「・・・?」
 風間(かざま) 零一朗(れいいちろう)は、目を開いた。
 いつの間にか眠っていたらしい自分を訝りながら、上半身を起こした。
 眠る前のコトを覚えていない。
(・・・飲み過ぎたのか・・・?)
 零一朗は首を振って、辺りを見回した。
 だが、そこは。
「・・・!!!」
 何も無かった。
 何も無い、乳白色の闇がどこまでもどこまでも広がっている空間だった。
 引き摺り込まれた!?――――
「・・・。」
 零一朗は唇を噛んだ。
 彼の居る場所は、零一朗の生きている世界とは明らかに違っていた。
「・・・。」
 零一朗は立ち上がって、周囲を見回した。
 何の気配も無い、白い空間。あるのは、自分が立っている白い地面のみ。

「・・・ここは、檻だよ。」

「!」 
 ふいに背後から聞こえた声に、弾かれたように身体ごと振り返って、身構える。
「・・・。」
 目の前に居るのは、一部の隙も無いような上質のスーツに身を固めた長身の男だった。こんな間近に立たれるまで気付かなかったコトに驚愕している零一朗の隙をついて、男は一気に距離を詰めてきた。
「一体、何者だ・・・っ!?」
 零一朗の言葉が終る前に、その男は零一朗の腕を掴むと、アッという間に彼を身体の下に組み敷いた。
「高校生の君は、まだ俺を知らないんだな。はじめまして、零。俺の名は勝又。勝又(かつまた) (しょう)という。」
 そう言って微笑むオトコの顔は。
 控えめに言って、信じられないほど愛らしかった。美貌には違いないが、オトコ臭さをマッタク感じさせない。決して女性っぽいというのではないが、可愛らしいのだ。そう。もし天使が存在するのなら、こうだろうと思えるような。無条件で誰もが微笑み返してしまうような、そんな邪気の無い笑顔。だが。
「・・・檻と言ったな。」
 その笑顔は、零一朗の背筋を凍らせた。
 抑えつけてくるオトコの凄まじい程の容赦ない乱暴な力。腕を押し返そうとしても、びくともしない。痛みに零一朗は声を上げそうになった。ウラハラな微笑。
「・・・そう。俺が作った。あんた用の檻だよ。ここからは、逃げ出せない。少なくとも、高校生のあんたには。零。」
 勝又は、うっとりと周囲を見回して、最後に零一朗を見降ろした。愛らしい外見とは、程遠い凶悪なセリフがその唇から漏れる。
「ここには入り口も出口も無い。ただ永遠に続く空間があるだけだ。俺は、ここでお前を飼うのさ、零。」
「・・・零、零と・・・。慣れ慣れしいんだよ、オッサン。」
 零一朗は、歯軋りとともに言った。信じられないが。この可愛らしい男に、腕力では敵わないならしい。
「・・・。」
 勝又は少しだけ目を瞠ると、小さな笑い声を立てた。
「失礼。実世界では、あんたは俺より年上なんだがな。・・・もう少ししたら、出会うハズだった。」
「・・・。」
 このオトコは時間を越えてきたとでもいうのか。サスガの零一朗にも信じられない。そんな途轍もない能力を持った人間など見た事も無い。だが、この空間。この男は檻だと言った。ここからは逃げ出せない。何も無いのだから。
「・・・。」
 得体の知れない男。零一朗は改めて、ゾッとした。
「・・・俺とあんたは、どういう関係なんだ?」
 零一朗の震える声で、問いかけた。勝又は笑う。
「もう将来のコトなんか、関係ないさ。あんたはここで。俺に一生飼われるんだからな。」
 勝又は心底嬉しそうに微笑んだ。
「ふざけるな。」
「ふざけてないさ。冗談で、こんな空間を作れるモノか。サスガの俺もカナリ消耗したぜ。だが俺は。これからのあんたを、俺以外の誰にも見せたくないんだ。」
「・・・ガキみてえな面しやがって・・・。変質者か!!」
 零一朗は叫んだ。
「・・・。変質者ね。まあ、そうかもしれん。その思いだけで、俺は時間と空間を越えてきたんだからな。それなりの執念だろう?」
「・・・こんなトコロで、人間が暮らせるものか。気が狂う。」
「・・・良い子にしていたら、そのうち、おいおいに環境を整えてやるさ。嫌だと言うなら、別に狂っても構わない。」
「何だと!?」
「狂おうが、正気だろうが、あんたはあんただ。その肌は同じように甘いだろう。」
「・・・てめえ・・・。」
「俺は、ここであんたを飼う。その身体は、髪の毛一本まで俺のモノだ。」
「・・・。」
「絶対に、逃がさん。」
 勝又はそう言うと、零一朗の学生服のボタンを弾き飛ばしながら引き裂いた。
「ちくしょうっ!!何しやがる!!タダじゃねえんだぞっ!!」零一朗が暴れる。
「要らないさ。服なんて。」
 勝又はその言葉とともに、零一朗の唇に自分のそれを重ねた。
「・・・っ!!」
 捻じ切るように唇を合わせながら、大きな両手が零一朗の身体を(まさぐ)る。零一朗の髪を。肌を。
「ううっ・・・!!!」
 零一朗が呻いた。
「・・・若い身体だ。若木のように、しなやかで美しい。」
 勝又は、零一朗の乳首を舌で舐め上げながら、上目遣いに零一朗を見た。
「!!」
 零一朗が目を見開いた。
「・・・俺の方が・・・っ、年上だと言ったな。」
 勝又は、零一朗を嬲る手を止めない。
 零一朗は喘ぎながら探るような視線を、勝又に充てた。
「・・・そうだ。」
「あんたの世界で俺は・・・。現在、あんたより強い訳だ。」
「・・・。」
「だから、あんたは過去に戻って、まだ自分より弱い状態の俺を選んだ。違うか?」
「・・・単なる学生服フェチかもしれないぜ?」勝又は笑った。
「・・・。」
 零一朗は目を眇めて、勝又を見た。視線を逸らさない。
「・・・あんたは、確かに強い。そんな美しい顔をして。」
 勝又は、観念したように呟いた。
「噂には聞いていたが・・・。あんたが、俺の上司になるという事を聞いたときは、これほど強いとは思ってはいなかった。容姿ともにハナシ半分だろうと思っていた。だが。」
 勝又の手が、零一朗の下半身に滑る。
「・・・。」
「あんたは、確かに強かったよ。そして・・・。見た事も想像したことも無いほど・・・っ。美しかった・・・!!」
「・・・っ。ああ・・・あ・・・。」拒もうとする零一朗の身体を抑え込みながら、勝又は小さく笑う。
「オマケに性格は、最悪だ。」
「・・・悪かった・・・な!!」零一朗は唇を噛んだ。快感に持っていかれそうになる意識をかろうじて保つ。
「俺は、生まれて初めて。・・・他人が欲しいと思った。」
 そう言うと勝又は、大きく開かせた零一朗両脚の間に腰を捻じ込むと、一気に突き上げた。
「・・・っっ!!!!」
 零一朗が声にならない悲鳴をを上げる。
「・・・ふふ。辛いか・・・?」勝又は、汗をしたたらせながらゆっくりと腰を動かした。
「・・・っ!!く・・・くそうっ・・・!!!」零一朗は、首を左右に振りながら叫んだ。生理的な涙が頬を濡らしている。
「・・・良いね・・・。凄く良い・・・。若くても、零は零だ・・・。」
 勝又は零一朗の顎を捕えて自分の方を向けると、その苦痛に歪んだ顔を、うっとりと見詰めた。
「変態っ!!!」
「何とでも・・・。ボロボロ泣いて可愛いね、零。俺がこれから、ゆっくりと仕込んでやるよ。オトコの喜ばせ方をな。・・・俺好みのカラダに変えてやる。」
「・・・必要ねえ・・・。」
 涙を流している零一朗の瞳が。潤みきった漆黒の。深い闇を思わせる瞳が。何者にも決して汚せない美しい瞳が。その瞬間。真っ直ぐに勝又の目を捕えた。
「・・・!!!」
 勝又は一瞬。呆然と、それ(・・)に見惚れた。
 次の瞬間。
「っ!!!!」
 渾身の力を込めて跳ね上がった零一朗の身体。繋がった場所もそのままに。右手が勝又の左目を抉った。
「・・・っ!!!」
 勝又が反射的に、上半身を逸らす。そしてそのまま、零一朗から身体を離した。
 ズルリ。
 と、身体から抜けていく感覚に、零一朗は、身を震わせた。
「・・・酷いな。」
 勝又は、静かに呟いた。左目からは血が滴っている。
「まだ、()ってないぜ。お互いに。」
「うるせえ・・・。」
 零一朗の右手指も血に染まっている。
「油断したつもりは無かったのだがな・・・。」勝又が表情を変えずに、淡々と呟く。
「・・・。」
 零一朗は血に汚れた指をペロリと舐めると、服装を整えた。
「そのままじゃ、辛いだろう?」勝又が零一朗の下半身を見ながら、小さく笑う。
「うるせえ。あんたも、その醜いモノをさっさと仕舞え。」
「醜いって・・・。傷つくなあ。皆、立派だと言ってくれるのに。」勝又は笑いながら、スラックスを整える。
「あんた。実体じゃ無いかもしれないが、ハヤク戻って手当てをした方が良いぜ。失明するコトになる。」
 零一朗はそう言うと、ポケットから何かを取り出して勝又に示した。それは。

 眼球だった。

 勝又から抉り取った左の目。
「ガキ!!」
 勝又は、心底憎々しげに呻いた。
「・・・俺をモトの世界に返せ。そうでなければ、これを握り潰すぜ。」
 零一朗はそれ(・・)を握り締めた。
「・・・。」
「・・・セックスも出来るくらいだ。実体もタダじゃ済まねえハズだぜ。」
 勝又は舌打ちをした。
「ガキでも、零は零か・・・。まあ、良いか。少なくても()れたからな。」
 ニヤリと、嫌らしい笑みを零す。
「・・・。」
「もうチョット我慢してりゃ、快楽で鳴かせてやったのにな。」
「くだらねえコトを、言ってんじゃねえ・・・。」
 零一朗のコメカミに、青筋が立つ。
「おーコワ。短気なのは、昔からか。」
 勝又はわざとらしく肩を竦めた。そして。
「・・・また会おう。零。そう遠いコトじゃない。」
 にっこりと微笑んだ。
「その時は・・・。」
「その時は・・・?」
 二人は互いに見詰め合った。



「!!!」
 零一朗は目を開いた。
「・・・。」
 見上げれば。青い空。
 そこは。見慣れた土手の桜の老木の下だった。
「・・・っ!!」
 夢では無い。身体を襲う痛みが、彼にそれを教えた。
「・・・ちくしょう・・・。」
 零一朗は唇を噛んだ。訳が分らないウチに陵辱されたのは、事実だった。
「物凄え能力(ちから)だな・・・。」
 零一朗は、小さく呟いた。
 だが、あの男は、奴の世界では零一朗の方が上だと言っていた。
「・・・。」
 何年後かには。
 自分がそれほどの能力を得ることが出来るのだろうか。零一朗は信じられない思いだった。だが。
「・・・勝又と言ったな。」
 零一朗はポツリと呟いた。
「その時は・・・。」
 零一朗の瞳が、ギラリと煌めく。そして唇が、微かに笑いのカタチに歪んだ。
「・・・。」
 現在(いま)はまだ見えない将来(さき)を。
 零一朗は、無言で真っ直ぐに見据えた。

−fin−

2004.05.12

 フィクションですう(笑)。
 まだ勝又より零一朗が強かった時代のハナシです(?)。すぐに逆転されちゃいますけどね(笑)。
 勝又が零一朗に夢中になりかかっている頃だと思って下さい(まだ、本気じゃない)。でも、アクマで可奈のフィクションだけど(笑)。
 
 

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