酒は飲んでも飲まれるな

 

 和賀 葉一は、ハッキリ言って煮詰まっていた。

 彼の18年の生涯の中で。

 好きになった人間と一度もセックスしないなどと。そんなコトは考えられないハナシだった。

(・・・・今夜こそは。絶対に犯ってやる・・・。)

 静かな決意を両眼に漲(みなぎ)らせて。葉一は、零一朗が最近引っ越した、都心のマンションに向かっていた。

 手には幻の名酒と言われている大吟醸。そして、栗栖から手に入れたちょっとハイになるドラッグ。何のコトは無い。手口は、秘書の田中とたいして変わらない。

「・・・・・・・・・。」

 葉一としては。

 焦がれ切っている風間 零一朗の恋人になれるのなら、別に抱いても抱かれてもドッチでも良いと思っていた。零一朗が望むなら勿論喜んで抱かれてやるつもりはある。だが。

 葉一が今まで零一朗との仲が怪しいと睨んだオトコは、いずれも天を突くような大男ばかりである。

 つまり。

 零一朗は。どれほど腕っ節(うでっぷし)が強かろうが、タイプ的にはネコなのだ。

 葉一は確信していた。

 基本的には男に奉仕させる女王さまなのだ。あの美貌であの俺様な性格ならば当然かもしれないが。

 零一朗は、男とは到底そういう気にはならないなどと言うが、葉一は、そんな事はハナから信じてはいなかった。

(あの色気で。それは無いだろう。)

 零一朗の何気ない仕種の端々に滲み出る何ともいえない独特の艶。それは、それなりの経験を持つ葉一でさえ、ともすればクラクラと翻弄させられる。そして。どんなオトコを惑わせずにはおかないあの長い睫毛の間から、上目遣いに人を見るクセ。

 あれをやられると。下半身がモロに反応してしまう。たまらない。

 それなのに。オトコを知らないなどと。誰が信じられるモノか。

 葉一は体格的には、零一朗とそんなに変わらない。若干、身長は葉一の方が高いが、大きな男が好きな零一朗のストライクゾーンからは外れているのだろう。

 だから多分。あの言葉は、零一朗の好みではない葉一に対する、彼の牽制だと思っていた。

 だが例え体格的には零一朗の好みを外れていようとも。葉一はテクニックには自信があった。充分零一朗を満足させてやれる自信はあるのだ。

「・・・・・・・・。」

 ただ。

 あの宗方組の組長だけは。

 葉一は嫌な顔をした。

 零一朗を並ぶと。はっきりいって。溜め息の漏れるような美々しい一対であった。ヤツは多分。ベッドのテクニックでも葉一とタメを張るに違いない。

「・・・・・・・。」

 葉一は首を振った。あれこれ考えていても仕方が無い。何と言っても、狩る相手はあの零一朗なのだ。ライバルが強敵揃いなのは、止むを得まい。

「・・・・・・・。」

 だからこその断固たる決意を込めて。

 今夜。葉一は零一朗の自宅のインターフォンを押した。

 

「何だ。和賀じゃ無いか。上がれよ。」

 玄関先に現れた零一朗は、何故か上機嫌だった。しかも既にほろ酔い加減である。

 ラッキー。

 葉一は思わず右手で小さくガッツポーズを取った。零一朗の機嫌いかんでは、玄関先で情け容赦無く追い返されるからだ。だが。

「・・・・・・・・・・。」

 葉一の幸運は長くは続かなかった。

「やだあ。和賀くんじゃない。」

「相変わらず、風間くんを追いかけているのねえ。」

 やっぱり。既に酔っ払い状態の2人の女子大生が、零一朗が居間として使っている部屋で上機嫌で葉一を迎えた。

「・・・・・・まあな。」葉一は苦い顔で2人を見詰めた。正直。物凄く落胆した。せっかくありとあらゆるツテとコネを総動員して手に入れた、幻の名酒が無駄になるかもしれない。

 その葉一の苦虫を噛み潰したような反応に。

「・・・・・・・・。」

「・・・・はあん。」

 女子大生2人は。何かを感付いたようだった。ジロジロと葉一の抱えている酒を見詰める。

「・・・・今夜、決めるつもりだった訳ね。」

「・・・・・うふふふふ。」

 悪魔的な笑いを漏らした藤原 美佐子が、これ見よがしに零一朗に耳打ちをする。

「風間くん。オトコがああいう顔をしている時は、気を付けた方が良いわよ。・・・・狙いは間違いなく肉体だけなんだから。」

 黙れ。この酔っ払い馬鹿アマ!!!

 その通りなだけに。葉一は唇を噛んだ。

「いやーーーん。何だかケダモノの匂いがするう!!!」

 葉一の反応が面白くて仕方が無いといった風に、今度は遠藤 可奈が自分の目の前で臭いモノを嗅いだ時のように、手をバタつかせる。

 酔い潰すしかない。

「・・・・・・・・・。」

 葉一は、本当は零一朗を潰すために持ってきたクスリを、邪魔者の2人の女子大生に使う決意を固めた。

「風間。これ。お土産。」葉一は内心の女子大生への思いを押し隠しながら、にこやかに零一朗に日本酒を渡した。

「・・・・!!!!・・・・・こっ・・・!!これはっ!!!」

 白い和紙に包まれた中身を一瞥した零一朗は。

「・・・わ・・和賀・・・・。これ・・・・・!!!」興奮した様子で、呆然と葉一と日本酒を見比べている。

「ん・・・・?何だか有名な酒らしいな。偶然手に入ったから、風間が喜ぶだろうと思って、持ってきた。」

 本当は物凄く苦労をした。

「・・・・・和賀・・・。これ。これ、本当にもらって良いのか・・・・?」零一朗の美しい漆黒の瞳が。いつにも増してキラキラと輝いている。頬も微かにピンク色だ。無意識に唇を舐める赤い舌先に、葉一は背筋がぞくぞくした。

(何て綺麗なんだ。風間・・・。)葉一は零一朗を見詰めて、思わず溜め息を漏らした。

 ああ。苦労して酒を手に入れたカイがあった。

「・・・・・・ふうん。」

「偶然ねえ・・・。」

 ニヤニヤしながら葉一を見ている、この最悪最凶の女子大生ペアさえ居なければ。

 葉一は2人を見る目に殺意を込めた。

「・・・・・・・・・・。」

 こいつらさえ居なければ。

 零一朗をすぐさま酔わせて。第一ボタンを外した白いシャツの胸元に手を突っ込んでその肌の手触りを味わい、間髪入れずに唇を這わせて、身も世も無く喘がせてやるのに。と実現可能だかどうかはともかく、妄想を膨らませていた。

 だが。

「・・・・・・・・・・・。ま。飲め。」

 小さく咳払いをすると、そうした内心を押し殺して、女子大生たちが飲んでいたらしい赤ワインのボトルを持って、グラスに注(つ)いでやる。

「アリガト。でも私たちは、そう簡単には潰れないわよ。」

 葉一の内心を見透かしたように、可奈が笑う。

「誰もそんな事思ってないさ。」そう言いながら、葉一はジャケットの内ポケットからさりげなくクスリの包みを取り出した。ワインを自分のグラスに注ぐ振りをしながら、さりげなくワインボトルにクスリを混ぜた。

 大人しく成仏してくれ。

「ところで。今日はどうしたんだ?何かめでたい事でもあったのか?」

 葉一は2人のグラスにがんがんワインを注ぎながら、微笑んだ。

「そうなのよ。コバヤシがね。」

「そう。留学先のアメリカの大学で一軍ていうのかしら?ベンチ入りのメンバーに入ったらしいのよ。」

「ねえ。風間くん。」

「ねーーー。」

「ああ。」

 零一朗は日本酒の壜を見詰めたままだったが、微かに笑みを見せた。

「・・・・・勝負は、これからだろうがな。」

「・・・・・・・・・。」

 小林というオトコの事は、ハナシでしか知らない。バスケの選手でアメリカ留学中。風間に惚れていて、そして葉一が来る前に、このメンバーの一員だったらしい。

「・・・・・・・・・連絡があったのか?」葉一は何となく面白くない気分で、3人に訊いた。

「うん。風間くんに、電話があったの。」美佐子がニヤリと笑って葉一を見た。

「!!!!!」

「何か。どんどん良い男になっていくって感じ?」

「そうよねえ。コバヤシの相手は世界だもんねえ。」ちらりと横目で葉一を見る。

 このくそアマども。俺は神の子だぞ。どこが負けてる!?

 そう唇を噛み締めていた葉一に。

「和賀。これ開けていいか?」零一朗は静かに聞いて来た。

「あ・・・・。ああ。勿論。そのために持ってきたんだから。」

「遠藤も藤原も一杯ずつ飲め。・・・・乾杯しよう。」

 零一朗が、どこからか持って来たのか。明らかに高級そうなぐい飲みに、酒を大切そうに注ぐ。

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

 可奈と美佐子は急に居住まいを正した。少し短めのスカートから下着が見えそうなくらい、だらしなく座っていたのが正座する。

「・・・・・・・・・。」

 零一朗も正座して3人に向かって、ぐい飲みを目の高さに持ち上げる。

「・・・・・・・・・。」3人もそれに倣(なら)った。

「小林に。」零一朗の低く良く通る美しい声が、その名前を告げた。

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

 零一朗の言葉とともに、3人は一気にその酒を飲み干した。葉一だけが、一瞬タイミングがずれた。

「・・・・・一度も愚痴を言って来なかったわね。」

「言葉もロクに通じない。辛いコトも多かったでしょうにね。」

 足を崩しながら、可奈と美佐子はしみじみという風に呟いた。

「和賀。有難う。お前の酒のオカゲでちゃんと祝ってやれたよ。」

「・・・・別に・・・。」葉一は、何だか腹立たしげにぐい飲みに残った酒を煽った。

 自分の知らない零一朗。

 自分以外の誰かと、濃密な時間を過ごしていた零一朗。

「・・・・・・・・・。」

 葉一は、何だか泣きたい気分だった。それを誤魔化すために、どんどん杯を開ける。

 そのナカに。

 葉一が混ぜ物をしたワインが含まれていたコトに。迂闊にも彼は気付かなかった。

 まさに。

 自業自得。ミイラ取りがミイラ。

 

 そんなコトは露知らず。可奈と美佐子の女子大のテレビにも時々出ている名物教授などの話を聞いていた零一朗は。

「・・・・・・・・?」

 いきなり背中にぶつかってきた熱い塊に、振り返った。

「・・・・・かざまあ・・・・。」

 葉一が泣きながら、零一朗を背後から抱きしめていた。

「和賀?」

 見るからにオカシイ。

「酔ってるのか?おい和賀?」いくら何でも早すぎないか、と思った零一朗は葉一を覗き込んだ。

「頼む。一遍だけヤらせてくれ。そしたら、それ以降は全部タダで良い。」

 だが。既に言っていることは意味不明である。

「和賀。何で泣いているんだ?酔って・・・?」背後から圧し掛かってこられている体勢を整えようと、零一朗が身を捻る。その瞬間。

「好きだああああっ!!風間っ!!!!」

「どわああっ!??!!!!!」

 一瞬バランスを崩した零一朗を、葉一がいきなり押し倒した。

「絶対に絶対に、優しくスルから・・・・。」

 葉一はそう言いながら、零一朗のシャツのボタンを外し始める。

「どうしたんだ、和賀っ!?何かクスリでもやっているのかっ!?」

 実はその通り。

「・・・・ああ。何て綺麗な肌だ・・・・。」葉一はうっとりと呟いた。

「・・・・・!?」零一朗は、何かどっかにイってしまっている葉一に顔色を変えた。

 渾身の力で葉一を押し返そうとするが。トリップしている葉一の力もハンパじゃ無い。

「和賀・・・・。落ち着け!お前、酔っ払っているんだよ。」零一朗は叫んだ。だが。

「好きだああああっ!!風間っ!!!!やらせてくれえっ!!!」

 物凄い力で、零一朗に圧し掛かってくる葉一に、もはや。理屈は通じない。

 零一朗は葉一に頭突きを喰らわせて、腕を押しのけようとした。

 しかし!!

「・・・・・・!!!」

 恐るべき、ハイテンション。さすがの非合法ドラッグ。

 葉一は、顔中に鼻血を撒き散らしながらも、ぜんぜん零一朗を離そうとはしなかった。

 痛みを感じないようだ。

「!!!!!」

 葉一が力任せに引っ張った零一朗のシャツのボタンが弾け飛ぶ。

「風間!!全て俺に任せてくれ!!!優しくするから。怖くないから・・・・・!!!」

「充分、怖いわっ!!!!!」

 鼻血を撒き散らしながら鼻息を荒くした、どう見ても目がイってしまっている男に圧し掛かられてみろっ!!

「きゃあああああ!!!モノ凄いシャッターチャンス!!!美佐子!!カメラはっ!?カメラ持ってない!?」

「いやあああ!!2人とも買って来るまで待ってえええええっ!!!!!」

 女子大生2人は、大声で叫ぶ。葉一を止める気はサラサラ無いようだ。

 そう言えばこの間、大学で怪しげな同人誌なる物を創っているサークルに入ったから、オトコ同士のセックスはどうやってやるのか教えてくれなどと、腐ったことを零一朗に訊いて来た。

「この馬鹿者どもおおおおおっ!!!!」

 零一朗は切れた。

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・。」

 葉一は頭がガンガンと痛んだ。だが目覚めた時。

 目の前に。零一朗の美しい顔があった。

「!!!!!!!」思わず仰け反る。同時に、信じられないような痛みが葉一の頭を襲った。

がんがんがんがんがんがんがんがん

 何にも覚えてない。

 覚えてないが。ついに零一朗とヤったのか!?

 ぐれいと!!!!

 自分で自分を褒めてやりたい。そう思った、その途端。

「・・・・甘いわよ。」

 葉一の背後にぴったりとくっついた柔らかい身体が、言葉を発した。

「・・・・この体勢は。私たちの好意よ。」

 零一朗の身体の向こうからも、やはり女の声がする。

「・・・・・・・!?」

 痛む頭を抑えながら振り返ると、可奈と目が合った。

「ついでに風間くんに殺されるトコロを救ってやったわよ。」

 零一朗の身体の向こうからは、美佐子の声がする。

 何のことはない。4人で酔い潰れて雑魚寝をしているだけのことらしい。そう言えば、二人ともちゃんと服は着ている。だが、何となく昨夜の服装とは違うような気がする。

「和賀くんの服は鼻血で血塗れになったから、着替えさせてもらったわよ。」

「・・・・・鼻血?」

「凄かったんだから、酔っ払っちゃって。風間くんに抱きついて離れないの。ヤらせてくれえって。」

 可奈はくすくすと笑った。

「ほんと。アト一歩で風間くんに本当に殺されるトコロだったんだから。」

 美佐子も笑っていた。

「・・・・・・・・・・。」

 葉一は溜め息を吐いた。幻の名酒の効果はまさに幻に終わったようだ。当分、零一朗は葉一と2人キリにはなってくれまい。

「・・・・・しかし。風間は俺のこと。やっぱり弟くらいに思っているんだよな。」

 だが、そんなコトがあったというのに自分の目の前で、何の警戒心も無く眠っている零一朗を見詰めて、葉一は切なげに溜め息を吐いた。

「心配しないで。その世界では、兄弟間の弟攻め兄受けってのは、多いから。」

「どの世界だよ。」

 葉一は小さく苦笑した。

「だから・・・・。」

 背後から、可奈の小さな声が聞こえる。

「だから。もう少しだけ・・・・。このままで居ましょうよ・・・・・。」

「・・・・・・・・。」

 葉一は黙った。

 可奈の言っていることが、4人の雑魚寝のことなのか違うのかは、激しい頭痛のする今朝の彼の頭では判断出来なかった。

「・・・・・・・・。」

 葉一は目の前で眠っている想い人の、誰よりも美しい顔を見詰めた。

 そしてもう一度。切なげな溜め息を、唇に上らせた。

 

−fin−

 あははははは。こんなん出ました、って感じですか?

 残りの二つはカナリ真面目にイク予定なので、思いっ切り馬鹿っぽくいってみました。どんなもんでしょ?