クリスマスプレゼント

「・・・・・・。」

 季節柄。それほどオカシナ光景では無かった。

 会社帰りの伊庭(いば) (あきら)が降り立った、自宅近くの駅前にあるロータリーの向こうに。

 赤い服に白い髭の。サンタクロースが立っていた。

 少し前は。

 黒っぽい色のジャガーが、良く停まっていた場所だった。

「・・・・・。」

 伊庭は。若干の躊躇のアト。そちらに向かって歩いていった。そして立ち止まると、その長身のサンタクロースを見上げた。白い付け髭や眉毛とかで顔はハッキリとは見えない。

「メリークリスマス。」

 サンタクロースは伊庭を見詰めて、そう言った。伊庭が良く知っている声で。

「メリークリスマス。」

 伊庭も答えた。

 サンタクロースは。通常なら長すぎるホドの時間、黙って伊庭を見詰めていたが。やがて、手に持った白い袋をゴソゴソと探りだした。

「・・・・・貴方が。欲しいモノを差し上げましょう。」

 サンタクロースはそう言うと、白い袋から幾つかのタッパーを取り出して、伊庭に差し出した。

「・・・・・・。」

 その中身は。

 肉じゃが。ひじきの煮物。鶏肉のトマトソース煮。チンジャオロース。ハンバーグ。

 クリスマスプレゼントとしては、どうかなという類のモノだったが。

「・・・さすが、サンタさんやな。全部、俺の好物や。」

 伊庭は笑ってそれを受け取った。

「・・・・・。」

 笑う伊庭を、サンタクロースは真剣な顔で見ていた。

 そして。

「俺にも・・・・。」

 伊庭はプレゼントから顔を上げて、サンタクロースを見た。

「・・・私にも。・・・プレゼントを頂けませんか?・・・聖夜に免じて。」

 サンタクロースは。伊庭の目をまっすぐに見詰めながら、震える声で呟く。

「・・・何が欲しいんや?」

 伊庭は静かに訊いた。

「鍵を・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・貴方のアパートの。合鍵が欲しい・・・。」

「・・・・・。」

 伊庭は、サンタクロースから視線を逸らせた。サンタクロースの長い足が、微かに震えているのに気付いていたが。

「・・・・合鍵は。無いんや。作らんかった。」

 視線を逸らしたまま、言った。

「・・・・・。」

 サンタクロースの長身が、大きく揺らいだのを伊庭は目の隅で捕えた。

 サンタクロースは顔を左手で覆った。食い縛った歯の間から、小さなうめき声が漏れるのを、伊庭は黙って聞いていた。

 暫らく、そうしたアト。

 サンタクロースは。

「・・・・野菜も。ちゃんと取らないと・・・。」

 小さな声で。呟いた。

「好きなモノばかり食べていると・・・。もう、若うないんやから・・・。コンビニ弁当はダメや。」

 伊庭はサンタクロースから、目を逸らしたまま答えた。

「・・・・有難うな。出来るだけ、気ぃ付けるわ。」

「・・・料理をちゃんと。教えておくんやった・・・。」

「・・・・。」

 伊庭は目を閉じた。

「身体に・・・。気ぃ付けて・・・・。頑丈や・・・ないんやからな。」

「・・・・。」

「・・・・いつか・・・。」

 サンタクロースが何かを言い掛けた。

「・・・。」

 伊庭は目を開かなかった。

「・・・・・。」

 サンタクロースの気配が。

 ゆっくりと、遠ざかっていく。

 その気配が完全に知覚から消えてから。伊庭は目を開いた。

「・・・・。」

 手に持ったタッパーを見詰めてから。空を仰いだ。寒さのせいか、星が微かに揺らいでいた。

 

 

「関空へ。」

 (たちばな) 将悟(しょうご)は、駅前で客待ちをしていたタクシーに乗り込んだ。

「お客さん。忘年会ですか?」

「ああ。」

 座席で暫らくぼんやりしてた将悟は。タクシーの運転手の言葉で、ようやく我に返った。

「・・・・。」

 自嘲するような笑みを浮かべながら、将悟は髭や赤い服を脱ぎ捨てた。

 全部脱ぐと白い袋から旅行鞄とスーツの上着とネクタイを取り出す。

「悪いけど。コレ、あとで処分しといてくれへんやろか。」

 脱ぎ捨てたサンタクロースの衣装を白い袋に入れながら、将悟はタクシーの運転手に言った。

「ああ。かましませんよ。」

 運転手が答える。

「・・・。」

 将悟はスーツの内ポケットを探った。

 そこには。アメリカの東海岸の都市への、片道のチケットが二枚。入れてあった。

 取り出して、見詰めた。

「・・・・。」

 将悟が今度引き受けた仕事は、その都市の美術館の設計だった。

 事務所は東京に置くものの、数年単位で彼の生活の拠点は、アメリカというコトになるだろう。

「・・・・。」

 将悟は。

 伊庭を連れて行きたかった。

 新しい場所で。新しい環境でなら。もう一度やり直せるのではないかと、未練とは思っても望みを捨て切れなかった。

 今夜の伊庭の反応次第では、引き摺ってでも連れて行くつもりだった。だが。

「・・・・・奇跡なんて。そう簡単には起こらへんなあ。」

 ホトンド独り言のようなその呟きに、運転手はすぐさま反応した。

「そりゃ、そうでんがな。奇跡なんちゅうモノは努力の成果でっせ。」

「・・・・。」

「努力の結果に、ちょっとした偶然の風味が掛かって、奇跡ちゅうモンになるんですわ。棚ボタとは違いますねん。」

「・・・けっこう、努力したんやけどな。・・・いや。そのつもりやったんや。」

 将悟は小さく呟いた。

「皆が皆、努力が報われたら、誰も苦労はしませんわな。」

 運転手は豪快に笑った。

「・・・せやな。」

 将悟も笑った。笑いながら。

 伊庭のために用意した航空チケットを、真ん中から二つに引き裂いた。

 

『関空へ。』

 将悟がタクシーの運転手に告げた行き先は、伊庭の耳にも入っていた。

(将悟。遠くに行くんやな。)

 伊庭は何となくそう思った。だから、最後に伊庭に会いに来たのだろうと。

 もしかすると。

 自分を連れに来たのかもしれない。

 そう思うと、胸が小さく痛んだ。

「お前こそ。・・・身体に、気ぃ付けえよ。・・・元気でな。」

 伊庭は小さく呟いて、手元に目を落した。

 手に持った容器は、まだ何となく温かいような気がした。

「今夜は・・・。ご馳走やな・・・。」

 伊庭は、微笑んだ。

 そして。

 アパートへの通い慣れた道を、ゆっくり歩き始めた。

 

fin−

 

 

 昨日の夜。眠れなかったので、短編ですが仕上げました(笑)。オマケ扱いでヨロシクお願いします。

 「神々の眼差し」と題名が重なってしまいましたが。他に思いつかなかったので、取り敢えずこのまま(笑)。ひょっとしたら、途中で変更するかもしれませんが。