自慢のカレ
<4>

 その噂話がヤマトの耳に入ってきたのは。
 第一騎士団での午前の剣の指導が終わり、食堂で遅めの昼食を取っている時であった。
「グリフィス殿のご結婚が、正式に決まったらしい。」
「お相手は、ノートン公爵のご令嬢だそうだ。」
「・・・!」
 普段なら、噂話など右の耳から左の耳なのだが。ヤマトは『グリフィス』という名前に反応して、自然と聞き耳を立た。
「ノートン公爵の執念が実ったという訳だな。随分前からご令嬢をプッシュしていたそうじゃないか。」
「ああ。元々ヴァロア家とノートン家は家同士の縁も深い。ご令嬢の兄君も含めて3人は幼馴染みと言っても良い間柄だしな。」
「・・・。」
 ノートン公爵の嫡男フェルナンドは、この騎士団に所属している。ヤマトもグリフィスと一緒の折に、何度か顔を合わせたコトがあった。向こうはヤマトが気に入らないらしく(別に彼に限ったコトではないが。グリフィスたち5人を除けば、身分が高ければ高いほどヤマトを嫌う傾向があるようだった)会っても完全無視か、冷たく睨みつけられるかドチラかなのだが。
「ノートン公は、カシアス殿の兄上であられる第四王子にご令嬢を望まれた時には、剣もホロロに断ったというのに。グリフィス殿には公爵が、自ら縁談を持ちかけられたんだ。どうだ?ノートン公のグリフィス様とカシアス王子にかける意気込みが伝わってこようというものだ。」
「・・・!」
 第四王子の話はヤマトは初耳だったが、ノートン公爵家はヴァロア公爵家には及ばないものの由緒正しい名門中の名門。そして、(くだん)のご令嬢は、国で一、二を争う美女として名高く、しかも音に聞こえた才媛。ヤマトのような平民の間でも知られている憧れの女性だ。王族からの求婚があったとしても、マッタクおかしく無い。
「・・ヤマト殿。グリフィス殿から何か聞いていませんか?そのヘンのところ」
 隣のテーブルから3人組の1人が、急にヤマトに声を掛けてきた。
「え・・・?」
 ヤマトは、すっかり手が止まってしまっていた昼食から顔を上げて、彼らを見た。
 隣のテーブルで、食事をしている3人組は。
 ついさっきまで、ヤマトにコテンパンにやられていた第一騎士団の面々だった。3人は最近どうしてだか、指導後にこうしてヤマトと一緒に居ることが多い。というか。何故か彼らがヤマトにくっついて来るのだ。微妙な距離を保って何となくヤマトについて来て、こうして食事などを一緒にとる。第一騎士団に居る以上、当然のごとく貴族階級に属する彼らは、ヤマトと同じテーブルにつくコトは無いが、隣のテーブルとか、何となく近くに居り、時々こんな風に話しかけてきたりする。
「近々。ノートン公爵家のご令嬢が、お兄様であるフェルナンド殿を訪ねて、この騎士団を訪れるらしいのですよ。その折にグリフィス殿にも会われると聞いたのですが。正式なご婚約の話とか、何か聞いていませんか?」
 まだ若い3人の顔は、好奇心でキラキラ輝いている。
「・・・いや。俺は何も訊いてはおりません。」
 ヤマトは正直に答えた。
 一応。ヤマトの立場はグリフィスの付き人だ。スケジュールを抑えていて当たり前ではあった。だが、正直それは表向きのコトで、ヤマトは付き人といえる仕事はしていないと思う。ヤマトは元々不器用で、気が利かない。おまけに貴族社会の慣例といったモノにはマッタクといっていいほど通じていない。グリフィスの付き人としては、ハッキリ言って役立たずだ。多少、グリフィスの身の回りの雑用はしているものの。どちらかというと、グリフィスがヤマトの世話を焼いているといった方が正しいような気さえする今日この頃だった。
「・・・そうですか。プライベートなことですしね。」
 3人は失望も顕わに、ため息を漏らす。
「・・・。」
 ヤマトも密かに。小さくため息を吐いてから、食事を再開した。
(おめでたいコトだ。)
 心底から、そう思う。
 グリフィスとご令嬢は、夢のように美しい一対になるだろう。
 ヤマトでさえレディ扱いするグリフィスは、女性にはきっと優しいだろう。奥方になる女性は、誰よりも大切にしてもらえるに違いない。
「・・・。」
(ヴァロア公が、結婚。)
 何故か。食欲がマッタク無くなっていた。
 午後からの剣技に備えて、無理に昼食を口に押し込む。
 第一騎士団の食堂で提供される食事は豪勢で、盛り付けも素材も勿論味も流石はと思わせるようなシロモノばかりで、ヤマトはこれだけは、第一騎士団に来て良かったと思っているのだが。今日のこの食事は、まるで砂を噛むようだと感じた。
「・・・。」
 口元に、苦笑が浮かぶ。
 グリフィスには幸福になって欲しいと、思う。
 全てを承知のうえで。グリフィスは、ヤマトに優しくしてくれた。多少の見当違いもあるには有るが、少なくともヤマトを一人の人間として丁寧に扱ってくれた。そのグリフィスには幸福になって欲しいと、心から願う。
 自分には、縁の無い幸福。
 今までも。そして基本的にはこれからも。ヤマトとはマッタク関係の無い世界で生きていくだろうグリフィスを思い、何故だか微かに胸が痛んだ。



「おーい。ヤマト!!」
 午後の実技が終わった後のことだった。
 カシアス王子の四天王の一人と言われているロン・タイが、ヤマトに声を掛けてきた。
 ロン・タイは、カシアス王子やグリフィスに比べれば数段落ちるとはいえ、国でそれなりに名のある有力貴族の嫡男であり、四天王としてもグリフィスに継ぐ地位を確保しているオトコである。グリフィスとは歳も近く、ビミョウなライバル意識を持っているようだとヤマトは思っていた。四天王もカシアス王子も全員が全員、かなりの男前ばかりなのだが、ロン・タイも勿論その例に漏れない。カシアス王子の華麗な恋愛遍歴は万人の知るトコロだが、ロン・タイも浮名をケッコウ流している。グリフィスの氷のような怖いほど端正な美貌とは違い、柔らかな感じの良いハンサム。ヤマトと同じ黒髪だが、ヤマトの強い毛とは違い、風に靡くさらさらで、艶やかな少し長めの髪。そして濃い目のブルーの瞳。グリフィスの作り物めいた完璧な造作の美貌とは種類の違うエキゾチックな魅力のある容貌。
 今日の午後の剣の稽古には、カシアス王子も残りの3人も参加していず、彼だけが参加していた。
「今日は、何だか元気が無かったみたいだけど、どうかしたの?」
「・・・え?」
「というか。ちょっと上の空って感じ?」
「・・・申し訳ありません。」
「やっぱり。あんまり力の差がありすぎて、面白くないかな?」
「・・・そんなコトは・・・。お気に障りましたか。申し訳ありません。気を付けます。」
「怒っているんじゃないよ。真面目だねえ。何かあったの?」
「いえ・・・。ちょっと気になるコトがあったもので。」
「気になること?何?俺が役に立てるかな?」
「・・・。」
 戸惑ったように黙り込むヤマトに、ロン・タイは苦笑してみせた。
「ヤマトと話をしてみたかったんだけど、いつもは、おっかない保護者が目を光らせていて、近づくコトも出来やしない。今日は絶好のチャンスだと思ってさ。」
「保護者・・・。」
「年末のカウントダウンパーティにまで、迎えに行ったんだろう。何考えているのかね、あのオトコは。」
「・・・。」
 ヤマトの眉が微かに下がった。同意の印である。
「・・・訊きたいんだけど。君って実は、まさか王族ってことは無いよね。」
「はあ?」
「だって、グリフィスがあんまり大事にしているからさ。実はどこそこの何がしってコトもアリかな、と。」
「と、とんでもない!!俺はタダの鍛冶屋の息子です!!」
「ふうん。」
 ロン・タイはその印象的なブルーの瞳で、少しの間ヤマトのグレーの瞳を覗き込んでいたが。
「まあ、いいや。それで、どうしたの?何か悩んでるの?」
「・・・。」
 ヤマトはロン・タイを見上げた。横幅はともかく、背は少しロン・タイの方が高い。
「ん・・・?」
 ロン・タイは微笑んでヤマトを促した。
「・・・。」
 ヤマトは、グリフィスの婚約のハナシを聞こうかと思った。
 だが、ふいに。
 本当ににふいに。
 何かが、意識に引っかかった。

『どうだ?ノートン公のグリフィス殿とカシアス王子にかける意気込みが伝わってこようというものだ。』

「・・・。」
 王室からの求婚を断って、グリフィスに掌中の玉を娶わせるというノートン公爵の意気込み、とは?―――
 グリフィスはカシアス王子の側近中の側近ではあるが、カシアス王子には次期国王の芽はない。通常であれば。
「・・・。」
 ヤマトは。急に先日の狐狩りの一件を思い出し、眉間に皺を寄せた。
「・・・。」
 グリフィスは言っていた。王室及び貴族の間に、カシアス王子を亡き者にしようとする勢力があると。
 深くは考えなかったが。それは一体どういう勢力なのか。
 政治にはトンと興味の無いヤマトだが。カシアス王子が兄王子たちに、国王の寵愛とその才能を妬まれているコトぐらいは知っていた。だが。いくら妬んでいるからといって、弟王子を暗殺しようとしたりするだろうか。有り得ない。万が一発覚すれば、自分で自分の首を絞めるコトになる。危険過ぎる。ヤマトは、首を振った。もっと何か。もっと確たる。憎むに足る何かが必要だ。
「!」
 ヤマトの脳裏に、グリフィスの言葉が甦る。
『俺にはな。実は異母弟が、3人居るんだが・・・。』
 ヤマトは眉間に再び皺を刻んだ
『滅多に会うこともないし。全員が隙あらば俺を殺してヴァロア家を継ごうと、虎視眈々と狙っている。』


 言葉を漏らしたのは。本当に無意識だった。

「カシアス王子は・・・。国王になられるのですか・・・?」

「・・・。」
 ロン・タイの顔から、柔らかな微笑が消えた。
 一瞬にして。表情の一切読めない百戦錬磨の有力貴族の顔に戻ったロン・タイの、目だけがヤタラとギラついた光を放つ。
「・・・。」
 ヤマトは我に返ると、思わず腰の剣に手を伸ばし掛けた。ロン・タイの全身から唐突に噴出した殺気に近いオーラに、本気で身体が反応した。全身から冷や汗が流れる。
 あきらかに訊いてはいけない質問であった。自分の迂闊さに舌打ちが漏れる。
「・・・。あの・・・。」
 ヤマトは何か言おうと思ったが。自分の声があからさまに震えているコトに気付き、唇を噛んで口を閉じた。
 幼い頃からヤマトは。()の剥き出しの感情に触れると、自然に身が竦んでしまう。自分で自分が情けないが、こればかりは本能的なモノでどうしようも無い。
「何故、そんなコトを考えるんだ?王子は第六王子だぞ。通常ではあり得まい。」
 温かさの欠片も無い低い声。何かを押さえつけているような声が、ロン・タイの薄い唇から漏れる。
「・・・。」
 ヤマトは唇を噛んで俯いた。
 王冠に関係の無い第六王子を、一体誰が。何の目的で暗殺するのか。
 疑問は残っても、訊いてはいけないという防衛本能が働く。
 知ってはいけない。コトと次第によっては、ヤマトの一族郎党は勿論、故郷の村人全員が皆殺しになる可能性だってあるのだ。
「・・・。」
「・・・。」
 ロン・タイは炎のような視線で、ヤマトを睨み据える。ヤマトは自分を鼓舞して、顔を上げるとマッスグにその視線を受け止めた。失言だったと言わねばならない。だが、一度出た言葉はモトには戻らない。元々が口下手のヤマトは、途方に暮れた。
 二人は暫く無言で、にらみ合うカタチになった。その永劫かと思える時間の果てに。

「ヤマト!!」
 聞き慣れた声が、二人に割り込んで来た。
「ヴァロア公・・・?」
 ヤマトは弾かれたように、振り返る。正直、助かったと思った。
 遠目からでも分かる程険しい顔をしたグリフィスが、二人の居る方向に向かって来ていた。
「・・・?」
 ヤマトは思わずロン・タイを見上げた。ロン・タイは。
「・・・ッ!!」
 いきなり。ヤマトの顎を掴むと、凄い力で自分の方に引き寄せた。顔を寄せ、鋭い声で呟く。
「・・・その質問は、あのオトコにするんだな。」目線でグリフィスを示す。
「・・・。」
 ヤマトがロン・タイに突き飛ばされるのと。途中からは凄い勢いで走ってやって来たグリフィスが、ヤマトの腕を掴んで自分の方に引き寄せるのとドッチが早かったか。
「何を、やっている!?」
 グリフィスは、ヤマトの身体を自分の背中の方に押しやった。と、同時に怒鳴る。
「ロン・タイなんかと、二人キリになるんじゃない!!」
「・・・は?」
 緊迫した状況から逃れたばかりのヤマトは、間抜けな声を出した。
「このオトコはな!!話をしただけで、女を妊娠させると言われるタチの悪いヤツだぞ!!」
「・・・おい。」
 グリフィスのあまりの言い草に、ロン・タイの顔が微かに歪む。
「・・・。」
 暫く意味が分からず、唖然としていたヤマトだが。
 ようやくグリフィスの懸念に思い当たって顔色を変えた。確かにロン・タイは女性関係の浮名は多い。第3騎士団に居た頃からヤマトが知っているくらいには、有名なハナシだ。だが、彼が今話している相手はヤマトだ。仮にグリフィスの言葉が真実だとしても、何の関係も問題も無いハズだ。それなのに、このオトコは性懲りも無く・・・。
「・・・例えそうだとしても。そんなことは、俺には何の関係もありません。」
 ヤマトは怒りを押さえつけて、グリフィスに言った。声が。さっきとはまた別の感情で震えていた。
 ロン・タイもそれを受けて、苦い顔で言った。
「その通りだ。俺はカシアス王子とは違って、男色の気は無いからな。・・・見当違いの心配をしていないで、ヤマトと少し話しをしろ。訊きたいコトがあるみたいだぞ。」
「・・・訊きたいコト?俺にか?」
 グリフィスは振り返って、ヤマトを見た。
「少なくとも。立ち話でするような内容ではないさ。自分の付き人の教育くらいしっかりしろ!!甘やかすだけが、能じゃあるまい!!」
「何だと。」
 グリフィスが剣呑な瞳をロン・タイに充てる。
 二人は睨みあった。確かに立ち話をするような内容ではない。元々、そんなつもりでは無かったのだが。ヤマトは自分の不明で、主であるグリフィスに恥を掻かせたことに気付き、頬を紅潮させた。
「とにかく!!グリフィス、とりあえずの対処は、お前に任せる。だが。コトと次第によっては、俺たちが出張るというコトを忘れるな。お前の意思に反してもな。」
 ロン・タイはやはり底冷えのする視線を、ヤマトに()てて、そう言った。
「・・・。」
 ヤマトは微かに身を震わせた。生命に関わるような危機感を、初めて感じた。
「お前とヤマトの関係は、俺には理解出来ないが・・・。お前が情に流されて大儀を忘れるような人間ではないと、信じている。」
 ロン・タイは真っ直ぐにグリフィスを見た。
「何・・・?どういう意味だ。」
「ヤマトに訊け。」
 ロン・タイはそう言うと。もう一度冷たい一瞥をヤマトに与えて、踵を返した。
「・・・?」
 グリフィスは眉間に皺を寄せてその後姿を見送っていたが。やがて、ヤマトに向き直った。
「訊きたいコトとは何だ?言え。ロン・タイに何を訊いた?」
「・・・。」
 ヤマトは躊躇した。冷たい汗が背中を伝う。今更ながら、とんでもないコトを口に出してしまったと後悔した。
「ヤマト。」
 だが。
 強い口調に促され。ヤマトは観念したように口を開いた。


「・・・。」
 グリフィスの。怖いほど端正な美貌が、明らかな怒りを含んでいるのを見て取って、ヤマトは緊張した。ロン・タイの浮かべていた酷薄そうな表情を思い出す。情に溺れず、大儀を果たせとはどういうコトなのか。
「いつから、そんなコトを思っていたんだ?」
「・・・。」
「何故、俺に訊かずにロン・タイに訊く?」
「・・・。」
 明らかに火の噴くような怒りを押さえ込んだグリフィスの声音に、ヤマトのカラカラの喉は言葉を発することも出来ない。
 もしも。
 もしも本当に、恐ろしい『何か』が存在するならば。
(俺は、殺されるのか・・・。)
 ヤマトは無意識に腰の剣に手をあてた。だが。グリフィスやロン・タイ相手にコレ(・・)を振るえる自信はマッタク無かった。
 グリフィスの怒りの波動が、ガンガンと向き合うヤマトに吹き付けて、ヤマトは顔も上げられないホドの圧力を感じた。剣を握る手が汗でぬめる。だが。

「そんなハナシを、二人っキリでするほど!!いつの間にアイツと、親しくなってたんだっ!?」
 グリフィスは大きな身体を震わせると、憤懣やるかたないといった風に怒鳴った。
「ああっ!?聞いてないぞ!!」

「・・・。」
 怒るトコロは、ソコかい。

 ヤマトは妙に疲れた気分で。密かに、高貴なオトコに突っ込んだ。






「ヤマトは必要だよ。」
 カシアス王子は。ロン・タイの報告を、笑顔とともに聞き流した。
 いつもの、カシアス王子と四天王の控え室となっている部屋で。グリフィスを除く全員が顔を揃えていた。
「グリフィスだって、それ(・・)が分かっているのさ。」
「しかし。」
 ロン・タイの表情は冴えない。
「蟻の一穴から、城が崩れるとも言います。」
「ヤマトは口が堅いよ。というか、ウッカリ口を滑らすなんて事態は考えられないほど口下手だよね。」
「まあ。それは。」
 その場には、グリフィスを除く四天王が全員揃っていた。全員が大きく肯く。
「オマケに、実直で不器用なオトコだ。約束させれば良いのさ。そうしたら。多分、殺されても喋らないだろうよ。」
「・・・。」
「まあ。どうやって約束させるかは・・・。」
 カシアス王子は、口元を綻ばせた。どこか淫靡なそれ(・・)に、3人は眉を寄せた。
「王子・・・。」
「・・・ねえ。ぶっちゃけたハナシ。グリフィスとヤマトってどういう関係だと思う?」
「保護者と被保護者。」
「・・・父親と娘。」
「じいやと坊ちゃん。」
「恋人同士というセンは無い?」
 カシアス王子の言葉に、3人は苦笑いを浮かべながらクビを振った。
「グリフィスにそういった趣味があるとは聞いたコトがありませんし。まあ。女性のマッタク居ない戦場への長期出張なら小姓に手を出すコトもあるでしょうが。」
「ココは戦場でもないし、オンナに不自由するオトコではありませんし・・・。戦場でも相手がヤマトでは、非常に考え難いですね。」
「だけど。確かに二人で意味不明の世界を作ってはいるよね・・・。」
 エミリオは少し首を傾げて、何故か感慨深そうにそう言った。
 それらを受けて、カシアス王子はのんびりと言った。
「私がヤマトに手をつけてしまっても、グリフィスは怒らないかなあ。」
「「「はい!?」」」
 3人は期せずして声を揃えた。
「や、や、ヤマト・・・ですか・・・!?」
「知ってはおりましたが。守備範囲が広すぎませんか?」
 さすがの冷静さが売り物のエドガーも、思わずと言った風に口を挟む。
「分かってないねえ。ヤマトみたいな逞しい系のオトコを組み敷くのって、ゾクゾクするんだよ。男を抱く醍醐味というモノさ。女みたいな男を抱くのなんて、普通じゃないか。」
「王子・・・。」
 3人は顔を顰めた。また悪い病気が出たと、ため息を漏らす。
 才能にも運にも。とにかくありとあらゆるモノに恵まれているカシアス王子の。これだけは、頭の痛い不治の病だ。
「・・・グリフィスは。縁談が本決まりになるという専らの噂ですし・・・。まあ、そういった心配は無用でしょう。・・・王子のお考えはともかく。何といっても相手は岩オトコですから。」
「可愛いんだけどな、ヤマト。お前たちには、まだ分からないか・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
 分かるのはアンタだけです。
 と口には出さずに3人は突っ込んだ。
「私としても。側近の想い人を寝取るような真似は、さすがにしたくないんだよな。恋愛沙汰で、グリフィスを失うなんて、さすがに馬鹿だろう?」
「「「・・・。」」」
 妙に生真面目な顔でそう言うカシアス王子を、3人はどう答えれば良いかと複雑な思いで見詰めていた。


 時間は少し前に戻る。
 睨み合っているグリフィスとヤマト。二人とも、それぞれの思惑で腹を立てていた。
 グリフィスは怒った顔のままで、叫んだ。
「とにかく。ロン・タイなんかと二人きりになるんじゃない。」
「・・・俺は。そんなハナシを訊きたいんじゃありません。」
「そんな?そんなハナシとは何だ!!お前はもう少し、イロイロなことに注意を払うべきだ!!男は皆、オオカミだぞ!!」
「・・・ッ!!」
 ヤマトは歯を喰いしばった。つくづく。つくづく失敗だった。今更言っても仕方が無いが。よりにもよって。よりにもよって、こんなオトコに秘密を知られてしまうとは。
「・・・。」
「・・・。」
 冷静に考えてみれば。何だか、問題を上手くはぐらかされているような気もしないではなかったが。ヤマトは素直に頭に血を上らせていた。その時。
「・・・。」
 無言で、ヤマトを見詰めて何事かを思案していた様子のグリフィスが。少しだけ(・・・・)。ほんの少し躊躇いがちに、口を開いた。
「・・・お前。・・・月のものは、あるのか?」
「・・・は・・・?」
「・・・。」
「・・・大事なコトだ。知っておきたい。」
「・・・。」
「・・・。」
 最初はグリフィスの言葉の意味の分からなかったヤマトだが。
「・・・!!」
 自分を見詰めているグリフィスの。質問の真意に気付いて顔色を変えた。怒りを通り越して、血の気が引くのがハッキリと分かった。



 凄まじい音とともに、部屋の扉が開かれた。

「うわ。何それ・・・?グリフィス・・・?」
 部屋に入ってきたグリフィスの顔を見て、エミリオは仰け反った。
「・・・。」
 グリフィスの端麗な美貌の右頬が、腫れ上がっている。
「・・・!?ヤ、ヤマトに殴られたのか!?どうしてだ?お前が殴られるような・・・。そんなハナシの流れになるはず無いだろう!?」
 ロン・タイは妙に慌てて、そう言った。グリフィスがヤマトを殴るならともかく。一体、あの後、どういう話の流れになったんだ!?
「うるさい。」
 グリフィスはそう言うと、3人をねめつけた(・・・・・)
「従者に殴られっぱなしというのは、ケジメが付かないことだ。」
 年長のエドガーは、苦い顔でそう言った。
「・・・。」
「私なら、反抗的な態度を示した時点で、厳しい罰を与える。」
「・・・。」
 それは、その通りだった。これでは、主としてのグリフィスの面子が立たない。例え、どんな無体を仕掛けられても、相手が主であれば従者は黙って従うのが当然の姿だ。そんなコトは分かっている。グリフィスは唸るようにため息を漏らした。
「・・・。」
 だが。無理だ。ヤマトに関しては、グリフィスは罰を与えるような真似はとても出来ない。
 あの夜。ベッドで声を立てずに、ただ涙だけを流していたヤマトの姿が脳裏に浮かぶ。そんな風に泣く人間に、グリフィスは今まで出会ったコトが無かった。
 何とか助けてやりたい。力になってやりたいと、心底思っているのに。やること為す事、何故こうもヤマトを怒らせてしまうのか。グリフィスはもう一度ため息を吐いた。
「・・・。」
 さっきの話だって、下世話な興味で訊いた訳ではない。
 ヤマトは、無防備過ぎるのだ。
 酔っ払って意識をなくしてみたり。男に手を握られたり肩を抱かれたりしても、平気な顔をしている。
 だからこその。あの(・・)質問であった。
 勿論、自分の頬を張ったヤマトの怒りも、理解はできるのだが。もう少しだけ。自分の気持ちも察して欲しいと、グリフィスは少し切ない気分になった。
(片思い、ってこんな感じか・・・。)
 生涯で片思いなどしたコトの無い高貴な男は。その氷のような美貌にはマッタク似合わない微妙なコトを考えながら、今日何度目かも知れないため息を漏らす。
 5人の兄が居ると言っていたヤマト。聞いた限りでは。彼らはどうもヤマトを溺愛していたらしい。多分今までは、彼らがヤマトを守ってきていたのだろう。だが、彼らは騎士団(ココ)には居ないのだ。
(俺が、守ってやらないと・・・。)
 ヤマトから見れば、はた迷惑な決意を。グリフィスは改めてシッカリと固めた。


「グリフィス。ヤマトに勘付かれたって?彼。ドン臭そうだけど、馬鹿じゃないね・・・。」
 愉快そうに声を掛けてきたカシアス王子を、不愉快そうにグリフィスは見返した。
「・・・何のコネも持たず、厳しい入団試験を潜り抜けてきたのです。馬鹿な訳がありません。王子。この機会に私はヤマトに全てを話そうと思っています。」
「ヤマトが協力するかなあ。彼は関わりたくないと思うよ。野心でもあるオトコならともかく、ヤマトは違うだろう。成功より平穏な生活を望むタイプだと思うね。」
 それは、その通りだとグリフィスも思う。ヤマトはひっそりと目立たず生きていきたいのだろう。出来れば一人で。だが。
「ヤマトの思惑はどうあれ。実際問題、あれほどの剣の腕を、野放しには出来ません。」
 グリフィスは強い口調で、そう言った。確かにヤマトの剣の腕が欲しいのも本当だ。だがそれ以上に。グリフィスは、ヤマトを一人ぼっちになどしたくは無かった。例え本人が望もうとも。
「それは。もしヤマトが従わなければ、殺すというコトかな?」
 カシアス王子は、グリフィスを静かに見た。
「・・・。」
「そうなるでしょうね。全てを話すとは、そういうコトだ。」
 ロン・タイが鋭い目を、無言のグリフィスに向けた。グリフィスはその目を真っ向から見返す。そして。
「懸念には及びません。例え、袂を分かつコトになっても、私が沈黙を守れと命じれば。彼は一生口を開くコトはないでしょう。」
「凄い自信だね。」
 カシアス王子は、少し皮肉気に口元を歪めた。
「だけど、残念ながら人間は弱い。君とヤマトの結び付きがどういうものか、確かに私には今ひとつ掴み切れてはいないけど。もしも、ヤマトの大切なヒトが殺されそうになったら?そうして脅されたら?ヤマトはそれでも沈黙を守れるかな?」
「・・・。」
 グリフィスはグッと詰まった。カシアス王子は穏やかに、微笑んだ。
「悪いけどお伽噺は信じられない。信じたいけどね。そんな無邪気な環境には、残念ながら居たコトは無い。」
「・・・カシアス王子。」
 グリフィスは唇を噛んだ。
「ヤマトのこと。私に任せてくれないか?グリフィス、皆も。」
「・・・?どう・・・。なさるおつもりです?」
 エミリオが、訝しげに訊く。
「私のモノにする。」
「はい?」
 全員が、声を揃えた。
「私のものになったヤマトが、命を懸けて秘密を守るというのなら、ロン・タイも納得できるだろう?そして、確かに我々にはヤマトの剣の腕が必要だ。」
「カシアス王子っ!!」
 グリフィスが堪りかねたように、大声を上げた。
「無理強いなどと、王子の品格に係わりまするっ!!」
「誰が、無理強いなんて・・・。」
 カシアス王子は一瞬、大きく目を見開いたが、おかしそうに笑い始めた。
「・・・ちゃんと。落としてみせるよ。」
「・・・。」
 グリフィスの唇が引き結ばれた。握り締めた拳が、ブルブルと震える。
「大丈夫。無体な真似はしないから。つーか、あの体格相手じゃ、薬でも盛らなきゃ私には無理だろう?」
「・・・ヤマトは・・・。」
 グルフィスは、キッとカシアス王子を睨んだ。
「ヤマトは・・・。無骨な田舎モノです。そんな。カシアス王子のお相手が務まるようなオトコではありません。遊びで傷つけるような真似は止めてください。」
「おや。誰が遊びだと言った?」
 カシアス王子が滅多に見せない鋭い視線をグリフィスに向けた。
 だがグリフィスは怯まない。彼も厳しい視線を主人に向けて、更に言う。
「ヤマトは・・・。故郷に残してきた婚約者に操を立て続けてているような律儀者です。経験も乏しく、カシアス王子が本気になれば、赤子の手を捻るようなモノでしょう。ですが。そんな風にヤマトを利用したとあっては、カシアス王子の御名にもキズが付きます。どうか、思い止まって頂きたい。」
「・・・。」
 強硬なグリフィスの反対に、カシアス王子は少し怪訝そうに。そして若干不愉快そうに眉根を寄せた。
「何か他の方法を考えます。」
 グリフィスは頭を下げた。
「・・・ヤマトが、大切なんだ?」
 カシアス王子は、口を開いた。
「はい。」
「それは、恋愛感情?」
「は・・・?」
 グリフィスは訝しげに顔を上げた。眉間に皺を寄せて、理解不能といったような顔をしている。
 カシアス王子は、小さく笑った。
「・・・自覚は無い様だね。だけど、待ってはあげないよ。」
 カシアス王子はそう言うと、椅子から勢い良く立ち上がった。
「自由恋愛なら良いだろう?いくら付き人でも、グリフィスに口を出す権利は無いよね。」
「・・・っ!!同じコトです!!」
 グリフィスは、押し殺した声で叫んだ。
「違うよ。」
「違いません!!」
「私は、ヤマトが好きだよ。」
「・・・!!」
「可愛いなあ、と思っている。」
「・・・冗談を・・・。」
「本当さ。本気で口説いてみたいと思っている。永遠は誓ってはやれないけどね。」
「カシアス王子。」
「ヤマトを大切にする。傷つけないよ。永遠は誓ってやれないが、もし愛が醒めても、彼を傷つけるようなコトはしない。私に愛されていると錯覚させたまま、婚約者殿にお返ししよう。」
「駄目ですっ!!!」
 グリフィスは大声を出した。
「おい・・。」
 ロン・タイたちが。さすがに驚いたように、グリフィスを見る。
「例え。カシアス王子といえども、ヤマトには指一本触れさせません。もし、どうしてもと言うなら、私を斬り捨てる覚悟でお願い致します。」
 グリフィスは鬼のような形相で、王子を睨み据えた。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
 全員が、グリフィスの剣幕に、暫く言葉を失った。
「・・・グリフィス・・・。前から少し思っていたけど。」
 カシアス王子が、穏やかに口を開いた。
「彼には、何か秘密があるのかい?」
「・・・。申せません。極めてプライベートなことなれば。とにかく。この話は、お断り申し上げます。ヴァロア公爵家のグリフィスの名前において。」
 グリフィスはそう言い切ると、カシアス王子に丁寧に一礼し踵を返した。
「・・・。」
 エドガーは。グリフィスの背中を見送りながら、小さくため息を吐いた。そして、カシアス王子の方を見る。彼は、エドガーと同じくグリフィスの背中を見詰めて、険しい顔で何事かを考えていた。
「・・・。」
 エドガーはもう一度ため息を漏らす。
 岩オトコが、一枚岩だった四天王にとんだ波紋を広げてくれたものだ。エドガーは首を振った。グリフィスとカシアス王子の間に亀裂が入るコトだけは、どうしても避けねばならない。
 ヤマトは。妙齢の美女でも何でもないというのに。一体どういうことなのだ。
(頼むから、勘弁して欲しい。)
 エドガーは三度(みたび)、ため息を吐いた。

−to be continued−

2006.04.02

 ・・・・!!土下座。超(?)土下座。・・・・!!!遅くなって、本当にごめんなさい!!

 

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