自慢のカレ
<1>

 ヤマト・レーネは。
 大国ケイロニアの隅っこの方にある、貧しい田舎の小さな村の、子だくさんの鍛冶屋の6人兄弟の末っ子だった。
 彼は学校を卒業してからもずっと実家に居て家業の手伝いをしていたが、20歳の時。両親無き後、鍛冶屋を切り盛りしてきた長兄の結婚が決まったのを契機に独立するコトにした。

 岩のようなヤツ。

 村の人間にそう形容される、上背もありガッシリした体格を持つヤマトは。
 頭も悪くは無いが都会に出て上の学校に進むほどではなく、運動神経も取り立てて良い訳ではなかった。おまけに喋るのが苦手で、恐ろしく無表情に見えるタイプであった。彼にしてみれば自分は充分感情豊かで、喜怒哀楽は表情に出しているつもりなのだが、ハタから見たら唇が僅かに上がるとか、眉毛が微かに下がるとか。とにかく良く見なければ良く分からない変化しかないため、ヤマトは感情に乏しい男だと思われていた。
 そのうえ。どちらかというと、人好きのする容姿ではなく、強い黒髪と同色の頑固そうな太い眉毛や一重の切れ上がった灰色の目は、無表情と相まって、どうかすると凄んでいるように見えた。またそれは。ハンサムとか美しいとかといった類の顔ではなく。評価としては中の上といったトコロで。どっちかというとマイナスポイントに近かった。
 彼の兄たちは、それぞれ。全員が全員これまたどうしたこっちゃと言うほど、この小さな村ではトップクラスのハンサムで、人付き合いも上手く出来の良い男たちであったのも災いし、ヤマトは彼らと否応無しに比較され必要以上に評価が下がってしまった感があるのも否めない。だが。全体的にみて、ヤマトはやはり出来が良いとはいえないと評価されても仕方無い部類の人間であった。
 まあ、そうしたこうしたで。自立するべく職を捜そうにも、貧しい彼の村では働き口は容易には見つからず、ヤマトは止む無く、一度も行ったコトのない王都に出て職を探そうと考えていた。
 だが。5人の兄たちは全員、不器用な末っ子を本当に愛していて猫かわいがりしており、村を出るというヤマトの意見に全員が大反対した。といっても。5人の兄のうち3男は学校を卒業と同時に村を出て、世界中を旅しているため不在だったが。長兄が結婚するからといって家を出る必要など無い、と言うのがもはやソレゾレ独立して一家を築いている兄たち意見で、ヤマトの独立はたちまち暗礁に乗り上げたかに見えた。だが。普段なら、兄たちの言うことに黙って従うヤマトが、今回ばかりは強情に首を振り続ける。これは。居心地の良い兄の元を離れをするべき時が来たと感じる、ヤマトなりの兄たちへの独立宣言でもあったのだ。
 4人の兄とヤマトとの膠着状態が続いていた、そんな折。
 たまたまヤマトの目に、村の掲示板にヒッソリと貼り付けられていた国王陛下の騎士団の入団試験のチラシが目に入った。実はヤマトは、剣の腕だけは、密かに自信を持っていた。田舎の学校でも、実技で負けたコトは一度も無かったのである。それだけを頼りに、5年に一度。王国中で一斉に行われる騎士団の入団試験を、過保護な兄たちは勿論のこと、友人知人、親類と。とにかく村の人間誰にも内緒でヤマトは入団試験を受けた。通常、合格までには最低でも3年が必要で、そのための学校まであるという狭き門。ほとんどダメモトで受けたのだが。マグレとはいえ恐ろしい。1000人に1人と言われる難関だったにも関わらず。ヤマトは、あっさり合格してしまった。
 ヤマトの村は大騒ぎになった。この小さな村で。いや近隣の村々全てにおいても、今までに正式な国の騎士が誕生したことなど一度も無かった。王都の騎士が誕生するなどタイヘンな名誉だと、村人たちは大喜びで、ヤマトは生まれて初めて、彼らに引き攣らない笑顔で肩をバンバン叩かれ、良くやったと褒められた。そして村を上げての壮大な壮行会に送られて。揚々と。村人たちの満面の笑顔に見送られヤマトは村を後にした。浮かれ気分の村人たちに紛れていたが、4人の兄たちはヤマトに見られないように泣いていた。辛かったら、スグに帰って来いと笑って見送ってくれた4人の、今にも泣き出しそうな辛そうな寂しそうな。そして何より彼らの心配そうな笑顔を、ヤマトは深い感謝と愛情を持って心に刻み付けた。
 とにかく。ヤマト・レーネは。
 村に就職口があったならば決して関わるコトのなかった国王陛下直轄の騎士団に、こうして入団したのであった。


 人生とは。

 まことに不思議で奇妙なもの。

 ヤマトが苦し紛れの成り行きで入ったその騎士団で、彼の人生は大きく変わることとなる。
 恐ろしいことに。国家の運命すら巻き込みながら。いや。ヤマトからすれば。巻き込まれたのかもしれないが。


 ヤマトが騎士団に入団してから1年近くの月日が、瞬く間に流れた。
 その日。
「・・・!」
 第一騎士団に所属する、貴族ヒューズ伯爵の子息であるライアン・M・ヒューズは。
 前から歩いてくる第三騎士団の騎士の、岩のような姿を見て足を止めた。
「ライアン殿?」
 ライアンの隣を歩いていた第一騎士団のやはり有力貴族の子弟である今年騎士団に入団したばかりの後輩は、急に立ち止まったライアンを不思議そうに見て、自身も足を止めた。そして、ライアンの視線を追って、やはり前から歩いてくるその、どう見てもパッとしない容貌の、第三騎士団の騎士の姿を訝しげに見た。岩みたいな男だな。と思いながら。
「・・・。」
 騎士は、ライアンたちの前で、いささかブッキラボウではあるが礼を失しない程度の会釈をして、無言で通り過ぎる。
「・・・。」
 だが。ライアンは会釈を返すコトもなく、無言で騎士を睨んでいた。
「・・・いかがされたのです?あの騎士が何か・・・?」
 騎士の後姿を見送りながら。温厚な人柄で知られているライアンの、見たことも無いほど激しい、相手に対する敵意を隠そうともしない態度に、後輩騎士は訝しげだ。
「あれが。ヤマト・レーネだ。」
 ライアンはコレ以上ないほど憎々しげに、吐き捨てるように言った。
「えっ!?あの、岩みたいな、冴えない男が!!」
 驚いたように叫んだ後輩騎士は、振り返ると去っていく騎士の背中を喰い入るように見詰めた。


 国王陛下の騎士団は。
 大まかにいうなら、第一、第二、第三の3つの組織に別れていた。
 花型は、第一騎士団。これは、騎士としての実力は勿論、家柄も何代も続いた大貴族といったトップクラスの人間しか所属できない精鋭部隊で、国王陛下の側近くに使える騎士と呼ばれるモノ全員の憧れの騎士団である。
 逆に第三騎士団は、ヤマトのような、平民出身者ばかりの騎士団。国王陛下顔を直接見ることは生涯無いだろう人間の集まり。第一騎士団への出世など望むべくもなく、いざ戦闘となれば、先陣を切らされる下っ端たちであった。
 第二騎士団は。それらが入り乱れた、裕福な平民や、才能のある平民。また身分のそれほど高くない貴族たちやまだ成り上がったバカリの貴族たち。いずれは第一騎士団への出世を狙う人間たちの集まりであった。

 その。騎士団としては最低ランクの第三騎士団に居り。その中でもパッとしない存在。それなのにヤマトは。
 何故か。
 ホトンドの騎士団員たちにその存在を知られている、騎士団の影の有名人であった。


 それは。入団から半年後のコトだった。
 ヤマトの立場がこのような微妙なモノに追い込まれる原因は、国王陛下の6番目の息子であるカシアス王子にあった。
 上に兄が5人も居るため、彼が国王になる可能性はほぼ無いと言われてはいるが。後妻ではあるものの、現在の正室である大国の王女であった身分の高い母親からの生まれ、20歳近く年下の彼女を妻の誰よりも愛しんでいる国王陛下に兄弟姉妹の誰よりも愛されている末の王子。また彼の生まれながら人の上に立つカリスマ性や、兄弟姉妹の誰よりも抜きん出ている才気を惜しみ。彼を次期国王にと望む声も多いのも事実である。
 国王陛下の寵愛を一身に受ける人並み以上の才能と誰もが見惚れてしまう男らしく逞しい美貌と身体に恵まれている王子。幼少から誰にも否やを言われたコトの無い人間特有の多少独善的なトコロも持ってはいるものの。育ちの良さを感じさせる多少の我がままさえ、却って魅力的でさえあった。
 今現在は修行を兼ねて騎士団に正式な試験を経て籍を置いている。勿論、騎士団においても。その逞しい大柄な身体から繰り出される剣技といい持って生まれた統率力といい。騎士として他の追随を許さぬ実力を見せ付け、入団から3ヶ月が過ぎる頃にはサラブレッド揃いの第一騎士団においても右に並ぶものがない、まさに騎士団におけるカリスマとなっていた。騎士団の人間は、いずれカシアスの下で働くコトを楽しみにしていると言っても過言ではないほどの人気者であった。
 そのカシアス王子と、ヤマトとの関わりでいえば。
 二人はタマタマ同時期に騎士となったというだけであった。まあ広義に同期生といえなくもないが。身分は天と地ほどに離れ、所属もマッタク違い将来的に交わることなど絶対に有り得ない二人であったのだが、研修期間は所属の騎士団に関わり無く皆一纏めに扱われるのために、たまたま。本当に偶然に、ヤマトがカシアスの剣の相手をする事態になってしまったのが、ヤマトにとっての不幸の始まりであった。
 剣技においては、自分でもそれなりの自負もあったヤマトは。憐れなことに。本人も(あずか)り知らぬことではあったが。実は。天才であった。


 カシアスと互角に剣を交える人間も殆んど居ないというのに。
 
 コトもあろうにヤマトは。

 開始から僅かに48秒で。カシアス王子を完膚なきまでに打ち負かしてしまったのであったのだ。
「・・・っ!!!」
 ヤマトに剣を弾き飛ばされ、首筋に剣を突きつけられ。
 呆然とヤマトを見詰めるカシアス王子と。
「・・・。」
 そんな彼を少し小首をかしげて何を考えているのかサッパリ分からない無表情さで眺めている冴えない男の姿を。騎士団全員が。
 大口を開けて。
 言葉も無く。
 見詰めているしかなかった。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
 彼らは、一見無表情に見えるヤマトが。
 実はとんでもない事をしてしまったと、内心どうして良いものかと真っ白になっていたコトなど。全然わからなかった。寧ろ、うろたえているその態度は不遜でふてぶてしくさえ見えたのだ。
 ヤマトとしては。カシアスがこれほど強くなければ、高貴な人間にちゃんと手加減出来た。カシアスがアマリに強かった故に、本気にならざるを得ず、ヤマトとしては、不本意ながら止むをえない仕儀になってしまったのだ。


 だが。それだけなら、まだ良かったのである。
 人知れずパニックに陥っていたヤマトは、その後、どうにも取り返しのつかない大失敗をしてしまったのである。


「・・・ッ!!!次は俺が相手だ!!」
 そう言って、そそくさ(・・・・)と隅に引っ込もうとするヤマトの前に、憤然と立ち塞がったのは、カシアス王子の幼馴染で親友で、親戚でもある、国で1、2を争う名門大貴族ヴァロア公爵家の次期当主グリフィスであった。王族と縁続きである彼は。幼き頃からその才気を知られ。長じた今は、その貴族的で硬質なストイックともいえる容姿にそぐわない激しさや勇猛果敢さをヴァロア家の紋章である虎の紋章とであることをかけて、『ケイロニアの猛虎』と尊敬と畏れを込めて呼ばれる、騎士団におけるカシアス王子と並ぶカリスマであった。
「・・・。」
 彼の憤怒を隠さぬ表情に度を失ったヤマト(とてもハタからは、そうは見えなかったが)は。開始30秒で。明らかにワザと。
 ワザと。
 負けたのだった。わざとらしく剣を取り落として(わざとらしかったのは、ヤマトが不器用だからなのだが)。
「参った。」
 ホッとしたような顔で。グリフィスの目を真っ直ぐ見詰めてそういうヤマトに。
 グリフィスの顔は、怒りのあまり赤を通り越して蒼白になり、身体は小刻みにブルブルと細かく震えていた。
 馬鹿にされた。
 第一騎士団全員が、そう思った。



 このコトは。カシアスやグリフィス。というより、彼らに心酔するものたちプライドをいたく傷つけた。
 ヤマトは不本意ながら、第一騎士団ほぼ全員の恨みを買うコトとなってしまったのである。酸いも甘いも嗅ぎ分けたような年配の騎士のナカには、ヤマトの素晴らしい才能をほめてくれ、カシアスにとってこの予期せぬ敗戦は、素晴らしい糧となるだろうと言ってくれる人間だって居た。だが。アクマで少数派である。ホトンド居ないといっても良かった。
 身分の低い者ばかりの第三騎士団で、第一騎士団員のような高貴な方々にその存在を意識されるというのは何とも居心地が悪い。親しかった同僚たちも目に見えてヤマトを避けるようになり、ヤマトは本当に身の置き所ない気分を味わっていた。だが、相変わらずハタから見ればふてぶてしい以外のナニモノでも無い態度で、彼らに睨まれる度に、ヤマトなりに必死で彼の出来うる限りの丁寧な会釈を繰り返した。

 ヤマトにしてみれば。とんだ災難であった。
 だが。災難はコレだけでは終わらなかった。いや。災難と呼んで良いのかどうかかは分からないが。


「ヤマト。災難だな。」
「・・・。」
 そう声を掛けてくれたのは。
 同時期に騎士団に入団した同僚のマルコであった。彼はヤマトがみてくれほどフテブテシイ男でないコトを知っている騎士団では数少ない男であった。そして。この一連の出来事で、ヤマトが神経を磨り減らしていることも良く知っていた。
「・・・わざと負けたのは、拙かった。」
 ヤマトは反省していた。出世しようという意欲も無かったヤマトは。カシアス王子との一戦後の、周りの凄まじい反応が俄かに怖くなり、必死で考えた挙句あれはマグレだと思わせようと、あっさり負けたのだった。だが。
『・・・このような屈辱を受けたのは、初めてだ・・・。』
 震える唇でそう言ったグリフィスを見た時に。
 オノレの間違いを悟った。
 決してやってはならないコトだったと。
 相変わらず。顔には少しも出ていなかったが。
「ま。気にスンナ。仕様が無いよ。お前の方がカシアス王子より強かったんだから。人の噂も75日だ。来年『剣合わせの儀』でカシアス王子が優勝すれば、それで終わるさ。」
 『剣合わせの儀』とは、年に一度、国王陛下の御前で行われる、いわゆる勝ち抜き方式の武術大会である。お祭り色が強いとはいえ、第一、第二、第三騎士団が入り乱れ、身分の上下なく公平に純粋に剣の腕だけを競える唯一の大会であり、優勝者は、国王陛下から直に言葉を戴けるだけではなく。かつては平民が爵位を賜ることや第三騎士団から第一騎士団への前例が無い昇進もあったという、腕自慢の人間には大きなチャンスでもあった。ために。一応、自由参加という建前ではあるものの、余程剣の腕に自信がなければ誰も参加しない。一分と持たずに剣を吹っ飛ばされ、恥を掻くのはゴメンだからだ。それぞれの騎士団及び騎士団内のもう少し細かい編成の師団単位に、師団の面子にかけて腕利きを出してくるのが慣例となっていた。
 確かに。その大会でカシアス王子が優勝すれば、ハナシは収まるかもしれない。ヤマトの属する師団でも、敢えてヤマトを出場させて第一騎士団と険悪になる気もないだろう。ヤマトは微かな救いの光を感じて、小さく溜め息を漏らした。
「それより、パーッといこうぜ。明日は休みだし街に繰り出して呑んで最後は『アリシアの館』に行こう。」
「・・・。」
 『アリシアの館』とは。ヤマトたち第三騎士団の馴染みの娼館のひとつであった。それほど高くもなく、女性もソコソコのレベルであり、皆が重宝していた。だが。
「・・・飲みには付き合うが、『アリシアの館』は遠慮するよ。」
 ヤマトは、そこには一度も足を向けたことは無かった。
「偶には良いじゃないか。婚約者殿だって見ない振りをしてくれるさ。」
「いや・・・。」
 ヤマトはこうした誘いを断る理由に、村に残してきた婚約者の存在を上げていた。律儀過ぎると皆笑ったが、無骨なヤマトが拘りそうなる理由だと、納得してくれるに足るモノだった。そして。それは嘘でもなかった。ヤマトは村に婚約者が居た(・・)。ただし、ヤマトが10歳の時に解消してしまってはいたが。


 食事も兼ねて軽くイッパイ引っ掛けてから、二人はほろ酔い加減で居酒屋を後にした。『アリシアの館』に行くというマルコと別れ、ヤマトは一人で宿舎への道を歩き始めた。
「・・・。」
 少し足元が怪しい。飲み過ぎたという自覚はあった。
 ここ半年間の状況は、ヤマトの精神をすり減らしていた。騎士団を辞めようとも思うのだが、だからといってそれからのコトを考えると決心もつかない。
「・・・。」
 ヤマトは、自分の女々しさを嘲笑(わら)った。結局、兄たちの元を離れても、自分は少しも変われない、と。
「・・・。」
 そのヤマトの肩を。その時。
 誰かが物凄い力で、引いた。
「・・・えっ!?」
 ヤマトは酔っていたせいもあり、思わぬ方向から力を掛けられて、バランスを崩してよろめいた。
(・・・転ぶ。)
 そう思った瞬間に、ヤマトは多分彼の肩を引いた人間の、逞しい胸板に倒れ込んでいた。
「・・・!!」
 相手に抱きつくようなカッコウになってしまい、うろたえて起き上がろうとしたヤマトの肩を。
 だが、相手は離さず。それどころかもう一方の肩まで掴まれて、強引に相手と向き合わされた。
「・・・!?」
 言葉もなく。自分より一回り大きな男を見詰めるヤマトに。
「・・・随分、ご機嫌じゃないか。」
「え・・・?」
 ヤマトは、この突然の闖入者を呆然と見た。
「・・・。」
 良く見れば、男は一人ではなかった。3人組だ。目深にグレーのフードを被っているので顔は見えないが。どうやら同じ騎士らしい。しかも。
(第一・・・。)
 ヤマトは唇を噛んだ。
 いつかはこんなコトになるだろうと思ってはいたが。
 いや、今まで無かったのが不思議だった。ヤマトとしては、さすが高貴な方々は違うと妙に感心してもいたのだが。あれだけ、不興を買ったのだ。2、3人でフクロ叩きにされるくらいで済めば、御の字かもしれない。
「・・・。」
 ヤマトは小さく溜め息を吐いて、自分の向かいの相手の顔を覗き込んだ。瞬間。
「・・・っ・・・・!!!」
 固まってしまった。
「・・・。」
 相手は無言で、ヤマトの腕を掴み直すと、固まったままのヤマトを引き摺るようにして、歩き始めた。




「・・・。」
 ヤマトが引き摺られるように連れて来られたのは、人目につかない小さな路地裏の袋小路。
「・・・。」
 突き飛ばすように石畳に叩き付けられて、たまらず転倒したが。ヤマトは痛いほどの力で掴まれていた腕をやっと開放されたことで、ホッとしていた。
「・・・。」
 ヤマトの腕を掴んでいた男は小さく舌打ちをすると、残りの二人に顎をしゃくった。
 二人は無言で背を向けた。どうやら、路地の入り口の辺りで、見張り役を努めるようだ。さすが第一騎士団というか。一人に複数で襲い掛かるというような真似はしないらしい。
「・・・。」
 だが、ヤバイ状態なのには変わりがない。ヤマトは小さく溜め息を吐いて、チラリと上目遣いに男を見た。
「・・・。」
 男は偉そうな仁王立ちで、ヤマトを見下ろしている。
(・・・怖いし。)
 誰がみてもそうは見えないだろうが。
 ヤマトは怯えていた。いくら剣術に才があろうとも、所詮は田舎の鍛冶屋の息子。根本的に代々騎士として戦場で名誉を守ってきただろう第一騎士団の面々とは、心構えが違うのだ。だが。
「・・・怖いのか。」
 男は偉そうだったが、兄たちを除けば、今まで誰も分かったコトのないヤマトの精神状態を的確に言い当てた。
「・・・。」
 ヤマトはちょっとビックリして、男を見た。
「ふん。お前は、本当に表情の無いヤツだな。それじゃ、困るだろう。」
「・・・。」
「おまけに、ホトンド喋らないようだし。・・・少しは弁解をして回れば、可愛げもあるものを。」
「・・・。」
 そう言うと、男はフードは跳ね除けた。
「・・・。」
 ヤマトは眩しいモノを見るかの様に、目を眇めた。
「・・・この俺が。お前なんかに手加減なんぞをされるとはな。」
 口惜しげに。唇を噛み締めて現れたのは。
 艶やかな絹のような銀色の短髪。
 人を射抜くような、鋭い金色の瞳。
 滅多にお目に掛かれない、典雅な。それでいて精悍で男らしい美貌。これ以上はないだろうと思わせる雄のフェロモン全開の逞しい体躯。

 本来ならば。ヤマトなど顔を見ることも出来ないような高貴な存在。次期ヴァロア公爵。グリフィスその人であった。


「・・・っ・・・。」
「・・・何とか言ったらどうだ。」
「あ・・・。」
 第一騎士団の人間だとは思ったが。これ程の雲の上の存在が、直に報復に現れるとは夢にも思わなかったヤマトは。ぶざまに這い蹲ったまま、口も利けずに呆然と彼の人を見上げていたが。やがて身体を大きく震わせると、大きく一度瞬きをした。
「状況が分かっているのか?カシアス殿下を崇拝する一部の騎士たちの間で、お前に対する不穏な動きがあるのを。今まで5体満足で居られたのが不思議なくらいだ。それをこんな夜中に、ノコノコ酔っ払ってたった一人で人気の無い道を歩いているとは・・・。襲って下さいと言っているようなモノだ。」
「・・・。」
 グリフィスの言葉に、ヤマトはもう一度瞬きをした。
「・・・ったく。本当に何を考えているのか、判り辛いヤツだな。要は、不器用なんだろ!!」
「あ・・・。」
 ヤマトはもう一度、微かな声を出した。
 雲の上のカリスマは。さすがに人を見る目に()けているようだった。
「・・・お前に負けて・・・。カシアス殿下は最初こそいきり立っておられたが。結局は、自分の力不足と慢心を悟られて、お前に剣の教えを請おうとさえなされている。それで、お前のことはイロイロ調べさせてもらった。」
「・・・え・・・?」
 意外すぎる展開に、ヤマトはついていけない。
「それで、お前の人となりは俺なりに大体把握したつもりだ。・・・見掛けより、善人らしいというコトもな。」
「・・・。」
 ヤマトは呆然とグリフィスの夢のように美しい顔を、見詰め続けていた。
「だがな!!誤解するな。俺は、お前の行為を許しているワケではないぞっ!!!」
「あ・・・。」
 そう言ったグリフィスの金色の美しい瞳に、紛う事なき怒りを見て取って、ヤマトは、やっと我に返ったように彼から視線を外して俯いた。
「フクロにするのは簡単だがな。俺があの時受けた屈辱は、そんなコトで、払拭出来るモノでは無い!!」
「・・・。」
「お前は。誇り高きヴァロア公爵家を侮辱した。」
「・・・そんな・・・。」
 ヤマトは顔を上げることも出来ずに、俯いたまま視線を彷徨わせた。
「負けるのは良い。・・・それは、仕方ない。身分の上下に関わるものでは無い。強い奴が勝つ、当然だ。だが。お前は男として、騎士として。してはならないコトをした。」
「・・・。」
 オトコとして・・・。
 ヤマトは唇を噛んだ。それは、重々分かっていた。悪いのはヤマトだ。
「・・・申し訳・・・。」
「簡単に、謝るなっ!!!」
 グリフィスが叫んだ。
「・・・。」
 ヤマトは身が竦んだ。どうしようもなく、怖かった。グリフィスが持つ。そして現在発散している。牡としての気配が。


「・・・。」
 目の前で大きく身体を震わせた岩のような男に。
 グリフィスは小さな溜め息混じりに、小さな言葉を吐いた。
「例え敗れても。恥を掻いても。本気で()りたかったんだよ。俺は、お前と。」
「・・・。」
 目の前のオトコは。消えてなくなってしまいたいというように、地面に這い蹲ったまま身体を小さくした。
「・・・。」
 グリフィスは、溜め息を吐いた。ヤマトが皆に言われるほどふてぶてしい男ではない、と思っていた。田舎の無骨な善人だというのは、調査の過程でスグに判った。口が不器用で誤解されやすい損なタイプだと。
 ヤマトに与えられた屈辱を思えば、業腹ではあったが。いつまでもこの下賤のモノに心乱されるのは、もっと業腹だった。思えば。勝ちを譲られたあの瞬間、あの場所で、グリフィスはこの無礼なオトコを切り捨てるべきだったのだ。如何に怒りに我を失っていたとはいえ、それをせず、結果的に騎士団内にしこり(・・・)を残してしまったのは、常に指導的な立場を義務付けられているグリフィスに(とが)があった。騎士団のためにも、今この場で、禍根を断つのが順当だった。

「許嫁に、操を立てているらしいじゃねえか・・・。」
 グリフィスは、唐突にそう言った。
「・・・。」
 小さくなっていたヤマトが、怪訝そうに視線を上げて、グリフィスを見た。
「・・・。」
 グリフィスは、もう一度溜め息を吐いた。
 多少の行儀の悪さは育ちのせいだと目を瞑り。グリフィスは、ヤマトを許すことにした。カシアス王子のために。いや、自分の将来への野望のためにも。ヤマトの類い稀れなる剣の腕が必要になるときが、必ずくる。
「・・・操立ても結構だが。どうやって処理しているんだ?」
「・・・大きなお世話です。」
 ヤマトの頬が僅かに紅潮した。気の強さが微かに伺える。いい傾向だ。グリフィスは満足した。いくら腕が立っても、気弱なオトコでは修羅場ではハナシにならない。それに、反応が微妙にカワイイ。もう少し揶揄(からか)うつもりになった。
「・・・おい。もしかして、童貞か?」
「・・・っ!!!」
 今度は。
 目の前の男の顔は、湯気が出そうなほど紅に染まった。首筋、腕。肌が見えるトコロは全部だ。年の割りにえらく純情な男だと、グリフィスは思った。
(・・・ほう。)
 鉄壁のポーカーフェイス。常に飄々としていて、物事に動じるのを見たことがないと評されるオトコの。思い掛けない初心(うぶ)な反応に、グリフィスは瞬時に復讐の手段を思いついた。
 いや。少しだけヤマトに恥を掻かせて、この一件を終わらせようと思ったのである。
「ズボンを脱げ。」
「・・・はぁ?」
「童貞なんだろ?いざというとき役に立つか、見てやる。」
「・・・!!!」
 真っ赤だったヤマトが、一瞬で蒼白になるのは。見ものであった。

 ズボンを取り上げて、そのままの格好でヤマトには騎士団に帰ってもらう。途中で衣服を調達するにしても、一人や二人騎士団の誰かとであるだろう。そうして、ヤマトの下半身丸出しの情けない格好のコトが噂になれば、プライドの塊のような第一騎士団の連中の腹の虫も治まるだろう。グリフィスはそう思った。多少悪趣味だが、男集団の騎士団のコトだし、悪ふざけの範囲内だ。

「・・・や、やめて下さい・・・。」
 蒼白になったヤマトが、袋小路の壁際まで後退さる。
「俺も満座で恥を掻かされた。お前も一掻きしろ。それで、この件は仕舞いだ。」
 じりじりとヤマトとの間合いを詰めながら、グリフィスは微かに笑った。
「・・・い、嫌だ・・・。」
 ヤマトは子供のように、首を振った。
「・・・。」
 その目に涙らしきモノが浮かんでいるのを見て、グリフィスは少しだけ首を傾げた。いくら初心でも、少し過剰反応ではないか。だが。
「あきらめろ。」
 そう言って、ヤマトに腕を伸ばす。瞬間。
「・・・っ!!!」
 信じられないコトに。

「俺に触るなああああっ!!!」

 ヤマトはそう叫ぶと。腰の剣に手を掛けようとした。
「!!!!」
 グリフィスは、素早くその手を押さえつけた。剣を持たれては、面倒なコトになる。力だけならグリフィスの方が身体も大きいし、力も強い。剣以外の体術で、ヤマトが頭角を現しているというのも聞いたコトがない。だが。剣ならこの天才には敵わない。負ける。剣はまずい。グリフィスもそれなりに必死であった。
「・・・!!!」
 グリフィスは体格の優位にモノをいわせて、背中から圧し掛かったカタチで、ヤマトの腕の動きを封じると、躊躇(ためら)うことなくズボンに手を掛ける。ボヤボヤしていたら、まずい。
「いやだあああっ!!!!」
 自分に圧し掛かってくる重みに、ヤマトはパニックを起こした。滅茶苦茶に手足を振り回して暴れる。
「おい。大げさだな。別に強姦しようってワケじゃない。ちょっと恥を掻いてもらうだけだ。」
 グリフィスは苦笑した。本当に、大げさなオトコだ。まるで女のような反応だ。
「・・・。」
 そう思った瞬間だった。
「・・・。」
 ヤマトのズボンの紐を解いて、グイとそれを引き下げようとしていたグリフィスの手が止まった。

「・・・・うあああああああぁっ・・・・!!!」

 同時に。グリフィスの身体に押さえつけられていたヤマトが。叫び声とともに渾身の力でグリフィスの腕を振り払った。
「・・・。」
 そのまま。死に物狂いの形相で、グリフィスからもっとも距離のある壁際に逃げた。顔色は紙のようで、身体は哀れなほど震えている。
「・・・お前・・・。」
 だが、顔色を変えていたのは、グリフィスも同様だった。呆然と震えているヤマトを見詰める。
「・・・。」
「お前、その身体は・・・。」
「・・・っ!!」
 震えていたヤマトが。グリフィスの言葉を聞いて、自分の身体を抱きしめるとぎゅっと目を瞑った。
「お前・・・。まさか・・・・。」
 グリフィスは。自分の我ながら、うつろな声を。半ば放心状態で聞いていた。
「・・・・・・ふたなり(・・・・)・・・・・・なのか・・・?」

−to be continued−

2005.12.03

 はい。両性バナシです。嫌いな方、ごめんなさい。インデックスに書こうかとは思ったのですが。一応、えっ、この岩オトコが!!と驚かせたくて、内緒にしておりました。もしご不快に思われた方がいらっしゃったら、すみません。
 多分、あと2話くらいで終わります。岩オトコにお付き合い願えたら嬉しいです。
 題名はなあ。アトで変更が入るかも・・・。あはは。ある意味、気に入っているんですが。

 

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