「死ねやああああああっ!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!」
まさに魔が通った一瞬だった。
こんなヘマを。
一体、誰が予測出来たというのか。
「・・・・・・・・・!?」
自宅のベッドで眠っていた零一朗は、何かが頬に触れるのに気付いて目を開いた。
「・・・・・・・・大吾・・・・?」
見覚えのある大きな逞しい身体が、零一朗のベッド脇に佇んでいた。
窓から差し込む街の灯りが逆光で、顔は影になって見えない。
その大きな手が。躊躇いがちに、零一朗の頬に触れていた。限りなく優しく、愛しげに。
「・・・・・・・!!!」
零一朗は顔色を変えた。
「大吾!?」
そう叫んで飛び起きる。
「・・・・・・・・・・。」
部屋には誰も居なかった。
「・・・・・・・・。」
勝又は。自宅マンションの寝室で、額にかかる前髪を掻きあげると咥えたタバコに火を点けた。
芳しい外国製のタバコの香りが部屋に満ちる。
「・・・・・・・・。」
勝又はチラリと部屋の隅の空間に目をやると、ベッド脇に置いてあったブランデーのグラスに手を伸ばした。
そして小さく笑う。
「・・・・・ヘマしたようだな。ヤクザの親分。」
その日は、素晴らしい晴天だった。
午前7時。
暦は1月の終わりで、寒さはピークに向かっていたが、それでも今日は穏やかな小春日和を予感させた。
「・・・・・・・・・。」
風間 青(じょう)は朝食の席で。聞き流していたテレビの朝のニュースを読み上げるアナウンサーの言葉の中に、見知った人間の名前を耳にしたような気がしてマーガリンを塗っていた食パンから顔を上げた。
テレビ画面からは、朝のトップニュースが流れていた。
『本日未明。世田谷区・・・・・・・のマンション前で暴力団同士の銃撃事件があり、2名死亡。
2名が重症。重傷者の一人は宗方組八代目組長と見られ、警視庁は、
これから大掛かりな暴力団同士の抗争事件に発展する可能性があると・・・・・・・・・・・。』
「・・・・・親父・・・。これ・・・。この人。宗方組八代目って、へーぞーの叔父さんのコトじゃ・・・・?」
風間 青(じょう)は。強張った表情でダイニングテーブルの向かいの席に座る父親の方を見た。
「・・・・・・・・・。」
零一朗は読んでいた新聞から顔を上げて、ジョウと同じテレビの画面を見詰めていた。
だが。何も言わずに新聞に視線を戻す。
「・・・・親父!」ジョウは大きな声を上げた。
「・・・・おとうさんと呼べ。」
ジョウの言葉に零一朗は眉間に皺を寄せて、彼女を睨んだ。
「・・・そんな場合じゃ・・・・!!」
ジョウが苛立たしげに言葉を継ぎ掛けた瞬間。
リビングの。電話が鳴った。
「・・・・・・・・。」
立ち上がろうとしたジョウを制して、零一朗は席を立った。
掛けて来た人間も。用件も検討はついていた。
「・・・・・・浩彰。」受話器を取った零一朗は、相手が何か言う前に呼び掛けた。
『・・・・・・・・・。』
「・・・・。」
『・・・・・何とかしてくれ。頼む。何とか・・・・。「ちんじゅさま」・・・・・!』
「・・・・・・・・・・。」
懐かしい、その呼び名。
零一朗は小さな溜め息をついた。
「・・・・・無理だ。」
『何故だ!?・・・・昔。同級生を死の淵から連れ戻したと訊いた。』泣き出しそうな声が、耳元で聞こえる。
「・・・・和賀は、少なくとも生きていた。だが、大吾は・・・・。」
『頼む。・・・・・何とか、頼む・・・。』
電話の向こうで浩彰が、繰り返す。縋りつくように・・・・。
「・・・・・・・・・。」
零一朗は瞳を閉じた。
「親父っ!!!!」
宗方 平蔵は蒼白な顔で、病院の集中治療室に駆け込んだ。
「・・・・・静かにしろ。」
「・・・叔父貴の・・・具合は・・・・?」
平蔵はICUのガラス越しに見える、叔父、櫻 大吾の包帯にぐるぐる巻きにされた逞しい身体と様々な医療器具に接続されたチューブを認めて、泣きそうな顔で父親を見た。
「・・・・・今晩は、越せないそうだ。心臓を弾丸が貫いた。手術で摘出はしたが・・・・。
息があるのは・・・・。奇跡だ。」
宗方 浩彰は疲労の滲む掠れた声でそう言った。
「・・・・・・!!!!」
平蔵は絶句した。
「・・・・何で。・・・一体、何で・・・。こんな事に・・・・・!!!!!
あんな鉄砲玉に叔父貴が不覚を取るなんて・・・・!!」
平蔵は頭を抱えると、ずるずると床に座り込んだ。
「・・・・信じられねえ・・・・・。」唇から小さな啜り泣きが漏れる。
「・・・・・・・・。」
魔が通った。
浩彰は目を閉じた。
大吾も。その他大吾の周りで護衛に付いて居た組員たちも、全員が。
その瞬間。小さなミスをした。
生き残った組員に事情を訊くと、そういう事だ。
ひとつひとつは取るに足りない小さなミスだった。ただそれが。
重なった。
「・・・・・平蔵。」
「・・・・・・・・・。」浩彰は自分の足元に蹲って、すすり泣いている息子に向かって言った。
「泣いているヒマはないぞ。・・・大吾以降の宗方組の事を考えねばならん。」
「・・・・・・!!!」平蔵は涙に濡れた瞳を見開いて、父親を見詰めた。
「九代目は、お前だ。」浩彰は真っ直ぐに平蔵の目を見詰めた。
「・・・・・・・・・・・。」
平蔵は目を瞬(しばたた)いた。大粒の涙が零れる。
義弟が死のうとしている瞬間に、こうした事を考える父親を非情だとは思わない。
自分たちは、そういう世界に生きているのだ。ただ、どうにも。
やり切れなかった。
「・・・・・・・・・・。」
浩彰は声を出さずに涙を零す平蔵から、目を逸らした。
「・・・・・・・・・。」
ガラス越しに見える、大吾とはとても思えないまるでミイラのような痛々しい人影。
「ちんじゅさま」は。大吾はもう死んでいるのだ、と言った。
その通りだ。医者もそう言っていた。
櫻 大吾は、既に死んでいた。
その身体は。
様々な薬や、医療機器の効果で、かろうじて体温を保っているに過ぎない状態だった。
浩彰は、唇を噛み締めた。
(・・・・・和彰・・・・・。)
浩彰は。当の昔に死んだ弟の名を呼んだ。今まで一度もそんな真似はした事は無かったが。必死に祈った。
(・・・・・頼む、和彰。・・・・大吾を、連れて逝かないでくれ・・・・・。宗方組にとっても。俺にとっても。
平蔵にとっても。大吾は掛け替えの無い男なんだ。)
零一朗は、土手の桜の下に立っていた。
冬だとはいえ。陽気はぽかぽかと暖かい。
今日は、土手にも川原の方にも陽気に誘われた幼い子供を連れた母親たちが集まり、賑やかな笑い声を立てている。
「・・・・・・・・・・。」
黒いコートに身を包んだ零一朗は、大きな溜め息をついた。
次の瞬間。
「・・・・!!!」
一気に、耳の痛いような静寂が訪れた。
零一朗は顔を上げる。
辺りは真っ暗だった。そして目の前の桜は満開だった。漆黒の闇の中。桜だけが怪しく浮かび上がる。
「お願いしろ。」
ふいに耳元で声が聞こえた。
「・・・・・・!」目だけを動かして、相手を見る。
怪しい微笑を浮かべた。童顔の天使が零一朗を見詰めていた。
「・・・・暴力団の組長。死に掛けているらしいじゃねえか。お願いしてみろ。どうか助けて下さい、とな。」
「・・・・・・・・・・。」
零一朗は、勝又に向き直った。まっすぐに、勝又の黒目がちの大きな瞳を見詰める。
「・・・・・・言えねえか・・・・。例え、あの男のためでも?」
勝又は小さく笑った。
そして、腕を零一朗の方に伸ばした。
大きな右手が、零一朗の華奢な顎を捉える。
「・・・・・代償は。高く付くぜ。」
強引に零一朗の身体を引き寄せ顔を上に向けさせると、触れ合うほど近くに唇を寄せた。そして。
「・・・・・・・・・・。」
左手を高く掲げると。指先で奇妙なカタチの印を結んだ。右手は零一朗の顎を捉えたまま。
零一朗の唇に吐息が掛かるように、こう呟いた。
「・・・・サクラよサクラ。舞うて希みを、みせてたも・・・・・・。」
その言葉に呼応したように、桜の花びらが一斉に舞った。
まさに雨の如く。滝の如く。
2人の上に、桜の花びらが降り注ぐ。
ほぼ同時に。
「!」
何の遠慮も容赦もなく。勝又の舌が、零一朗の咥内を蹂躙した。
「・・・・・・・・・。」
零一朗は目を閉じない。当然。勝又も。
2人は真っ向からお互いを見詰め合っていた。その間には、甘いものなど微塵も無い。
小さな水音が、合わせた二人の唇から漏れる。
含みきれない唾液が、零一朗の喉元を伝い落ちた。
「・・・・・・・?」
櫻 大吾は桜の木の下に立っていた。
満開の桜の木から、見た事が無いほどの花びらが散っていた。
まるで雨のように降り注ぐそれで。ほとんど視界が利かない。
そんな馬鹿な。
大吾は呆然と桜の花びらの乱舞を見ていた。
と。
「・・・・・・・!」
桜の木の向こう側で、大吾は自分に背を向けて立っている背の高い男の姿に気付いた。
ブランド物のブラウンのコートをビシッと着込んだその後姿には、見覚えがあった。
「・・・・・勝又?」
大吾の呼びかけに応じるように、オトコはゆっくりと大吾の方に顔を向けた。少しだけコチラを向いた口元に、
小さな笑みが浮かんでいるのが見える。
「・・・・・・?」
大吾は勝又が両腕に何かを抱えているのに気付いた。
「・・・・・・・・・。」
次の瞬間に、勝又は完全に振り返った。
「!!!」
勝又がその腕に抱いているのは、零一朗だった。
完全に意識を失っているらしい零一朗は、白い喉を仰け反らして、勝又に抱かれていた。
「・・・・・!?」
大吾には訳が分からない。一体、どういう状況なんだ!?何が起こった!?
そうだ、現在(いま)は真冬だったハズだ!!
「・・・・・・・・。」
それなのに満開の桜。
この世のものとも思えないような桜吹雪。
「貴様の命の代償だ。」
勝又が静かな声で呟いた。
そして。勝ち誇ったように笑った。
「・・・・・代償だと・・・・!?」
大吾が目を瞠(みは)る。
「・・・・・・・・・この男の。”貞操”。」
勝又は笑みを浮かべたまま。舌先を突き出して、ゆっくりと零一朗のカタチの良い喉から顎に向かって、
ネットリと舐め上げた。
「ふ・・・・・・・!!!」
大吾は足を踏み出した。
「ふざけるなあああああっ!!!!!」
医師から。
アト1時間も持たないだろうという見解を聞いていた。
浩彰と平蔵。高坂たち宗方組の幹部たちは。
ふいに聞こえた叫び声に、沈痛な表情を崩さないまま、顔を上げた。
「・・・・・・・・・。」
ICUで。
ミイラ男が起き上がっていた。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
ミイラ男は、自分に付けられたチューブを引き千切りながら、更にこう叫んだ。
「勝又っ!!!貴様っ!!!零一朗に何かしたら、殺してやるっ!!!!絶対に殺すぞっ!!!」
喚きながら立ち上がろうとしているその逞しい大男を。周りの逸早く自分の職業上の使命を思い起こして、それを止めに入った看護士たちを。声も無く呆然と見詰めながら。
「・・・・・・・・・・。」
宗方組幹部は、全員が腰を抜かしてひっくり返った。
「き・・・・奇跡だ・・・・・。」
医者はクリスチャンだったらしく、慌てて跪くと、胸元で十字を切った。
「・・・・・・・!!」
勝又は貪っていた零一朗の唇から、唇を離した。そして。じっとその美しい顔を見詰めたまま。いきなり背後の桜の木に、その身体を叩きつけた。
「!!!」
木の幹に叩きつけられた一瞬。零一朗はわずかに顔を歪めたが、すぐに表情を消した。
「・・・・・・処女のような真似を。・・・・この性悪め。」
左手を自分の舌先に当てる。零一朗に歯を立てられたそれは、微かに出血していた。
「・・・・・・・・。」
「この期に及んで。・・・・・往生際が悪いぞ。」
勝又は零一朗の間近に歩み寄ると、真正面に立ちはだかって、彼を真上から見下ろし左腕で腰を引き寄せた。
「・・・・・・・・。」
そして右手を躊躇う事なく彼の下肢に伸ばす。
「・・・・・・・・。」
勝又の指が服の上から敏感な部分を撫で上げても、零一朗は何の表情も浮かべなかった。勝又は、わざと音が聞こえるように、零一朗のズボンのジッパーを下ろした。そして。
「・・・・・・・・。」
右手を差込み、ゆっくりと動かす。追い詰める目的で、敏感な部分を攻め立てる。視線は零一朗の顔に充てたまま、離さない。零一朗の表情の微かな変化すら見逃さないといった鋭く熱い視線を真っ向から充てている。
「・・・・・・・・。」
だが。零一朗は表情を少しも変えなかった。意思を持った強い眼差しが、勝又の視線を真っ向から跳ね返す。
男である限り。決して生理的に耐え切れない波に翻弄されているハズであるにも関わらず、零一朗は小さな喘ぎひとつ漏らさない。
額に滲み出している細かな脂汗だけが、決して彼が何も感じていない訳では無い事を示していた。
「・・・・・・・・・・・・。」
勝又は小さく苦笑した。
「・・・・・大したもんだ。感心したよ、零。・・・・・別に、良くない訳じゃなさそうだがな。」
勝又はニヤリと笑うと右手に力を込めた。
「・・・・・・・・。」
零一朗のコメカミから、汗が流れ落ちた。
「・・・・・・今回だけは、敬意を表そう。あんたの。その、物凄い痩せ我慢と。・・・・あの男との友情とやらにな・・・。」
そして更に強く零一朗の腰を引き寄せると、下肢を密着させて喰いつくような眼差しで、彼を見た。
「二度目は無いぞ・・・・・!」
底知れない冷たい瞳が。間近から零一朗の瞳を見詰めていた。そして、勝又は零一朗の眉間に人差し指を当てた。
零一朗の背筋が震えた。
次の瞬間。
「・・・・・・・・・・。」
勝又は。意識を失って自分の腕の中に倒れ込んだ零一朗を見詰めながら、小さな溜め息を吐いた。
「落ち着いて下さい!!!」
「叔父貴!何か夢でも観たんだよ!!!」
「違うっ!!離せっ、馬鹿野郎っ!!!!零一朗がっ・・・・!!!!」
大吾は喚いた。自分を抑えつけようと奮闘する宗方組幹部や浩彰たちを跳ね飛ばしてベッドから起き上がろうと暴れる。全員が死に物狂いで大吾を抑え付ける。・・・・・意識は戻ったとはいえ、重態だったオトコだ。・・・・・と。
「・・・・・あのオトコのプライドと引き換えに、戻した命だ。少しは大切に扱え。」
ベッドのすぐ近くから、静かな声が聞こえた。
「・・・・・きっ・・・貴様あっ!!!!」
大吾は自分に群がっていた人間を弾き飛ばして立ち上がった。
「・・・・・・・・ど、どうやって、入ったんだっ・・・!?」吹っ飛ばされた浩彰が、自分の前に立つ男を見詰めて呆然と呟く。
病室の前は勿論。
病院中に、宗方組の組員と警官が溢れている。
浩彰の許可なしに、この病室に入るコトの出来る人間など居ないハズだった。だが。
「・・・・・・・・・。」
薄ら笑いを浮かべながら。
居るはずの無い。天使のような穢れない美貌が、彼らの目の前に立っていた。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
大吾と勝又。大男2人は、互いの鼻が付きそうな程の至近距離から睨み合った。
「・・・・手前は昨夜、死んでいたんだよ、櫻。」
そう言うと勝又は、大吾を思いっ切り蹴り飛ばした。ついさっきまで意識不明の重態だったオトコを。
「・・・・・・・・・っ。」
手加減の無い一撃を腹に受けて。さすがの大吾も胸を抑えて崩れ落ちる。
「・・・・・・・・・・!!!!!」
痛みに脂汗を流し眉を顰めた蒼白な顔で、自分を床から睨み上げる大吾を。
「・・・・・手前だけは、心底、気に入らねえっっっ!!!!」
勝又は憤怒の形相で、怒鳴りつけた。
「・・・・零は・・・・・・・っ!」
勝又は言葉を止めた。
手前のために、俺に身体を差し出した。―――――
「・・・・・・・・・。」
だから勝又は。ただ抱くだけではなく零一朗のプライドを粉々にしてやるつもりになった。あの誇り高い男の天より高いプライドをぶち壊してやろうと思った。他の男のためだと?勝又のプライドこそが傷ついたからだ。
「・・・・流石の俺でも、『反魂(はんごん)』の術など滅多に使わねえ。この世の理(ことわり)に反する行為だからな!!揺り返しが来るんだよ!!スゲエのがな!!このくらいの代償は払って貰って当然だっ!!!!」
勝又はそう叫ぶと、身を翻した。
「・・・・貴様!・・・零一朗を・・・!!!!」大吾の声に、絶望的な苦痛が混じる。
「・・・・・零に訊くんだな。野郎がどんな代償を払ったか。」
勝又は足を止めると、そう呟いた。そして大吾を見る。
「・・・・・・・・・!!!」
大吾は、泣いていた。
子供のように、涙をぽろぽろ流しながら、勝又を見詰めていた。
「・・・・・・・ムカつくんだよ!!手前らの友情ごっこにはよっ!!!」
勝又はそう叫ぶと、病室を出た。
ドアを閉めながら、舌打ちを漏らす。ここに来たのは、腹立ち紛れの単なる嫌がらせだった。大吾を泣かせたコトで、一応満足だった。
だが。
(・・・・ちくしょうめ。あの男には、どうしても歯が立たねえ。)
脂汗を流しながら、快感に堪えていた零一朗の美しい顔を思い出す。勝又は、右手の中の零一朗を間違いなく爆発寸前まで追い込んだ。容赦はしなかった。そして零一朗が達する本当の直前で止めた。通常なら耐え切れない。オトコなら、イカせてくれと、泣き叫ぶタイミングだったはずだ。それが。
(・・・・・声も漏らさねえとは・・・・。)
痩せ我慢にしても、凄まじい迫力だった。正直。勝又は萎(な)えてしまった。その。零一朗の”雄”としての迫力に。勝又の腹の下で、ただでは泣いてはやらないという気迫に。
「・・・・・・・・。」
勝又は。こんな機会は二度と無いかもしれないと思いながら、据え膳だった零一朗の白く長い美しい首筋や甘く柔かった唇をぼんやりと想った。そして。
「・・・・・ムカつくぜ!!」
若者のような捨て台詞を。もう一度呟いて、壁を蹴っ飛ばした。
首都高速で、何とかという化学薬品を積んだタンクローリーが横転事故を起こし、流れ出たその液体が空気との化学反応によって大爆発を起こして、道路を吹っ飛ばしたのは、それから3日後のコトだった。
既に避難していた首都高速上の車や、周辺のビルその他の人的被害は、奇跡的に軽傷程度だったものの。
爆発した車や道路のコンクリートの破片は周囲3キロ四方に飛び散り。復旧にその後3ヶ月を有することとなった。
そして。その日、たまたまその付近を歩いていた勝又の周囲にも、直径1メートルを有に越すコンクリの破片が雨霰と降り注いだ。
しかも。それに驚いたタマタマ近くを走っていた4トントラックと750ccのバイクが暴走して、勝又が破片を避けるのに必死になっている歩道に別々の方角から凄いスピードで突っ込んでくるという念のイリヨウで。
「・・・・・・・・・。」
さすがの勝又も右足を複雑骨折するハメに陥った。
「・・・・・揺り返しねえ。」
零一朗は勝又の入院している病室で、くすくす笑いながら、リンゴの皮を剥いていた。
「・・・・何が可笑しい。俺でなきゃ、今頃死んでた。」
勝又は苦々しげに零一朗を睨んだ。
「あんな野郎のために何で俺がこんなメに。」
「・・・・・・・・・。」
零一朗は丁寧に、りんごのウサギを作ると、勝又に差し出した。
「俺の気持ちだ。世話を掛けたな。」
「・・・・・・!!」
勝又は思いっきり歯を剥き出すと、ウサギのリンゴを零一朗の差し出したフォークから奪い取って、口に放り込んだ。
「・・・・・マジでムカつくぜ。」
その時。
病室がノックされた。
「・・・・・?」
入ってきたのは。
男らしい美貌の、逞しい大男だった。
「・・・・・・・・・・。」
手には。
100本はある真っ赤なバラの大きな花束を握っている。そのキザッたらしい姿が、この色男には異様に似合っている。
「・・・・・揺り返しらしいな。」ベッドの上の勝又を見詰めて、ニヤリと笑った。
「帰りやがれ!!」
勝又は怒鳴った。
「冷てえなあ。」
大吾は零一朗の方を見て、もう一度小さく笑った。
「だいたい、4日前は死んでたクセしやがって、もう歩けるのか。この化けモノ!!!」
「・・・・・・・。」
大吾は色っぽい笑顔を見せた。
「・・・・俺が馬鹿だったぜ。こんなバケモノどもの老獪な罠に嵌った。2人ともとっとと出てけっ!!」
勝又は喚いた。
「俺の気持ちだ。」
大吾は勝又のベッドの上に、大きな赤いバラの花束をそっと置いた。
「・・・・・・!!!」
勝又は、果物ナイフとフォークを取り上げると二人に向かって投げた。
ヒユッという鋭い音とともに、頬を掠めるそれを避けながら2人は笑いながら病室から逃げ出した。
二度と来るな、という声が2人を追ってきた。
「・・・・・・・・・。」
病室のドアを閉じてから、大吾は溜め息をひとつ吐くと、ゆっくりと零一朗を見た。
「・・・・・・・・・。」
零一朗も大吾を見返す。
「・・・・・世話を掛けた。だが。こんな真似は二度としないでくれ。」大吾は泣きそうな顔で呟いた。
「・・・・・・・・・。」
「お前を犠牲にしてまで、生き延びようなどとは思わねえ。」
零一朗は小さく笑うと、大吾から視線を逸らせた。そして。
「・・・・・逆の立場なら。」
「・・・・・・・・・?」大吾は零一朗を見た。
「お前だって。多少の犠牲は払っても、俺を死なせるものかと思うさ。人間というのはそういうものだ。だが心配するな。命まで懸けようと思った訳じゃねえ。」
「・・・・・・・・・零一朗。」
零一朗は、大吾に背を向けて病院の廊下を歩き始めた。そして、こう付け足した。
「結局のトコロ。お前がヘマをしたのが、一番悪いのさ。気を付けるんだな。」
「・・・・・・・ああ。」
大吾は小さく苦笑した。
「・・・・・・・・・・。」
大吾は、零一朗の姿が完全に見えなくなるまで無言でその後姿を見送っていた。それから、ふいに。
「・・・・・・・・・・。」
その美貌に、悪戯っ子のようなタチの悪い表情を浮かべた。そして。
「・・・・勝又。」
背後の勝又の病室のドアをもう一度開いて顔だけ覗かせると、ベッドで寝ている人間に声を掛けた。
「・・・・タタなかったんだって?」
だが。全てを言い終わる前に、物凄い勢いで飛んできたコーヒーカップに顔面を直撃されて、大吾は廊下まで吹っ飛ばされた。
「・・・・・・ってえ・・・・。」
額に手をやると、真っ赤な血が流れていた。カップの破片でやられたらしい。
「・・・・・・・・・・・・。」
大吾はそれを見詰め、もう一度勝又の病室のドアを見た。そして。廊下に仰向けに倒れたままの状態で、暫くの間クスクスと笑い続けていた。
−fin−
この大吾が撃たれるハナシは。実は「春の嵐・・・・・」のスグ次あたりに書く予定でした。
そして、実わ。死んでもらう予定でした(またかい!!)。いや。元々、大吾は、撃たれて始めて登場する予定のキャラだったんですよね。そして回想シーンが「春の・・・・・」の予定だったのですよ。タダ、回想シーンが異様に膨らんでしまったので、独立させて公開したトコロ。いや、人気が出てしまって。ははははは。殺せなくなりました。
だから、最近の彼と零一朗の関係は、「春の・・・」あたりの後記とは矛盾した感じになっていると思います(笑)。だってだって。予定が変わってしまったのですもの仕様がないじゃん(開き直り)。あはは。いや。妙だな妙だなと思っていらっしゃった方も多いと思いますので、ちょっとネタをばらしました。一周年御礼企画ですしね(笑)。
これで。今回の企画は終了です。楽しんで頂けたのなら、幸いですが。
3つとも。私的には、ちょっと本編より踏み込んでみたつもりです。
だから正直、皆様の反応が気になるトコロではあります。何らかのカタチで感想を聞かせて頂ければ有りがたいのですが。勿論、既に感想を下さった方もいらっしゃいます。有難うございました。
次回。マジに「君の気高き眼差しに」をシリーズ化しようと思ったりしております(笑)。
一年間、イロイロな励ましを本当に有難うございました。これからもどうかヨロシクお願い致します。
にゃむにゃむ