ろくでなしの神話 4
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<ほわいとでー企画もどき?2004>

 実の父親が、大阪に来ているのは知っていた。
「・・・。」
 本人から転居を知らせる手紙が来たことを、坂本(さかもと) (まこと)は、母親から聞いていたからだ。
『真面目で臆病で、変化を嫌う面白味の無い(ひと)なのに。』
 随分な言い方だが。母親には、それ(・・)が原因で離婚(わか)れたといっても過言ではないモト旦那が、転職をしたという事実がどうしても信じられないようだった。



「・・・。」
 誠は。父親が店長として働いているらしいコンビニが目に入る通りの向こう側で、20本目のタバコに火を点けた。
「・・・。」
 信号が変わる度に、何度も通りを渡ろうとは思うのだが、もう何十回も見送った。
 実は。ここまでやって来るまでにも、何ヶ月も掛かった。
 誠には、父親の転職に心当たりがあったからだ。
「・・・。」
 最後に見た。父親の、これが人間かと思うほどに腫れ上がった顔。引き摺る足。
 誠は。自分が面白半分にしでかしたことが、父親の人生を狂わせたと自覚していた。
「・・・。」
 父親が雇われ店長をしているらしいコンビニのほぼ真正面にあるビル。
 それが。
 誠が、トラブルを起こした暴力団の実質的な本部だとは分っていた。
(オヤジは・・・。あれから奴らにとっ捕まって利用されとるんやろうか・・・。)
 誠は唇を噛む。
 もしそうだとしたら、それは間違い無く自分のせいだと判断するくらいの頭は、持っていた。

 両親は誠が幼い頃に離婚し、誠は母親に連れられて東京から彼女の再婚先である大阪にやって来ていた。実の父親が、誠が成人するまで、毎月養育費を送ってきているコトは知っていたが、誠は正直、たまに会う真面目そうで陰気な男が好きでは無かった。間違いなく、相手も誠が好きではないだろうと思っていた。
「・・・。」
 それなのに、父親は。誠が誰にも言うなといった言葉を守ろうとして、ヤクザに死ぬほどのリンチを受けたのだ。

『真面目に税金を払うてなさるサラリーマンも、お前のせいでこのザマや。満足したんか!?お父ちゃんが嫌いやったらしからなあ!!』
 間宮というヤクザが放った言葉が、忘れられない。
 誠は、一言も返せなかった。父親が憎かった訳ではないが、どうなっても良いと思っていたのは事実だったから。
 凄まじい有様の父親を見るまでは、文句を言おうとさえ思っていたのだから。

 あれ以来。誠が父親に寄せる想いは、以前とは明らかに違ってきていた。
 誠のせいで仕事を辞めて、大阪に来ざるを得ないコトになったのだとしたら。ヤクザに食い物にされているのだとしたら。
 誠は具体的にどうすれば良いかは分らなかったが。
(・・・何とか、助けんと・・・。)
 誠は居ても立っても居られずに、ここ(・・)まで足を運んだのだった。だが、どうしても父親に会う決心がつかずに無駄に時間を潰していた。

「あ・・・!」
 夕方の7時を回った頃に、コンビニから痩せた男が出て来た。度の強そうなメガネを掛けて、疲れた素振りで手にはコンビニのビニール袋を持っている。溜め息をひとつ吐いて重い足を引き摺るように歩き始める。
 父親だということはスグに分かった。すぐに駆け寄ろうと思ったのだが、何だか足が動かなかった。
「・・・。」
 誠も小さな溜め息を漏らすと、とぼとぼと道を歩く父親の後をゆっくりと追い始めた。


 古臭い。今時珍しいような木造アパートに、父親が入っていくの見ながら、誠は結局声を掛けられなかったコトに途方に暮れていた。話したいコトは、たくさんあるような気がしていた。だが、具体的に何と声を掛けて良いのかわからない。父親に。
『何の用だ?』
 と、言われた時に、何といって良いのか分からないのだ。
「・・・。」
 誠が途方に暮れたように、父親の後姿を眺めていた時。階段下にある郵便受けを除いて手紙類を取り出した父親が、階段に向かって歩き始めた。そして。
「・・・。」
 ふいに。誠の方を見た。
「!!!」
「・・・誠?」
 父親は、驚いたように足を止めた。



「何か、食べるか?」
 誠の遺伝学上の父親である高村(たかむら) (しおり)は、自分のアパートの小さな居間にチョコンと腰を降ろしている誠に日本茶を入れながら、もっと小さな台所から声を掛けた。
「・・・良え。」誠は小さな声で、応えた。
「といっても。コンビニの賞味期限切れの弁当か、インスタントラーメンくらいしか無いんだが。」
 栞は誠の前に日本茶を置くと、レンジでチンしたらしいコンビニ弁当を開いて、ご飯からオカズからを几帳面に半分づつに分け始めた。そして自分は、美味そうに缶ビールを呷った。
「・・・俺も。ビールが良え。」
「未成年だろう?」
「今時。・・・そんなコトを言うヤツなんか居らへんで。」
「そうか。お母さんに、怒られないのか?」
「お袋は、俺を相手に晩酌するくらいや。」
 そうか。
 栞はそう呟くと、台所に戻って、誠のための缶ビールを持ってきた。
「アリガト。」
 礼を言った誠を、栞は何だか不思議そうに見た。誠は。そう言えば、俺はこの男に礼など言ったコトが無かったと今更ながら思い当たり、何だか落ち込んだ。
「・・・。」
 その気持ちを隠すように、ビールのプルトップを開く。一気に飲んだ。
「・・・。」
 その誠を、呆気にとられたように眺めていた栞が、小さく笑ったのに気付いて、誠は栞を見た。
「何や?」
「いや・・・。」
 栞は、少し照れ臭そうに目を逸らした。そして。
「息子と酒を呑む日が来るとは、夢にも思ってなかったからな。」そう呟いた。
「・・・。」
 誠は栞をじっと見た。そして、目を逸らすと、核心に触れた。
「・・・何で、大阪に来たんや?」
「え・・・?」栞が誠を見る。
「突然、変やないか。お袋も言うとった。あんたは、変化を嫌うヒトやて。何か、あったんやないんか?」
 誠は栞の顔に、探る様な視線を充てた。
「・・・。」栞は目に見えてウロタエテいた。顔色が、ハッキリと変わったのが判った。血の気が引いたといった感じだった。
「あのヤクザに・・・。」誠は唇を噛むと、言葉を切った。
「えっ!?」
 思わずといった風に誠を見た栞の顔色が、ますます青褪めていく。
「何か・・・。」
 誠が言い掛けた、その瞬間。
「!!!」
 凄まじい勢いで、アパートのドアが叩かれた。
「・・・!?」
 栞が驚いたように、腰を上げる。
「何や?」
 驚いている誠の方を少しだけ見てから。何も言わずに席を立った。
「・・・?」
 誠が不安を感じながら見ていると、栞はドアの前に立って相手を確認していた。
「俺や!開けろ!」
 どこかで聞いたコトのあるような不遜な声が、ドアの向こうから聞こえた。何だか怒り狂っているといった口調だった。
「・・・。」栞が溜め息を吐いて、ドアの鍵を外した。と。
「・・・!!」
 間髪入れず。凄い勢いでドアが開いた。と思うと同時に、仕立ての良いスーツに身を包んだ大きな男が、傍若無人な態度で室内に入って来た。
「!!!」
 誠は思わず、腰を浮かせた。長い足。逞しい身体。腹が立つほど男らしい美しい顔。
「間宮。」
 栞は眉間に皺を寄せると、目の前の長身の男の名を、咎めるように呼ぶ。
「あ!!」
 間宮(まみや) (とうる)!!!
 誠は、その顔と名前が一致した瞬間に、息を呑んだ。
 美しい顔に薄笑いを浮かべて、誠達の思い上がりを鼻で笑いながら。泣いて謝るまで痛めつけたヤクザ。その際に折られた左腕は。天気の悪い日は今でも痛む。
 この男は多分、父親にも同じコトをしたのだろう。
「!!!」
 誠は顔色を変えて、立ち上がった。居間の入り口に立つ。
「良え度胸やないか?若いオトコを連れ込んどるんやて?」
 間宮が低い声で、栞を睨みながら噛み付くように言った。
「・・・お前は!!」
 栞は一瞬、驚いたように黙り込んだが、次の瞬間には激昂したように叫んだ。
「俺を監視してるのかっ!?」
「やかまし!!オトコを連れ込んだのは、事実やろうが!!」
 栞を煩そうに突き飛ばすと、間宮は居間の入り口で立ち(すく)んでいる誠を、ギラギラした冷たい瞳で見た。そしてヅカヅカと土足のまま上がりこんで来ると、誠の胸倉を掴んだ。
「良え度胸や。俺のモンに手ぇ出す気か?」
 自分より頭一つ大きい男に喉モトをグイグイと首を締め付けられて、誠は息が詰まった。何だか妙なコトを言われたような気がしたが、頭はパニックになりかかっていてそれどころでは無かった。
「何だって!?」
 栞は心底ビックリしたような顔で、一瞬間宮を呆然と見たが。誠が締め上げられているのに気付いて、大慌てで間宮の腕に飛び付いた。
「バカ!!何言い出すんだ、間宮!!誠だ!!誠だよ!!!」
「マコト・・・?」
 間宮は眉間に皺を寄せて、栞を見た。
「・・・オヤジ・・・。このオトコに、今でも脅されとるんか・・・?」
 喉が締め上げられて、呼吸が儘ならない。誠はそれでも、必死に栞の方を向いた。
「オヤジ・・・!?」
 間宮の眉間の皺が益々深くなる。何かを思い出そうとするように、目を細めて誠の顔をマジマジと見た。そして。
「何や。手前・・・。あの時の生意気なクソガキか・・・。」
 そう呟くと、あっさりと手を放した。
「髪の毛が真っ赤になっとるさかい、分らんかったわ。」
 確かに。あれから誠は髪の毛を赤く染め直していた。
「・・・!!!」
 間宮は、咽喉元を抑えてぜえぜえと酸素を貪る誠を、自分にはこれっぽっちも非が無いといった風に見下ろした。
「何や。父ちゃんに小遣いでもセビリ(・・・)に来たんか?」
 誠はそれには応えず、間宮に向かって叫んだ。
「わ、悪いのは俺やろ!?オヤジを巻き込むのは、もう止めてくれっ!!!」
『え・・・?』
 何故か。栞と間宮の声が重なる。
「お・・・。オヤジは、タダの真面目なサラリーマンやったんや。俺のやったコトとは何の関係も無いやないか。親父を開放したってくれ!!ヤクザなんかと関わりを持つようなヒトや無いんや。代わりに。俺が代わりにあんた達の下働きでも何でもするさかい・・・!!」
 気が付くと。
 誠は両眼から涙をボロボロ零していた。
「・・・。」
 誠の懇願を。間宮は困りきった表情で聞いていた。そして。チラリと栞を見る。栞は。
 唇を噛んで、泣いている息子を見詰めていた。そして。
「違うんだ、誠。」
 諦めたように溜め息を漏らすと、静かな口調で呟いた。
「え・・・?」
「・・・すまない。誠。」
 そう言うと、栞は誠の前に正座して、両手を突いた。
「・・・オヤジ?」
「俺は・・・。間宮を好きになって、大阪まで追い駆けて来たんだ。無理矢理とか何かさせられているという訳では無いんだ。」
「・・・好きって・・・。」
 誠は呆然と、栞を見詰めた。それから慌てて、間宮を見上げる。
「・・・。」
 間宮は苦い顔で、右頬を右手の人差し指で掻きながらあらぬ(・・・)方向を見ていた。
「・・・好きって。好きってどういう事なんや?」誠はゴクリと咽喉を鳴らした。
「・・・。」栞は顔を上げない。誠はその顔を覗きこむようにして、言った。
「何・・・?オヤジ・・・。ゲイやったんか?やから、お袋と離婚(わか)れたんか?これ。もしかしてカミングアウトっちゅうヤツなんか!?」
 栞は顔を上げて誠を見ると、疲れたように呟いた。
「今まで、男に恋愛感情を持ったコトは無い。お母さんと離婚した理由は、性癖とは関係ない。」
「したら何で?何でや?コイツ・・・。ヤクザやで・・・?確かに男前やけど。今まで、男なんか好きやなかったんやろ?」
「・・・何故と言われても。確かに、間宮の顔は好きだけど。」
 栞は真剣な顔で、首を傾げた。
「止めろ、お前ら。辛気(しんき)臭い。」
 間宮が苦り切った顔で、ドスドスと二人に近付いてくると、誠の右腕を取った。
「来い、誠。お前に、話がある。」
 物凄い力で引っ張られて、有無を言わさず玄関の方に引き摺って行かれる。
「ま・・・。間宮!!どうする気だ?誠を・・・!!」
 栞が慌てて追い縋る。
「心配すんなや。誠と、男同士の話があるんや。」
「俺だって男だっ!!」
「・・・まあ。そうなんやけどな。とにかく、ちょっと息子借りるで。」
「間宮!!!」
 追って来ようとする栞の鼻先で、間宮は玄関ドアの扉を閉めた。
「ちょっと、あんた!!!何なんや!?俺は、あんたと話すコトなんか・・・!!」
 誠はもがいて腕を振り解こうとしたが、間宮はビクともしない。
「栞のコトや。」
 低い声でそう言うと。真剣な顔で、誠を見た。
「・・・。」
 その美貌が持つ迫力に呑まれて、誠は抵抗を止めた。



 間宮の見た事もないほど大きなベンツに乗せられて連れて来られた埠頭で。二人きりになった途端に、間宮が口を開いた。
「俺達が、気持ち悪いか?」
「・・・今時。・・・別に・・・。そんなに珍しゅうもないやろ・・・。」
 誠はそう応えたものの。ハッキリいってショックだった。動揺を死に物狂いで押し隠して、奥歯を音が出るほど噛み締める。
「栞を。嫌わんでやってくれな。」
 間宮が唇にタバコを咥えながら、ポツリと呟いた。
「あんたにそんなコト言われる筋合いは、無いで!!」誠は怒鳴った。間宮が怖いという意識はドコかに消えていた。こいつは、父親のオトコ(・・・)なのだ。
 誠の剣幕に、間宮は小さく笑うと高級そうなライターで咥えたタバコに火を点けた。そして。
「・・・せやな。けどな。栞はああ言うとったが、ホンマは俺が栞を好きになって口説いたんや。やから、ちょっとは筋合いってヤツに、関わりがあるやろ。」
 そう言った。
「・・・あんたが・・・?」
 誠は、間宮の美しい顔を見詰めた。これほどの色男。どんな人間だって選り取りミドリだろうに。
「何で、オヤジを・・・?」
 とても美しいともカッコ好いとも言えない、冴えない中年のオッサンなんかを?
 誠は首を傾げた。間宮は薄い笑いを見せた。
「・・・理由なんか無い。気が付いたら惚れとったんや。」
「・・・。」
 誠は間宮を見詰めた。
「・・・今日、久し振りに会うて、思うた。オヤジ。・・・何となく、変わったな、て。」小さく呟く。
「・・・。」間宮は誠を見た。
「前は・・・。何というか、もっと表情の無いヒトやった。声を荒げるようなコトも殆んど無うて・・・。やから。今日は。ビックリした。あんたに怒鳴った時・・・。」
「・・・。」
 誠は悔しそうに唇を噛んで、暗い海の方向を見詰めていたが。振り返って間宮を見た。目に、涙が溜まっていた。
「・・・あんたが。変えたんやな?」
「・・・。」
 間宮はそれには応えず、紫煙を吐いた。
「・・・栞の生い立ちを聞いたコトあるか?」
「いや・・・。」関係の無い話を始めた間宮を、誠が怪訝そうに見る。
「ほうか・・・。その内、じっくり話ししてみるんやな。栞とお前は、血が繋がっとるんやさかい、話すことはイッパイあるやろ。」
「・・・今更・・・。何年も離れとったんや。今更、何を話して良えのかなんて、分らへんわ。」
 誠は苛立たしげに、足元の小石を空き缶を蹴飛ばした。缶はカラーンという音を響かせながらどこかに転がっていく。二人は黙ってその音を聞いていた。
 やがて。間宮がポツリと呟いた。
「・・・大阪に来た時にな。栞は真っ先にお前のコトを言うとった。『誠が可哀想や、て』。」
「俺が・・・?」
「父親がホモになってしもうて、誠に、申し訳ないてな・・・。」
「・・・。」
傍目(はため)には、どんなに分り(にく)うても・・・。栞がお前を愛してない訳やないんや。」
「・・・。」
「嫌わんといてやってくれ。栞のコトを、もっと知ってやってくれ。」
「・・・。」
 誠は間宮を見詰めた。暫らくの間、ジッと見詰めた。
「・・・オヤジの事。遊びや無いやろな?」
「・・・言うたやろ。惚れとると。」間宮は、誠の目をしっかりと見据えて、そう言った。
「もし。栞を泣かせるような真似をしくさったら。息子かて、容赦はせえへんで。」
「・・・。」
 その底光りのする眼の光に、誠は思わず目を逸らした。そして、逸らした自分が情けなくて、唇を噛む。到底、敵わない。奇妙な敗北感が誠を包んだ。
「オヤジ・・・。あんたに、だ・・・抱かれとるんか・・・?」
 間宮は、途端に忌々しそうに鼻を鳴らした。
「ふん。一回もヤらしてもらっとらんわ。」
「えっ!?」誠は眼を大きく見開いて、間宮を見た。
「お前からもオヤジに言うてくれ。中学生やあるまいし。何時まで我慢させる気ぃや、て。間宮が可哀想やろ、て言うたってくれ。」
 心底、腹立たしげな間宮の言葉に。
「・・・。」
 誠は涙ぐんだまま、思わず吹き出した。



 帰りの車の中で。
「オヤジ。怒っとったけど。・・・ずっと、監視しとるんか?」誠は後部座席の隣に座っている間宮をチラリと見て、訊いた。
「監視ちゅうんか。護っとるんや。俺はこの大阪では、名の通ったヤクザやからな。どこのアホが心得違いをするか分らんやろ。」
 間宮はそう言うと、その長い足を組み替えた。
「普段から、オヤジが他のオトコと一緒に居るだけで、怒るんか?」
「いや。今日はタマタマ。・・・ほら。ホワイトデーやろ?」間宮は少しバツが悪そうだった。
「ホワイトデー・・・。」
「栞がバレンタインにチョコをくれたから、お返ししよと思うて、仕事が終るのを待っとったんや。そしたら、他の男を部屋に連れ込んだらしいと聞いて、カッとしてしもうたんや。」
「お・・・オヤジがあんたに、チョコを・・・。」
「しかも手作りやで。」間宮は胸を張った。
「・・・。」誠は何と言って良いか分からず、引き攣った笑みを浮かべた。
「・・・?」
 誠は後部座席のシートの片隅に、青いリボンが落ちているのを見付けた。
「何や?これ?」
「ああ。それは、プレゼントに巻きつけようと思うてな・・・。」
「・・・。」
 かなりの長さだ。プレゼントはカナリ大きなモノらしい。
「プレゼントって。何なん?」
 好奇心に負けて、誠は間宮に訊いた。間宮はニヤリと笑うと。
「・・・!?」
 リボンを自分に巻きつけた。
「プレゼントは、あ・た・し。なんちゃって。」



「・・・!!」
 階段を上る、物凄い足音が聞こえた。栞は慌てて玄関に向かう。
「!!!」
 栞がドアにたどり着く前に、ドアは凄まじい音を立てて開かれた。
 立っていたのは、肩で息をしている誠だった。
「ま・・・誠?大丈夫か?間宮に何か・・・。」
 されたのか、と尋ねようとした栞の言葉は、誠の怒声に遮られた。
「俺は、許さへんで!!!あんなアホと付き合うんは!!!」
 誠は、声も枯れよと叫んだ。
「誠・・・?」
「あんなアホと付き合うとったら、アホが移る。アレやったら、イヌとでも恋仲やと言われた方がマシやった!!」
「い・・・いぬ?」
 アマリの言い分に、栞はさすがに呆然と息子を見詰めた。
「俺は、許さんで!!トコトン邪魔したるからな!!!」
「・・・。」
 栞は言葉も無く。握り拳を震わせる小姑と化した息子を、唖然と見詰めていた。



「やれやれ。」
 間宮は、栞のアパートを見上げながら、苦笑した。
「若頭。スクーター、持って来ましたけどどないしますか?」
 若い組員が、遠慮がちに間宮に声を掛ける。
「ああ。このリボンを巻きつけて、駐輪場に入れといてくれ。」
 そう言って間宮は、例のリボンを組員に手渡した。
 間宮の本当のプレゼントはスクーターだった。夜中や早朝に繁華街をトボトボ歩いて帰る栞を、心配していたのである。
「・・・本当は、車にしたかったんやけどな。スクーターじゃ事故に遭うたらヒトタマリもあらへん。ポルシェでもフェラーリでも何でも買うたるんやが。」間宮は残念そうに呟いた。
「・・・。」
 間宮の背後に立っていた加納が、このボロアパートの敷地にでっかい赤のフェラーリが停まっている光景を思い浮かべて、小さな溜め息を漏らす。
「栞が受け取らんでしょう。妥当でんがな、スクーターで。栞はこれで、仕事の行き帰りが楽になるでっしゃろ。・・・けど何で、あないなアホなことを誠に言わはったんですか?」
 加納は車の助手席で、ずっと二人の会話を訊いていた。
「あの二人に必要なのは、コミュニケーションや。話したら良え。俺の悪口かて何かて構わへん。」
 間宮はもう一度、アパートを見上げた。
「・・・。」
「今晩は、何を話して良えか、迷うヒマも無いやろ。」ニヤリと笑って、間宮は加納を見た。
「若頭・・・。」
 加納は苦笑した。
「・・・ああ、それにしても。今夜も温かい思いは出来んかったな。」
 間宮はぼやいた。
「ホント。仙人のような恋でんな。」
 加納はそう言うと、間宮のために後部座席の扉を開いた。そして。
「・・・手造りチョコに見合う。良えお返しになったかもしれまへんな。」小さくそう呟いた。
「ちょっと泣かせたコトの、侘びも兼ねてな。」
 間宮は薄く微笑んで、いつものベンツに乗り込んだ。

−fin−

2004.03.23

 うん?小姑登場(爆)?何だか、この話はすっかりホノボノ路線に・・・。次回はちょっとハードにいきたい。

 ほぼ10日遅れです。お待たせしました、あん様(笑)。
 じゅん様。ご助言に従って、出来る(解かる?)範囲で手を加えてみましたが、どうでしょうか?少しは改善されていれば良いのですが。

 

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