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<バレンタイン企画2004>
「入れたい。」
組事務所の自分用に与えられた個室の机の上に、だらしなく両足を投げ出し、両手を後頭部に組んだ体勢で、ぼんやりと窓から外を眺めながら、間宮( 亨(は、午前8時半という時間には到底相応(しいとは言えないセリフを呟いた。
「はあ?何を言うとるんです?朝っぱらから。」たまたま徹夜で、事務所に残っていた加納が、さすがに眉間に皺を寄せて間宮を見た。
「・・・やなかったら、もらいたい。」
「・・・何をでっか?」
「あほ!!今日を、一体何の日やと思うとるんや?バレンタインや!恋人同士のビッグイベントやで!?」
「・・・ああ。チョコでっか?」
「そや。」
「・・・栞は、仕事でっか?」加納は少し気の毒そうに間宮を見た。
「・・・例によって。バレンタインやから、バイトが集まらんのやそうや。」
間宮は、加納がさすがに同情してしまうような寂しそうな表情で、窓の外を見ていた。
「・・・。」
加納は、小さく溜め息を吐いた。
いつもなら。この時期一番親しく付き合っているオンナと、間宮はバレンタインの夜は金に飽かせて面白可笑しく過ごしていた。時には複数と。しかし、今夜は何の予定も無いのだろう。
「栞が仕事なんやったら、適当に他のオンナと遊べば良えやないですか?誰ぞに電話入れまひょか?栞には内緒にしといたりますさかい・・・。」
加納は、勤めて明るく言った。
「・・・せやな。そうするか。」間宮も微かな笑みを浮かべる。
「・・・。」
クリスマスから約二月。いまだに二人に、身体の関係が無いコトに加納は気付いていた。そして、そろそろ間宮が限界だということも。
(若いしな。)
まだ二十代の間宮に禁欲など生理的に、無理なのだ。いや、間宮がマッタク遊んでいないワケでは無い。しかし、間宮は栞を抱きたいのだ。だが、彼は完全にキッカケを失っていた。
どうでも良い相手なら、何とでもなることを。ナマジ真剣なだけに、手を出しあぐねている。可愛いといえば可愛いが、間宮にしてみれば、カナリ切実な問題だろう。
(・・・栞は、若頭にチョコを渡したりはせえへんやろうな。そんなキャラやないもんな。)
コンビニのチョコでも良いのだが。
加納は、眉を顰めた。
「・・・・そいうキャラや、無いもんな。」
間宮がポツリと呟いた。奇しくも加納と同じことを考えていたらしい。
「・・・はあ。多分・・・。」
加納も苦笑するしか無かった。
その時。扉をノックする音が聞こえた。
「・・・。」
加納が立ち上がって、ドアを開く。
「何や?」
「あの・・・・。向かいの『コンビニの店長さん』が・・・。」
「何やて?」
組の人間は、皆栞のコトを『コンビニの店長さん』と呼ぶ。ある程度の地位にいる者は、栞が間宮にとって特別な存在であるコトを知っているが、敢えて名前を出さず、何でも無いように聞こえるようにしている。彼は。大阪でそれなりの規模を誇る指定暴力団の若頭、間宮 亨の唯一の弱みでもあるからだ。
「栞・・・。」
栞が組事務所に顔を出すのは、珍しい。いや、こっちから誘い掛けなければ、間宮のマンションを訪れるコトさえないのだ。
「・・・おはようございます。朝早くに済みません。間宮のベンツが停まっていたから、居るんだろうと思って。」
「・・・ああ。居はりますよ。どうぞ。」
「失礼します。・・・ああ、そうだ。加納さん、コレ。」
「・・・!」
栞は加納に、青いリボンで綺麗にラッピングされた小さな小箱を差し出した。
「普段お世話になっているんで。店の商品で悪いですけど。」
明らかにチョコレート。
「ちょっと、待て!!」
間宮が血相を変えた。
「え・・・?」
「何で、加納に渡すんや!?」
「え・・・?バイトの女の子は、ちょっとした知り合いには、全員渡すものだと言っていたから・・・。クリスマスプレゼントももらったきりだし・・・。あ。勿論。間宮の分もあるぞ。」
栞は部屋を横切ると、間宮の目の前の机に、同じようなチョコレートの小箱を置いた。
「・・・俺が。・・・俺に、最初に渡すのが、筋やろ?」
「え・・・?」
「加納のは、義理やろ?ほんなら、当然。順番的には、俺にまず渡すべきやろ!?」
「・・・。」
加納は顔を歪めた。一見して加納と間宮のチョコレートにアマリ違いは無い。栞にしたら、自分の身体に近い相手から渡しただけのコトだろうが、間宮が収まらないのは明らかだし、ある意味当然だ。だが。
「・・・どうでも良いだろう?上に立つ者が、あんまり細かいコトいうと嫌われるぞ?」
微妙な人間の心の機微に、イマイチ疎い栞はあっけらかんと言い放つ。
「な・・・・!!!」
間宮は怒りのアマリ、言葉が出てこないようだった。立ち上がって口をパクパクさせていたが、やがて、唇を噛み締めると、栞を睨み付けた。
「もう。良え。」
「・・・・わ、若頭・・・。」
加納は、何とか取り成そうとしたが、間宮はドスンと椅子に腰を降ろすと椅子ごとぐるりと背を向けた。
「もう良えから、帰れ。」
低い声が、間宮の口から漏れる。サスガに加納が口を挟めないほどの怒りの波動が間宮の背中から滲み出している。
「・・・開けないのか?」
だが、栞は何も感じていないように、普通の声音で間宮に話し掛けた。
「何やと?」
「開けろよ、間宮。」
栞は。怖いもの知らずにも、間宮の椅子の背もたれに手を伸ばすと、グルリと椅子を回して、間宮と向かい合った。
「!!!!」
間宮の顔は、怒りのアマリ蒼白だった。しかも微かに震えている。
「・・・し、栞・・・。」
加納は思わず、声を掛けた。間宮が殴り掛かるかと思ったのだ。だが。
「・・・・!!」
間宮はバリバリと机の上の小箱の包装紙を破いた。乱暴に箱を開く。
「これで、良えんやろっ!?・・・気が済んだんやったら、帰・・!!」
帰れ、と言い掛けていた間宮の声が止まった。
「・・・・。」
戸惑ったような視線が、目の前のチョコレートと栞の間を行き来する。
「・・・・まさか・・・?・・・手作りなんか・・・?」
間宮の声が小さくなる。
「・・・チョコだから。焦がしさえしなければ、そう失敗するコトは無いとバイトの女の子が言っていたけど・・。大丈夫かな?」
栞は眉根を寄せて、間宮を見た。
「・・・不恰好だし。・・・出来合いのモノの方が綺麗だとは思ったんだが・・・。」
「・・・栞。」
間宮は溜め息を吐いた。
「・・・いや。無理して食べるコトは無いぞ、間宮。自己満足みたいなモンだから・・・。」
慌てたように、栞が言った。
「・・・ラッピングが同じやったから・・・。」間宮は、溜め息とともに呟いた。
「あ?・・・ああ。何だかヨク分らないから、店の商品を参考にさせてもらったんだ。」
栞は小さく笑うと、間宮を見た。
「・・・栞。」
間宮はもう一度溜め息を吐いて、愛しそうに、栞を見詰めると、その不恰好な丸い手作りチョコを口の中に放り込んだ。
「・・・甘い。」間宮が微笑む。
「・・・チョコだからな。」何だか戸惑ったように、微かに頬を染めた栞が間宮から視線を逸らす。
「・・・加納。」
「はい?」
その光景を良かった良かったと、眺めていた加納は、間宮の言葉に顔を上げた。
「何時まで、そこに居るつもりや?」
間宮は噛み付くような目で、加納を睨んだ。
「・・・!!失礼しました!!」
加納は大慌てで、部屋から出て行った。
「・・・・ああ。それじゃ、俺も、これで。アマリ店を開けるワケには・・・。」
言い掛けた栞は、伸びてきた間宮の逞しい腕に抱き寄せられた。
「栞。嬉しで。有難うな。」
「・・・喜んでもらったなら、良かったよ。俺はいっつも、お前にもらってバッカリで・・・。」栞は少し戸惑ったように、間宮の腕の中で微笑んだ。
「・・・黙って・・・。」
その言葉とともに。間宮の唇が、栞のそれを覆う。
「・・・。」
「・・・。」
深くなっていく口付け。やがて。
「・・・あかんな・・・。」
間宮が苦しそうに呟いた。
「?」栞が間宮を見る。
「我慢出来へん・・・。栞、頼む。ヤらしてくれ。」
「え・・・?」
「・・・良えから。下だけ脱いで、跨(ってくれたら良え。」
「跨(・・・!?何、言っているんだ?間宮。」
「どうでもダメやったら、口でしてくれても良えから・・・。」
「!!!!」
凄まじい物音が、間宮の部屋から聞こえた。
「・・・・!!」
事務所を出ようとしていた加納は、ビルの出入り口付近から大慌てで引き返すと、間宮の部屋に向かった。
「ど、どないしましたっ!?入っても良えでっか!?」
加納は扉越しに、部屋の内部向かって叫んだ。その瞬間。
「!!!!」
物凄い勢いで、部屋の内部から栞が飛び出してきた。
「し・・・栞?どないしたんや・・・?」
「・・・・!!」
栞は、血走った目で加納を睨んだ。服装が、さっき見た時より明らかに乱れている。
「・・・あのケダモノを、何とかしろ・・・!!」
震える声が、その唇から漏れた。
「け・・・。けだもの・・・?」
「・・・!!」
栞は唇を血が出るほど噛み締めていた。伏せた瞳から一粒。涙が零れた。
「栞!?」
「・・・。帰るよ。」
栞はそう言い捨てると、階段を駆け下りて行った。
「・・・。」
加納は、栞がビルから出て行くのを見届けてから、そっと間宮の部屋の中を覗いた。
「・・・・何、やってはるんです?」
「・・・。」
大きな事務机の向こうで。椅子ごと床にひっくり返っている間宮に向かって、加納は呆れたように呟いた。
「・・・何でこう。栞が相手やと、上手くいかんのかな。」
間宮は倒れたままで、小さく呟いた。
「何で栞の前やと、そこまでカッコ悪くなれるんか、俺が聞きたいくらいですわ。」
加納は溜め息とともに呟いた。
「・・・。」
「・・・。」
二人は暫らく黙っていたが。
「・・・・ふ!!!」
ついに大笑いを始めた。
「まあ・・・。少なくともチョコレートはもらえた訳やし・・・。」
「そうでんな。しかも、手作り。」
涙を流しながら二人は、笑った。
「もうチョイでんな。」
「そうやな。」
確かに。もう少し。
すぐソコまで。
愛しいヒトの心は、近付いていた。
−fin−
2004.02.15
いや。遠く離れたのでは(笑)・・・?
バレンタインに浮かされて書いてしまいましたが。どうしたものか・・・。あはは。