうに振り返った。
「願い事の強要かよ。」
「お願いしますよ。今年はお3人が全世界から選ばれたんですよお〜〜〜〜。3人の願いを叶えない事には、ボクは天に帰れません。」
「そうだな。じゃ。世界平和。」面倒臭そうに、勝又が答える。
「え・・・?」
「え?じゃねえ。合衆国にイラクと仲良くしてもらって、キタの将軍には、心を入れ替えてもらえ。」大吾が補足する。
「・・・・いや。そういう生臭いのは、ちょっと。何といっても聖夜ですから・・・・。」
自称天使が苦笑いを浮かべる。
「ええい!鬱陶しいな。じゃ、雪だ雪!!」
「え・・・・?」
「・・・・ホワイトクリスマスというヤツだな。」
「・・・・そんな事で?良いんですか?何でも望みが叶うんですよ。あなた方は信じられない幸運の真っ只中に居るんですよ。」
「・・・だったら、世界平和をなんとかしろ!」勝又と大吾が同時に怒鳴る。
「・・・・わかりましたよ。後悔しませんね。」
自称天使は、二人の背後に居る零一朗にも確認するように言った。
「・・・・・・・。」
零一朗は煙草を咥えて、火を点けていたが。
天使の方を見ると、小さく頷いた。
「・・・よござんすね。よござんすね!」自称天使は叫ぶ。
「・・・・・・・。」
3人は火を分け合いながら、それぞれ煙草を口に咥えて頷いた。
「・・・・それでは!」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
信じていた訳では無かったが、3人は何となく空を見上げた。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
何も降ってこない。当然だが。寒いといっても、関東にこの時期、雪が降ることは滅多に無い。天気予報も冷え込むとは言っていたが、快晴と言っていた。
「おいおいおいおい。どうしちゃったの?」勝又が自称天使に、笑いながら声を掛ける。
「・・・・・!」
天使はどこにも居なかった。
周囲を見回しても。どこにも居ない。目を離した時間は僅かだったし、周囲には隠れるような場所は無い。
「?」勝又は首を傾げた。その仕草の彼こそが、天使のように見えた。
「・・・・・・。」そして大吾は。強いていうなら太陽神(アポロン)のように雄雄しい表情で微笑を浮かべていた。
雪よ雪よと。
周囲が騒ぎ始めたのは、それから一分も経っていなかった。
「・・・・・・・・。」
「!」
「・・・・・!!」
3人は空を見上げた。
「・・・・・あきれたモンだ。本物かよ。」大吾が本当にあきれたように呟いた。
「・・・・くすくす。」勝又が笑い始める。
「・・・・・・・・・。」零一朗は二人の方を見た。
「・・・・何で、世界平和は駄目なんだ?」
「知るかよ。クククク・・・・・。」勝又は腹を抱えている。
「・・・・・・・・・・。」
そのまま二人は大爆笑を始めた。
「・・・・・・・・。」
零一朗も、降ってきた雪を払いながら小さく笑った。
そして腹を抱えて笑っている二人に目を遣る。
「・・・・・・・・・。」
願いなど。幾らでもあるだろうに・・・・。
金が欲しい。地位が欲しい。尊敬が欲しい。オンナが欲しい。不老不死の身体が欲しい。
それらが手に入ったかもしれなかったのに。こいつらは、適当に願ってしまった事を後悔すらしていない。まったく。
まったく。
「・・・・お前らは。心の綺麗な奴らだよ。」
「へ?」
「・・・・・?」
生まれてから。
一度も言われた事の無い褒め言葉に。
二人は笑いを収めて、思わず、零一朗を見た。
「・・・・・・・・。」
零一朗は、思ったより二人の近くに居た。そして。
「!」
「え・・・?」
零一郎はニヤリと笑うと、背の高い二人のコートの襟を強引に引き寄せた。次の瞬間。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
二人は、唇に当たる甘く優しい感触を感じた。一瞬だけ。
煙草の苦い味と。柔らかな舌先の触感。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
気が付くと。
頬が触れるほど近くにあった零一朗の美しい顔が。見たことも無いような暖かな微笑みを浮かべていた。
「・・・・メリークリスマス。」
言葉とともに。二人のコートの襟を掴んでいた零一朗の手が離れる。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
二人は呆然と。
そのまま二人に背を向けて去って行く零一朗を見詰めていた。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
二人はその場に崩れるように座り込んだ。
無言で、煙草に火を点ける。二人とも手が微かに震えていた。
「・・・・・奇跡ってのは。」
大吾が口を開いたのは、二人が3本目の煙草に火を点けてからだった。
「・・・・・・・・。」
勝又が大きく煙を吹き上げる。
「・・・・実は。こんな風に、さりげなく・・・起きるもんなんだろうな・・・・。」
二人は空を見上げた。
雪はしんしんと。
降り続いていた。
−fin−
お笑い3人組。コメディというほどにはならなかったですね。ちょっと。にゃむにゃむの才能に問題が(笑)。
基本的に3人が仲良く時を過ごすなんて事は、本編では有り得ない物語。だって、大吾は零一朗さんに会っても知らない振りをすると、高校時代に宣言しちゃっていますからね。その後、予定に反して、チョロチョロしてはいるものの(笑)。
それに。自分で書いといてなんですが、零一朗さんはこんなに甘ったるく男にキスしたりしません。まあ、「奇跡」だから良いんですけど(笑)。
でも。だからこそのクリスマス企画。プレゼントぽいでしょ?
ま。期間限定の物語ということで。嬉しかった方には、光栄です。ムカついた方は、どうかご容赦。