クリスマス・プレゼント

「メリークリスマス。うーーー。寒いなあ。」

 クリスマス・イブの晩に。

 大学2年生になった風間(かざま) 零一朗(れいいちろう)が、一人暮らしのマンションにバイトを終えて帰って来た時。

「・・・・・・・・・。」

 高校時代からの腐れ縁のヤクザ。(さくら) 大吾(だいご)が、部屋の前でカシミヤの高級そうなコートに包まって、震えながら待っていた。

「何やってんだ。」

「何って。待ってたんだよ。イヴだってのに、バイトか?相変わらず彼女も居ない寂しい生活を送ってやがるな。」

「大きなお世話だ。嫌味を言いに来たのだったら、とっとと帰れ。」

 零一朗は、ドアの前に陣取っている大柄な大吾を乱暴に押しのけながら、部屋の鍵を開けた。

 そのまま、鼻先でドアを閉められそうになって、大吾はアセった。

「待てよ。おい。クリスマス・プレゼントを持ってきてやったんだよ。おい、部屋に上がらせろよ。」

「冗談じゃない。近所で、ヤクザなんかに付き合いがあると噂されたら、迷惑だ。そんなモノいらないから、とっとと帰れ。」

「・・・・何時間、待ったと思ってやがるんだ!!・・・ああ。そうかよ。そういう態度なら、甘粕や桐生を呼んで、朝までドアの前で酒盛りしてやるからな!!!」

「・・・・・・・・。」

 零一朗はチッと舌打ちすると、ドアをそのままにして部屋に上がった。

「うわ。可愛くねえ。」

 大吾は、罵りながら零一朗に続くと、ドアを閉めて鍵を掛けた。

 

「何か渡したいモノがあるんなら、トットト置いて帰れよ。」

 零一朗は、リビングとして使っている8畳間の暖房器具のスイッチを入れながら、大吾に向かってそう言うと、キッチンに入っていった。

「うわ。心底、可愛くねえ。」

 大吾はそう言いながら、コートを着たまま遠慮もしないで、コタツの中に入ると、電気ストーブを自分の方に向けた。

「・・・どうせ、時間が無いんだろうが。」

 零一朗が、そう言いながら、日本酒と湯呑みを持ってリビングに戻ってきた。湯呑みは一つしか持っていない。

「おい!!俺の分は。」大吾は額に青筋を立てた。

「呑むのか?」しゃあしゃあと言いながら、コタツに潜り込む零一朗に。

「呑むよ!!身体がスッカリ冷え切っちまったよ!!大体、高坂がお前は8時には家に帰るって言いやがるから、もう少しもう少しって。一体、今何時だ!?10時半だろう!!!」大吾は怒鳴った。

「・・・・俺のせいじゃ無え。呑みたいなら、自分で湯呑みを取って来い。」

「・・・・・ち。お陰で一件。行かなきゃいけない取引に行けなかったぜ。高坂も何を考えてやがるんだ。とにかく、次の予定の時間までは、手前が何と言おうと俺はここに居るからな!!!」渋々と立ち上がりながら、大吾は宣言した。

「・・・・・・・。」

 零一朗は、知らない振りで電気ストーブをコタツに入った自分の方に向けた。

「おい。何か喰うもの無いのか?」

 キッチンから大吾が叫ぶ。

「冷蔵庫に煮物と漬物が入っている。冷蔵庫の上の棚にはアタリメがあるだろう?」

「・・・・たく。」

 大吾はブツブツ呟きながら、湯呑みとつまみ(・・・)を、手際よくコタツの上に並べる。

「酒ばっかり呑むな。胃をやられるぞ。」

 腹立たしげに、零一朗の前に箸を置く。

 それから、コートを脱いで、壁際の空いたハンガーに掛けた。溜め息と共に、コタツに入ってくる。

「・・・・少しはあったまったな。」

 そう言うと、思い出したようにスーツのポケットから綺麗にラッピングされた小箱を取り出す。

「クリスマス・プレゼントだ。」

「・・・・・・・。」

 零一朗は胡散臭げに、箱を手に取ると匂いを嗅いだ。

「・・・・・・腐るモンじゃねえ。」

 大吾は日本酒を湯呑みに注ぎながら、不愉快そうに零一朗を見た。

「・・・・・・・・・おい。」

 零一朗は繊細な手付きで包装紙を剥がし、箱を開けると。眉間に皺を寄せた。

「気に入ったか?」

 大吾は立て続けに杯を乾しながら。機嫌良く言った。

「・・・・・・俺には、イヤリングを付ける趣味は無え。」

「え?」

「・・・・・・。」

 零一朗は溜め息を吐きながら、小箱を大吾に渡す。

「あれ?」

 小箱には、上品な真珠のイヤリングがチンマリと納まっていた。

「あれ?・・・・どっかで、間違ったな。お前には唐津のぐい飲み(・・・・)を用意してあったんだが。」

「どっかのオンナが、クリスマス・プレゼントにぐい飲み(・・・・)をもらったってこったな。」零一朗の言葉に。

「ははは。」大吾は、力無く笑った。

「・・・・大吾。お前。・・・・ちょっと、疲れているんじゃねえのか?」

 零一朗は眉間に皺を寄せて、大吾を見た。

「え?」大吾も零一朗を見返す。

「若いからって、無理バッカしてると、アトで酷い目に遭うぜ。」

 零一朗はそう言うと、珍しく大吾の湯呑みに酒を注いでくれた。

「・・・・・・・。」

 大吾はその酒を呑みながら。

 確かに忙しかった、この所の日々を思った。

 自宅に帰って眠ったのは何時が最後だったか。この所は、事務所のソファベッドが、大吾の寝床と化していた。

「・・・・イロイロあってな。」

 大吾は小さく息を吐いた。

「・・・・・・・。」

 零一朗がまた、大吾の湯呑みに酒を満たす。

「お前。そんなに完璧主義だったっけ?」

 零一朗が笑いながら言った。

「そうじゃない。そうじゃないんだが。ちょっと前に立て続けに組のモノが下手を打ってな。・・・何だか、このトコロ気が抜けなかったんだよ。」

「高坂や甘粕や桐生や・・・。他にもイロイロ居るじゃねえか。」

「・・・・ああ。そうだな。」

「お前らしくもない。・・・・働きすぎだ。」

「・・・・・・・。」

 大吾はまた湯呑みを乾して、チラリと壁に掛かっている時計に目をやった。その時。

「おい。どうだ?」

 零一朗が声を掛けた。

「・・・・・・・・?」

 視線を戻した大吾は。

「何のマネだ・・・・。」

 零一朗の耳たぶを飾った真珠を見て。

「似合わねーか?」

「・・・・・・・・。」

 正直。生唾を飲み込んだ。

 真っ白な零一朗の肌に。真珠の光沢。それは。何だかダイレクトに零一朗の肌の感触を思い起こさせた。大吾は慌てて。

「・・・・・気持ち悪りぃよ・・・。」

 そう呟くと。酒を一気に飲み干した。

「そうかな。」

 零一朗はイタズラっぽい笑顔を見せながら、また大吾の湯呑みを酒で満たす。

「そうだ。とっとと外せ!!」大吾は殊更難しい顔をしてみせた。

 あの日触れた、零一朗の滑らかな肌。柔らかな唇。

 意識が集中しそうになるのを、大慌てで散らせる。

(俺の理性が持つ間に・・・。)

「外せ!!」

「そんなに怒るなよ。どうしたんだ?」

 零一朗はイヤリングを外して大吾にまた酌をした。大吾は、零一朗から目を逸らして立て続けに杯を乾していった。

 

「・・・・・・・。」

 零一朗は立ち上がると、リビングの窓際に近寄った。カーテンを少し開けると、マンションの前の路上を見下ろす。

 路上には、大吾のロールスロイスが停められていた。零一朗が姿を見せたコトに気付いたのか。助手席から男が急いで降りてきた。路上は暗くて良くは分からないが、姿かたちから見ると、どうやら高坂のようだった。

「・・・・・・・。」

 零一朗は、高坂に帰れという合図を送った。

「・・・・・・。」

 高坂はそれを見ると、90度に腰を曲げた。

「・・・・・・。」

 零一朗は溜め息を吐くと、窓際から離れて寝室に使っている隣の部屋に向かった。少ししてから、毛布を手に戻ってくる。

「・・・・・・。」

 すきっ腹で、寝不足だったらしい大吾は。

 けっこうアッサリ酔い潰れた。

(思ったより、簡単だったな。)

 零一朗は、小さく笑いながら。熟睡している大吾の肩に毛布を掛けてやった。電気ストーブを大吾の方に向ける。

 

『八代目を。一日だけ、ゆっくり眠らせてやってくれませんか。』

 高坂が思い詰めた顔で、零一朗のモトを訪れたのは、3日前のコトだった。

 このトコロの大吾の神経の張り詰め方。憔悴ぶりは酷すぎると、高坂は零一朗に告げた。

『イヴの夜は。何としてでも八代目の予定を空けますから。』

 零一朗のバイト明けの時間を早く言ったのも、高坂の策略だった。とにかく大吾が零一朗の家に上がる気にならなければ、どうにもならない。長く待たされなければ、大吾は零一朗にプレゼントだけ渡して帰っただろう。

 

(所詮は、自業自得だがな。)

 零一朗はコタツに腰を下ろすと、自分の湯呑みに酒を注ぐ。

(バカバカしい。ヤクザなんぞになるからだ。)

 眠っている大吾に目をやる。あの時。零一朗は止めたのだから。

 

 疲れ果てたように眠る大吾は。

 その男らしい美貌に。少しだけ、少年のあどけない表情が残っている。

「・・・・・・・。」

 まだ。たった二十歳。

(バカバカしい・・・・。)

 零一朗は、唇を噛んだ。

 宗方組。

 構成員が正確にどれだけ居るのか零一朗は知らないが。

 彼らやその家族の生活は、この目前の男が背負っているのだ。

「・・・・・。」

 零一朗は湯呑みを手に取った。

 

 コタツの上の真珠のイヤリングに目をやる。

「・・・・・・。」

 小さな笑みが。

 その神の如き美しい顔を彩った。

 大吾は。働き遊ぶ。誰よりも精力的に。彼の周りを華やかに飾る美しいオンナたち。

 その人生は。

 全て、彼が自身で選び取ったものだ。

 彼は誰の手助けも、必要とはしていないだろう。

 

「別に、手前のコトを心配をしている訳じゃねえ。今度のコトは高坂のためさ。」

 零一朗はそう言うと、湯呑みに残った酒を一気に飲み干した。

 

 そして。大吾の眠りを妨げないように、ゆっくりとコタツの上に、湯呑みを置いた。

 

「メリークリスマス。」 小さく呟きながら。

 

fin−

 

 

 珍しい(?)二人の日常です。タマには良いかと。

 しかし。さすが零一朗。プレゼントをもらっても、渡そうという気配は微塵も無かったですね(笑)。大吾もハナッからもらえるとは思っていなかったみたいだし。いやサスガ。しかし、あんな俺サマが、一体、何のバイトを?あはは。

 クリスマス企画。時間が無くなってしまって、何だか思い通りにはいきませんでしたが。楽しんでいただけたなら、幸いです。

 来年もこのHPで、企画が出来れば良いな、などと思います。

 何か感想を頂けたら、嬉しいですが。あはは。

 期間限定の作品。喜んでいただけたなら、本当に光栄です。有難うございました。