月の明るい夜だった。
「まだ、起きてやがったのか?」
 夏の気配が漂ってきているとはいえ、まだ日が翳ると肌寒さを感じる季節。(さくら) 大吾(だいご)は、宗方本家の広大な屋敷の濡れ縁に座り込んで、ぼんやりとこれまた広大な庭を見ている風呂上りのパジャマ姿の風間(かざま) 零一朗(れいいちろう)に声を掛けた。
「ああ。眠れねえ。」
「・・・心配事か?」これまた風呂上りのパジャマ姿だった大吾は、ニヤリと笑うと、零一朗の隣に腰を降ろした。
「・・・。」零一朗は目だけ動かして、大吾を見た。
「竜頭のことか・・・?」大吾は零一朗の視線を無視して、呟いた。
「・・・竜頭?・・・あのオッサンがどうかしたのか?」
 心底怪訝そうな零一朗の言葉に、大吾は苦笑を浮かべた。それから溜め息を吐いて、空に浮かぶ月を見た。
「・・・そういう妙に世間に疎いトコロ。本気で好きだぜ、零一朗。」
「・・・?」
 大吾は可笑しさを抑え切れなかった。
 恐らく。零一朗は、本気で言っているのだろう。
 この世界では、知らないモノの無い竜頭 達彦と言えども、零一朗に掛かれば形無しだ。
 この。
 タダの高校生を巡って右往左往している、大物と呼ばれるヤクザたちが可笑しくて仕様が無い。
 実際、ヤクザの思惑など、零一朗は何の興味もないだろう。ヤクザなど彼にしてみれば、ゴミ以下の存在だ。ゴミの考えるコトなど零一朗はイチイチ頓着したりはすまい。
 零一朗が大吾を特別扱いしているのは、単に高校時代の親友としての思い出があるからに過ぎない。事実、やくざに成り果てた大吾がこの先どんな人生を辿ろうとも、彼がそのころを憂うコトは決して無いと、大吾には断言出来た。
 だから。
 大吾を快く思っていなかった関東連合の人間が、零一朗にチョッカイを掛けたのも。
 それに腹を立てた零一朗が、そいつらを返り討ちにしたのも。
 零一朗が、竜頭の腹違いの兄と知り合ったのも。
 竜頭が零一朗に惚れたのも。
 それに端を発して、大吾と竜頭が表立って敵対したのも。
 全てはタダの巡り合わせ。運命のイタズラに過ぎない。
 零一朗には何の関係も無い。だが。
「・・・。」
 大吾は無言で、隣に座る男を見詰めた。
 月明かりに。
 その類まれな美貌が浮かび上がる。
 好むと好まざるに関わらず。幾多のオトコたちを虜にしてきたその美貌。
 一つ一つの造作の美しさも勿論だが、それらが風間 零一朗というオトコになった途端に放たれる、他の誰にも出せない(あで)やかさ。
「・・・。」
 大吾は何千回見詰めても。その度、新たに小さく感嘆の溜め息を漏らした。今夜も例外では無い。
(・・・月にも負けやしねえ。)
 大吾は本気でそう思った。
「・・・傾国・・・。と謳われた美女たちは・・・。皆、お前のようだったのかも知れねえな。」
 大吾がポツンと呟いた。
「お前の戯言を聞きたい気分じゃねえな。」零一朗は、不愉快そうだった。美女に例えられたのが気に入らなかったのだろう。
「・・・。」
 大吾は小さく笑った。
「大吾。俺はお前が、俺をこんなトコロに連れてきた理由が知りたいんだ。」
 零一朗はそう言うと。今度はしっかりと大吾を見詰めた。
「・・・。」大吾は笑みを消した。
 零一朗は。
 学校からの帰宅途中に。ホトンド拉致と言っても良いカタチで。
 大吾にここに連れて来られていた。
 無体な真似に対して、ホトンド無抵抗に従ったのは、相手が大吾であったからに他ならない。その理由を、大吾はまだ零一朗に告げてはいなかった。
「お前には、分らねえだろうな。竜頭を『あのオッサン』呼ばわりしているんじゃな。」
「・・・。」
 零一朗は眉を寄せた。
「『あのオッサン』は、お前に本気で惚れている。形振り構わず手に入れるつもりだぜ。」
「・・・。」
 零一朗は、右目を眇めた。
「・・・。」
 大吾は小さく笑う。
「俺は、零一朗。相手が竜頭なら・・・。お前は野郎には敵わねえと思っている。」
「・・・見縊(みくび)られたな。」
 零一朗は特に怒った風でもなく、呟く。
「事実だ。現在(いま)のお前では。あの野郎には敵うまい。残念ながらな。」
 大吾はそう言うと、零一朗に向かってゆっくりと逞しく長い右腕を伸ばした。
「・・・。」零一朗は、自分に向かって伸ばされたその手をジッと見詰めた。
「俺は正直。お前の恋人になろうと思ったコトは一度も無え。」大吾は言った。
「・・・。」
「だがな。・・・お前が、他の男のモノになるのは我慢出来ねえ。」
「・・・。」

「・・・渡さねえ。」

 大吾はそう言うと、凄まじい力で零一朗の髪の毛を掴んで、身体ごと引き寄せた。
「・・・。」
 零一朗は、大吾に掴まれた髪の毛の拘束よりも。そのギラついた目の光に身動きが取れなかった。
 ケダモノの目。
 獲物を捕えた肉食獣の眼差し。
(喰われる・・・。)
 零一朗は、正直慄くようにそう思った。だが。
「・・・お前は。竜頭が怖いのか。大吾。」
 唇は、別の言葉を紡ぐ。
「・・・。」
 零一朗の言葉に大吾は、すぐには答えなかった。だが。
「怖えさ。彼奴の持つ狂竜の異名は、伊達じゃねえからな。」
 言葉とは裏腹な不敵な笑みを唇に乗せてそう言うと、大吾は零一朗に噛み付くように口付けた。
「・・・っ!!大・・・っ。待・・・!!!」
 大吾の逞しい腕の中で、零一朗がもがく。
「うるせえ黙れ!黙って、俺を感じていろ!!」
 そう言うと大吾は、濡れ縁に零一朗を突き倒すように押し倒した。
 固い板の間に叩きつけられた背中の痛みを感じる前に、零一朗はその身に大吾の重く大きな身体の圧迫感を感じる。
「・・・うっ・・・!!」
 息苦しさに零一朗が喘ぐ。
「・・・。」
 大吾は無言で、零一朗のパジャマの上衣を引き裂いた。剥き出しになった肌に大吾は躊躇うことなく喰らいついた。零一朗の白い肌に点々と刻まれる大吾の残す所有の傷痕。キスマークなどでは到底収まらない凄まじい執着の痕跡。
「・・・っ!!!」
 零一朗は、その痛みに呻く。
 消えない痛み。
 大吾の底光りのする瞳が、零一朗を射抜く。
 本気で抗えば、例え殺し合いになったとしても好きに扱われるコトは無い。だが。
「お前を抱くオトコは、俺だけだ。零一朗。他のオトコに抱かれるコトは許さねえ。」
 その大吾の目に。
 その身勝手な言葉を吐くオトコの目の中にある、愛とか恋とかいう生ぬるいものではない、その凄まじいまでの情念や独占欲。それを。
「・・・。」
 零一朗は同時に、自分の中にも見ていた。
 互いに対する狂気のような執着。それは愛とかと呼べるモノでないかもしれない。だが、他の何よりも熱く激しく身を焦がした。
「うわっ・・・!?」
 零一朗は、腕を上げると馬鹿力にモノを言わせて大吾の顔を引き寄せた。そして。
「その舌噛み切るぜ。・・・他のオトコを抱いたなら。」
 やはり射抜くような眼差しで、大吾に告げた。
「・・・。」
 大吾は再び肉食獣のような笑顔を浮かべた。そして。


 互いを貪りあい、喰らい尽くすような口付けが始まった。


 喰うか、喰われるか。
 二人はお互いを骨の一本余すことなく、しゃぶりつくすつもりであった。
「・・・。」
 大吾の愛撫に応えて、零一朗が漏らす喘ぎ声。大吾の乱れた荒い呼吸。
 長い間、(かつ)えていたかのように。砂漠の旅人がオアシスに辿り着いたかのように。二人とも死に物狂いで互いの身体を貪った。泳ぎを止めると死んでしまう鮫のように。
「・・・んんっ・・!!!」
「・・くっ!!!」
 ほんの少しの快感も逃すまいと、乱暴に脚を絡ませあい身体を密着させ、逆に掌と舌は忙しなく繊細な動きを見せる。
「あの夜・・・。」荒い息を吐きながら、大吾が呟く。
「ああ!?喋べってんじゃ・・・ねえっ!」欲情に頬を染めた零一朗の不機嫌そうな声が、組み敷いた身体から聞こえる。大吾は微笑んだ。
「あの夜。桜の木の下で、お前を抱かなかったコトを。俺はずっと後悔していたと言ったら、怒るか?零一朗。」
「・・・。」
 零一朗が軽い舌打ちを漏らす。
 大吾は零一朗の耳の後ろに吸い付いた。キツク吸い上げる。
「・・・。」
 零一朗は溜め息のような吐息を漏らすと、大吾の逞しい背中に、わざと爪を立てた。それを合図のように。
「・・・っ!!!」
 大吾は強引に、零一朗のナカへ挿いった。
「・・・零一朗・・・っ。」
 キツイ。きつくて狭い。そして熱く。蕩けるように甘い。溺れる。大吾は、真剣にそう思った。この肌を。このナカを知ってしまっては、もう他の人間を抱くコトは出来ないかもしれない、と。
「・・・っ。イイッ・・・か・・・?」
 乱れた息の中。
 汗を飛び散らせて、零一朗が大吾に問いかける。
「・・・っ!!!」
 恐らく、ハジメテだろう零一朗の肉体に、この行為はカナリの負担を強いているハズなのに。
「・・・。」
 零一朗は、微塵もそれを見せなかった。
「・・・っ!!!」
 大吾は、検討を付けて零一朗のオトコのポイントを死に物狂いで突く。余裕などカケラも無かった。少しでも気を抜くと。容易く快感に意識ごと持っていかれる。
「・・・ん。うう・・・。ああっ。はあはあ・・・。」
 零一朗は、最初から声を殺さなかった。普段のクールな表情は、千路に乱れ。生理的に目に浮かぶ涙は、雄の欲情をこのうえもなく煽る。
「・・・。」
 大吾は零一朗を何度も突き上げた。容赦なく突き上げ打ち込み揺さぶりながら、いつの間にか噛み切った自分の唇の味を知る。
 それは大吾の欲望を受け止めながら、無意識に噛み締めた零一朗のモノと、混じりあい、一つになる。
 音をたてて、しゃぶる。舐め尽くす。
(・・・竜頭。お前には、死んでもこの男を渡さない。)
 俺のモノだ。
 大吾は思った。
「ああっ!!!」
 大吾の打ち込みが、深いトコロを抉る。零一朗の身体が、快感を訴えて細かく震える。
 零一朗が白い咽喉を仰け反らせて、悲鳴のような喘ぎ声を上げた。
 誰が渡すものか。
「・・・!!!」
 大吾は零一朗の白い咽喉に喰らいついた。そして。
 大吾は叫んだ。
「・・・っ!!!」
 声にならない言葉で、誓った。
 嘘では無い。
 他の男に渡すくらいなら。この手で殺す。その瞬間。
「他の男に渡すくらいなら。この手で殺す。」
 組み敷いた。世界で一番美しい男が。低い声で呟いた。
「・・・っ!!!!」
 大吾は、自分の生殺与奪権が。このオトコに委ねられたことを悟った。呻くように応える。
「俺を殺すコトが出来るのは。・・・この世でタダ一人の。お前だけだ。零一朗。」
「・・・ケンカで。俺以外に負けるコトは許さねえぞ、大吾。」
 零一朗の欲望に潤むぎらぎらした目が、大吾をどうしようもなく魅せる。
 それは。命令だった。この上も無く淫らで神聖な笑みを、その美しい顔に浮かべながら。
「・・・!!!」
 大吾は、零一朗に噛み付くようなキスを落とした。

 例え。世界を敵に回しても。
 お前が、望むなら。俺は勝ってみせる。必ず。

 不敵な笑みを、その男らしい頬に刻んで。
 大吾は自分の命より大切なモノに向かって、誓いを立てた。

−fin−

2004.05.04

 差し替えました。
 いや。アクマで可奈と美佐子の妄想です(笑)。フィクションです。こんなコトは絶対に有り得ません(笑)。
 まあ、こういうコトがあってもオカシクは無かったかも。うふふふ。エロはやっぱり控えめ。期待していた方ごめんなさい(笑)。
 

BACK