自慢のカレ
<5>

「ヤマト殿ヤマト殿。」
 例の3人組は、今日は夕飯にまで付いて来た。
「聞きましたか?何だかカシアス王子とグリフィス殿が、派手にやり合ったってハナシ。」
「・・・カシアス王子とヴァロア公が・・・?まさか・・・。」
 暫くグリフィスのハナシなど聞きたくもなかったが。カシアス王子と諍いと聞いては、捨てておけない。
「何だか、エリザベス嬢に関するコトらしいです。あ。エリザベス嬢っていうのは例のノートン公のご令嬢のことなんですが。彼女を争ったとか何とか。」
「・・・。」
「カシアス王子の。その・・・。いわゆる、恋愛好きは有名な話ですからね。エリザベス嬢に興味を持たれたとしても不思議じゃありません。」
「しかし。いかにカシアス王子の仰せでも。グリフィス殿も真に愛しい方を、譲るわけにはいかないでしょう。」
「・・・。」
 そうなのかと、ヤマトは思った。
 グリフィスは彼女を、本気で愛しているのだ。短い付き合いでも。グリフィスは、カシアス王子のためなら、何でもするようなイメージがあった。だが。カシアス王子と争ってまで守ろうとするほど、彼女をグリフィスは愛しているのだ。ヤマトは無意識に、胸を抑えた。
「当然でしょう。幼馴染で、花開くのをずっとお待ちになっていたらしいですよ。男のロマンですねえ。壊れ物を扱うように、大切に慈しんでこられたんでしょうね。」
「・・・。」
 ヤマトは。完全に食欲が無くなった。
 壊れ物のように大切にだと?
 自分には、信じられないような下品で下世話な質問を平気でしてきたクセに。
 ヤマトは猛烈に腹が立ってきた。何てオトコだ。あんなデリカシーの欠片も無いオトコと結婚したトコロで、幸せにはなれないぞ、と。エリザベス嬢とやらに、忠告してやりたい気分だった。だが。
「・・・。」
 男のロマンか。
 ヤマトは小さく笑った。幼い少女を、自分の理想の女性に育て上げる。ヤマトから見れば、馬鹿馬鹿しいコトこの上ない話だが。グリフィスや他の男たちは、そんな男のために生まれた人形のような女性が理想なのかもしれない。
 エリザベス嬢は多分。白く柔らかく。男にとって、とてつもなく綺麗な存在であるのだろう。
 ふと、ある男の面影が脳裏を過ぎる。
 自分の幼馴染で、かつて婚約者だった男。婚約を解消した時、彼は何を思ったのだろう。それ以降は気まずそうな顔で、時々遠くから自分を見ていた男。自分の理想とは程遠く育とうとしていただろうヤマトを、彼はどう思っていたのだろう。
「・・・。」
 腹の底に、氷の塊りを飲んだようだった。
 馬鹿らしい。
 自分でも訳もわからないまま。ヤマトはグリフィスを憎んだ。ヤマトの忘れたいコトを常に思い出させる男を。誰にも頼らず自分の足だけで立っていたくて、兄たちのモトを離れたというのに。嫌というほどヤマトを甘やかそうとする男を。その腕を嬉しいと思いそうな自分が、憎かった。馬鹿で馬鹿で。高貴な人間の気まぐれを、信じてしまいそうな愚かな自分が。

「ヤマト。」

 声が掛かるまで。
「・・・ヤマト?」
 いや声を掛けられても暫く気付かなかったのは、そうした後ろ向きな考えに捕らわれていたからだろう。
「・・・は・・・?」
 顔を上げた先には。
 カシアス王子のにこやかな笑顔が、あった。


「食事の邪魔をしてしまったようだね。すまない。」
「いえ。」
 第一騎士団宿舎の中庭に呼び出されたヤマトは、直立不動で答えた。
「そんなに固くならないでくれないか。私って怖いかい?」
「身分が違いますれば・・・。」
「同じ騎士団の仲間じゃないか。」
「・・・。」
 ヤマトは眉毛を微妙に動かした。
「・・・・ぷ・・・。」
 カシアス王子は、吹き出した。
「君の。君の感情表現は、眉毛の上げ下げなんだよね。」
「え・・・?」
「グリフィスがいつか言っていたよ。良く見ているよなあ。」
「・・・。」
 確かにグリフィスは、ヤマトの他人には良く分からないと言われる感情を、不思議なほど言い当てた。従者になってから間も無いというのに、どうやって彼は、ヤマト本人でも気付いていないような癖を知ったのだろう。
「ハナシは変わるけど。凄く珍しいワインが手に入ったんだ。明日の夜、いっしょに飲まないかい?」
「は・・・?」
「酒はイける(・・・)んだろう?」
「・・・好きではありますが・・・。」
「酔い潰れた話を、グリフィスに聞いたよ。安心して。そんなには飲まさないから。」
「・・・。」
 本来。ヤマトはザルを通り越してワクと言われている酒豪である。第3騎士団では有名なのだが、カウント・ダウンパーティで酔い潰れたせいで、カシアスはヤマトが酒に弱いと思っているようだ。
「ね。」
 カシアス王子は、グリフィスに似た。だが若干、甘い顔でヤマトの顔を覗き込む。
 ヤマトは小さく息を吐いた。
「俺は・・・。不調法で面白味の無い男ですので、とても王子の酒の相手が勤まるとは思いません。どうか、お許し下さい。それに、ヴァロア公の従者ですので、公の許可を頂かないと・・・。」
「大丈夫。大丈夫。明日の夜は、グリフィスはエリザベスと会うみたいだから、多分時間は空くよ。」
「・・・え・・・。」
 エリザベス。
 ずん。と氷の塊りが大きくなる。
()になっているから、知ってるだろう?」
「ヴァロア公の・・・。婚約者の方ですか・・・?」
「そう。皆、そういう風に言っているよね(・・・・・・・)。グリフィスから聞いていない?」
「・・・。」
 カシアス王子はヤマトの反応を窺いながら、微かに笑う。
「グリフィスも、その日は帰って来ないかもしれないし。ゆっくり飲めるよ?」
「・・・。」
「グリフィスがよろしくやっているんだ。君だって楽しむ権利があるハズだし。」
「・・・。」
「それに何より。不調法だろうと何だろうと、私が君を気に入って、一緒に飲みたいんだ。問題は何も無いよ。」
「・・・。」
 気に入った。
 その言葉を聞いて、ヤマトは無意識にカシアス王子の腰を飾っている剣を見た。
「・・・。」
 解ってはいたことだが。カシアス王子の剣は、欲しいと言ったヤマトの剣では無かった。
「ヤマト・・・?」
 カシアス王子が、どこか甘い声で返事を促してくる。
「・・・。」
 気まぐれなのだ。
 悪気の無い、高貴な方々独特の楽しみ。それに振り回される下々の人間の気持ちなど、どうとも思わない。グリフィスも同じだ。気まぐれでヤマトを構い、求めてもいない保護を与えようとする。彼が、ヤマトに飽きるまで。
「ヤマト?」
 もう一度呼びかけられて、ヤマトは顔を上げた。
「・・・お言葉に甘えまして・・・。ご一緒させていただきます。」
 ヤマトはカシアス王子が性的な意味でヤマトに興味があるなどとは、当然だが考えたコトも無かった。
 だが。恐らくグリフィスは烈火の如く怒って反対するだろうコトは見当がついた。それでも今は。無性に彼に反抗したい気分だった。
「・・・歓迎するよ。」
 カシアス王子は満面の笑みを、そのグリフィスに似た、そしてより甘い顔立ちに浮かべた。



「カシアス王子に誘われたあっ!?しかも、承知しただと!?」
 部屋に戻ったヤマトから報告を受けたグリフィスは。案の定、烈火の如く怒った。
「は。」
 あらかじめ予想はしていたので、ヤマトは怯まない。
「何を考えているんだ!!男は皆、オオカミだと言っただろう!?どうして、そうも無防備なんだ!!」
「・・・。」
 ヤマトは無言で、俯いた。
「イヤなんだろう?」
「・・・。」
「断り切れなかっただけだろう?俺がちゃんと断ってやるから・・・。」
「いいえ。けっこうです。」
 だがヤマトは、反抗的に顎を上げた。真っ直ぐにグリフィスを見る。
「ヤマト?」
 グリフィスは、訝しげに首を傾げた。
「明日の晩は、ヴァロア公もお約束がおありだと聞いております。どうか、俺のことは捨て置いて下さい。お気になさらず。」
 ヤマトは一気にそう言うと、一礼してグリフィスの前から去ろうとした。だが。
「どうしたんだ。一体、何を()ねている!?」
「・・・()ねる?」
 まるで少女に対するようなグリフィスの言葉に、ヤマトは顔色を変えて足を止めた。
「そうだろう?昼間、俺の言ったコトを怒っているのか?だがな、ヤマト・・・。」
「止めて下さいっ!!」
 何かを言いかけたグリフィスを遮って、ヤマトは叫んだ。
「俺はもう、貴方の言うことなど何も聞きたくない。聞きたくなどないっ!!」
「ヤマト・・・。」
「・・・俺を、第3騎士団に戻して下さい。ご婚約者の方も、男とも女とも言えない俺のような出来損ないが傍に居るコトを、不快に思われるかもしれません。」
「・・・出来損ないだと!?一体、何を言っている!!それに、婚約者とは何の話だ!?」
 グリフィスも顔色を変えて、ヤマトに詰め寄った。
 ヤマトは一生懸命、笑みを表情に載せる。
「・・・お祝いが遅くなりましたが。ご婚約おめでとうございます。」
「だから、一体何のコトだ?」
 グリフィスは眉間に皺を寄せると、苛立たしげにヤマトの顔を見た。
「・・・。」
 ヤマトは引き攣った笑顔のまま、もう一度一礼すると無言で踵を返す。
「ヤマト!!話は終わっていない!!」
 グリフィスがヤマトの腕を掴んだ。瞬間。
「・・・ッ!!!」
 ヤマトはグリフィスの腕を叩き落とした。
「・・・ヤマト・・・。」
 グリフィスが呆然とヤマトを見詰める。
「・・・。」
 歯を食い縛ってグリフィスを睨むヤマトの瞳が。微かに潤んでいる。
「・・・ヤマト・・・。」
 グリフィスは、自分の言葉が思ったよりハルカにヤマトを傷つけたことをやっと悟った。
「・・・ご無礼しました。失礼します。」
 ヤマトは顔を背けると、小さな声でそう言って歩き出す。
「ヤマト、待て。待ってくれ。」
 グリフィスは再びヤマトの手を取った。
「・・・ッ!!」
 カッとしたヤマトがその手を振り払う前に。ヤマトの手に、何かが握らされる。
「・・・?」
 覚えのある握り心地だった。ヤマトは自分の手の中のモノを、呆然と見詰めた。
「お前の剣だ。大切なんだろう?カシアス王子は、もう随分前から身に着けていらっしゃらなかったからな。頃合を見て、今日盗んできたんだ。」
「・・・盗んで・・・?」
 ヤマトは弾かれたように、顔を上げてグリフィスを見た。
「何、心配するな。バレやしないさ。」
 グリフィスは苦笑した。
「しかし!!」
「あのヒトは物にも人に執着するというコトは無いんだ。飽きてしまったモノなど、無くなっても気付きやしないさ。もしバレたとしても・・・。俺が、勝手にやったコトだ。お前には関係ない。」
「・・・ヴァロア公・・・。そんな。」
 ヤマトは、剣を抱き締めた。露見したら、グリフィスはきっと何かの罰を与えられるに違いない。
「私などのために・・・。そんな・・・。」
 自分をこよなく愛してくれた兄達の想いが籠もった剣。ヤマトはとっくに諦めていたのに、グリフィスはずっと気に掛けて、取り戻す機会を(うかが)っていてくれたのだろうか。
 ヤマトの胸が、切なく痛む。あれほど彼に腹を立てていたというのに。現金にも、今度は申し訳なさに消えてしまいたくなる。
 グリフィスは、優しい声で言った。
「あのな。・・・婚約者というのが、エリザベスのことを言っているのなら。彼女はそんなんじゃ無い。幼馴染で、妹のようなモノだ。確かに縁談じみたハナシがあるにはあったが・・・。」
「・・・!」
 ヤマトの表情が、一瞬で凍った。
「ヤマト・・・?」
 グリフィスがヤマトの顔を、覗き込む。
「・・・俺に。そのようなコトを、教えて下さる必要はありません。」
 ヤマトは、グリフィスの口から、エリザベスの名前を聞きたくなかった。そんな極めてプライベートなコトを、グリフィスが従者である自分に言う必要などモトモト無い。グリフィスに誰かを妻だと紹介されれば、ヤマトは彼女に主人の伴侶に対する敬いと振る舞いを向けるだだけだ。
「ヤマト・・・。」
 グリフィスが途方に暮れたように、名前を呼ぶ。
「剣。有難うございました。お気に掛けて頂きまして、嬉しいです。」
 ヤマトは両手で捧げ持つようにしていた剣を目の高さまで上げ、グリフィスに向かって丁寧に礼をした。
「ヤマト。カシアス王子の件は断るんだ。お前がどう思っていようと、カシアス王子は・・・。」
「・・・失礼します。」
 ヤマトはグリフィスの言葉を、無礼を承知で遮った。
「ヤマト!!」
「・・・プライベートのコトなれば。どうか・・・。」
 放っておいて欲しい、という言葉をヤマトは口にしなかった。代わりに。
 お休みなさい。
 そう呟いて、今度こそグリフィスの前から辞するヤマトを。
 彼が自分に与えられた部屋に消えるまで。グリフィスは唇を噛んで見送り、肩を落とした。


 翌朝。
 グリフィスは早朝からカシアス王子を探し回った。
 だが、どうしても捕まらない。多分、意図的にグリフィスとは顔を合わさないようにしているのだ。
「ちくしょう!!」
 カシアス王子がダメならば、何とかヤマトを説得しなければならない。だが、そのヤマトも。グリフィスと話をするのを避けている。付き人だから、基本的には傍に居るのだが。込み入った話をしようとすると、スグ何やかやと理由を付けて居なくなる。そして、何時どこでカシアス王子と会う約束なのか、どうしても口を割らない。
(頑固モノめ。)
 グリフィスは唸った。
「もう、どうなっても知らんぞ!!」
 騎士団の中央通路のど真ん中で、グリフィスは怒鳴り声を上げた。
「・・・。」
 たくさんの人目がある場所で。
 ヤマトは初めてと言っても良い、グリフィスからの叱責を受けていた。
「泣くハメになる・・・!!痛い目に会わないと分からないのか!!この馬鹿っ!!!」
 怒鳴り声は容赦なく。傍を通る人間たちが、顔を向けるほどなのだが。
「・・・。」
 ヤマトは強情そうに唇を引き結んで、一言も発しない。
「・・・この・・・っ!!!」
 グリフィスは、ついに切れた。元々、大貴族の跡取り息子。我慢などさせられるコトは少なく、アマリ気が長いとはいえない。
「勝手にしろっ!!俺は、もう知らんっ!!」
 グリフィスは、今度は誰もが足を止めてしまうほどの大声で。ヤマトをそう怒鳴りつけると、さすがに蒼くなってしまっているヤマトを置いて、足音も荒くその場を後にした。


「〜〜〜〜〜っ!!!」
 グリフィスは、今だかつて無いほど腹を立てていた。
 強情なヤマトにも。強引なカシアス王子にも。
 カシアス王子の意図は明確だ。しかし。ヤマトは、グリフィスがどれほど言っても信じない。

 もう。知ったことか。

 グリフィスは唇を噛む。
 知ったことか。子供では無いのだ。だいたいヤマトの下半身の心配を、どうして俺がしなきゃならない。馬鹿馬鹿しい。痛い目に合わなければ、グリフィスの有り難味も分るまい。
 などと。怒りに任せて投げ遣りな気分になる。だが、それは。
「・・・。」
 裏返って。ヤマトに必要にされたい、感謝して欲しいというグリフィスの期待の顕れでもあった。グリフィスが初めて感じる類いの、強烈な衝動。ヤマトを大切に思う以上に、憎らしく感じてしまう得体の知れない感情。それが何かは、グリフィスには分らない。だが。
「・・・。」
 グリフィスは足を止めた。
 ゆっくりと振り返る。その視線の先には。先ほどの場所に佇んだまま、グリフィスの方を向いて項垂れているヤマトの姿があった。その姿は。自分を置いていった主人を、何時までも待っている捨て犬のように見えた。
「・・・。」
 グリフィスは、唇を噛んで顔を歪めた。
 感情に任せてヤマトを容赦なく怒鳴りつけてしまったコトに、酷い後悔を覚える。
「・・・。」
 グリフィスは戻ってヤマトに声を掛けようと、足を踏み出しかけた。だがその時。
「グリフィス兄さま!!」
 背後から。
 それこそ。オネショをしていた頃から知っている可愛らしい声が、聞こえた。
「エリザベス?」
 グリフィスは振り返った。
 騎士団の中央通路の石畳を駆けて来る、ピンク色のドレスに身を包んだ少女が見えた。
 思わず。グリフィスの頬が緩む。幼い頃から可愛いがっていた、妹のような存在。
 いつの間にか。国の美女の一人と数えられるようになっても、グリフィスにとってソレは変わらない。
「・・・グリフィス兄さまあっ!!」
 子供ように飛びついてきた少女を、グリフィスは抱き留めた。
「こら!子供みたいに。はしたないぞ、もうレディなんだろう。」
 グリフィスは満面の笑みを浮かべて、少女の細い身体を抱き締めた。
 政治的な思惑で、彼女の父親や兄がどう動こうとも。エリザベスは永遠に可愛い妹でしかなく、それは生涯変わらない。
「エリザベス。綺麗になったな。会えて嬉しいよ。」
「嬉しいわ。有難う。グリフィス兄さま。」
 娘盛りの。華やかな笑顔。素直な言葉。大切に育てられた優しい娘。
 泥んこになって一緒に遊んだのが、ついこの間のように思えるのに。いつの間にか悪ガキたちの遊びの輪から姿を消していて、気が付けば、髪を結い、流行の可愛らしいドレスに身を包み、どんどん女性らしくなっていった少女。
 ()であれば当然の成長。そしてグリフィスたちが当たり前のように歩んできたたソレ。だが。恐らくそのどちらとも無縁に育ってきただろう存在を。グリフィスは、突然思い出す。
 慌てて、振り返った。
「・・・!?」
 振り返った先には。先ほどまで佇んでいたハズの人影は、もはや無かった。
「・・・ヤマト・・・?」
 グリフィスは、呆然と呟いた。
「どうしたんだ、グリフィス?」
 背後から、エリザベスの兄であり妹と同じく幼馴染のフェルナンドの声が聞こえた。
「誰か、捜しているのか?急ぎの用か?」
 グリフィスの見ている方向に目を遣りながら、怪訝そうに尋ねる。
「グリフィス兄さま?今日は、夕食をご一緒できるのですよね?」
 何の疑問を持つことも無い、エリザベスの嬉しげな声。
「ああ。いや。うん。」
 グリフィスは。上の空で呟いた。
 カシアス王子のモトに行ってしまったのだろうか。ヤマトを見失ってしまったコトに、グリフィスは激しく動揺した。
「・・・すまない。急用が出来た・・・。」
 フェルナンドに向かって、グリフィスは言った。もはや足は走り出していた。
「待てよ!!せっかく妹が来たんだ。それは無いだろう?約束したじゃないか!!」
 強く腕を捕まれる。グリフィスは止む無く足を止めた。
「・・・。」
 エリザベスは不安そうな顔をして、兄とグリフィスを見比べている。
「・・・エリザベス。すまない。この埋め合わせは、必ずするよ。」
 グリフィスの言葉に反応したのは、フェルナンドの方だった。
「埋め合わせって、何をしてくれるんだよ。グリフィス、ちょっとコッチに来い。」
 フェルナンドはそう言うと、グリフィスの腕を強引に引っ張って、中央通路の端の方に連れて行く。
「・・・用件は分かっているだろう?アレをもらってくれ。」
「フェルナンド・・・。」
 グリフィスは、顔を顰めた。
 頷かないグリフィスを見て、業を煮やしたフェルナンドが耳元に唇を寄せた。
「エリザベスの友達だった女性が、先日自殺を図った。」
「何・・・?」
 自殺とは穏やかではない。わざわざ、そんな話を持ち出すフェルナンドの真意が分からず、グリフィスは彼を見詰めた。
「意に沿わぬ結婚を、ご両親に無理強いされた結果らしい。・・・エリザベスは幼い頃から、お前と結婚するのが夢だった。エリザベスに彼女の二の舞をさせるつもりではあるまいな、グリフィス?」
「・・・!!」
 グリフィスは、息を呑んだ。
 だがそれは。エリザベスのことでは無かった。
 もし。
 もしも。カシアス王子に無体な真似をされたら、ヤマトは。
「・・・。」
 ヤマトは。生きてはいないかもしれない。
「・・・ッ!!!」
 ふいに、頭が真っ白になった。全身を冷や汗が流れる。
「グリフィス・・・?」
 急速に顔色を失った幼馴染に、フェルナンドが少し慌てたように声を掛ける。
「フェルナンド。すまない。」
 グリフィスは震える声でそう言うと、彼の腕を振り払い駆け出した。
「グリフィス兄さまっ!?」
 そう呼びかける少女の声にも。自分の名前を呼ぶ幼馴染の声も。もはや彼には聞こえなかった。


 捜しても捜しても。グリフィスは、ヤマトもカシアス王子も見付けることが出来なかった。
 カシアス王子は、グリフィスの邪魔が入らないよう、カナリ周到に準備を整えていたようだった。
 出掛けなかったかもしれない、という一縷の望みをかけて、自分の部屋に戻ったグリフィスは。
「・・・。」
 ヒトの気配のマッタク無い自室を、愕然と見詰めるしか無かった。
 ヤマトに与えている部屋にも、ヤマトは居なかった。
「・・・。」
 グリフィスは。街中を駆け回り泥のように疲れ果てた身体を引き摺って、リビングのソファに崩れるように座ると、頭を抱えた。
「・・・・・・ッ!!!」
 こんなに自分の無力を感じたコトは、一度も無かった。震える声で呟く。
「・・・カシアス王子・・・ッ。お願いします。どうか・・・。どうかヤマトを。無事に俺の元に、帰してくれ・・・っ。」
 胸が押し潰されそうだった。




「・・・。ヴァロア公。ヴァロア公・・・?」
「う・・・。」
「起きて下さい、ヴァロア公。こんなトコロで寝ると、風邪を引きます。・・・ヴァロア公?」
「・・・!!」
 グリフィスは、唸りながら目を開いた。
 頭がガンガンする。明らかに酒の呑み過ぎだ。ぼやけた視界に。
「・・・ッ!!ヤ、ヤマトッ!!!」
 グリフィスは飛び起きると、ヤマトの二の腕を掴んだ。
「ど・・・、どうしたんですか・・・?」
 ヤマトはびっくりしたように、目を丸くしている。
「ヤ・・・、ヤマト。お前・・・。お前、カシアス王子と一緒だったんじゃ・・・。」
 言いながらヤマトの全身に、素早く目を這わせる。
 ヤマトは風呂上りらしく寛いだ服装をしていたが、特に身体の異変は感じられない。
「ああ。ええ。結局、行かなかったのですよ。」
「行かなかったのか・・・。」
 グリフィスは、ため息のように、言葉を吐いた。
「・・・はい。ずっと中庭に座って時間を潰しておりました。」
「・・・。」
 騎士団の中庭か。グリフィスはため息を吐いた。ヤマト一人なら、捜したかもしれないが、てっきりカシアス王子も一緒だと思っていたので、可能性を考えなかった。
 何だか笑いが込み上げてくる。
「・・・あの。やはり。拙かったでしょうか・・・?」
 ヤマトは気まずそうに、グリフィスを見る。
「いや。」
 グリフィスは、優しい視線をヤマトに向けた。
 グリフィスの完璧な美貌に、疲労が影を落としている。だが、それは壮絶な艶となってグリフィスの顔を、さらに男っぽく見せていた。
 その顔で。グリフィスは心底嬉しそうに微笑んだ。
「・・・。」
 ヤマトの頬が微かに染まる。
「・・・良かった。」
 グリフィスは、ヤマトの腕を掴んだ手に力を入れた。
「・・・。」
「本当に、良かった。俺は・・・。お前が・・・。」
 カシアス王子に抱かれたかと・・・。
 グリフィスは声を出さずに、唇を噛み締めた。
 そう思った途端。もうとても素面では居られなかった。部屋中の酒を持ち出してきて、量も分からないほど痛飲した。
「ヴァロア公・・・?」
「・・・。」
 グリフィスの様子に、ヤマトは周囲を見渡して、散乱している酒瓶の数を数えながら苦笑した。
「大丈夫ですか?随分、過ごされたようですね。ノートン公のご令嬢と何かあったのですか?」
「・・・ああ。エリザベスか・・・。いや。彼女とは、何でもない。本当に、何でも無いんだ・・・。お前こそ。」
「・・・。」
「何故、行かなかった・・・?行くつもりだったのだろう・・・?」
「・・・。」
 ヤマトは俯いた。
「ヤマト・・・?」
 ヤマトは顔を上げない。上げないまま。渋々といった感じに口を開いた。
「ヴァロア公が・・・。」
「・・・。」
「行くな、と。」
「・・・!!」
 グリフィスは、大きく目を見開いた。
「・・・。」
 ヤマトは、所在無げに、目を逸らした。
「風呂に入ったのか・・・?」
 グリフィスは少し掠れた、震える声でそう言った。
 改めてヤマトを見詰めた。ゆったりとした夜着の襟元から肌が覗いている。いつもはサラシに守られているそれは。日に焼けた場所以外は、意外なほど白い。強そうな黒髪が濡れて額に落ち、ヤマトの顔を普段とは違う風情に見せている。何というか。男でしかないハズなのに。妙に中性的なのだ。男でもなく、女でもない。そして、その両方でもある、存在。グリフィスは自分でも気付かず、ヤマトに見惚れていた。
「あ、ええ。風呂から出てもまだ、ヴァロア公がリビングで寝ていらっしゃるのが見えたもので。差し出がましいとは思いましたが、お風邪でも引かれては、と・・・。」
「・・・。」
 グリフィスは、じっとヤマトを見詰めた。
「・・・ヴァロア公・・・?」
 今夜は無事だったかもしれないが。
「・・・。」
 ヤマトに興味を持つ男は、これからも出てくるだろう。カシアス王子にしても、アッサリ手を引くとは思えない。
「ヤマト・・・。」
「はい・・・?」
 もし。そんなコトになれば。
 おそらくこの誰とも肌を合わせたコトなど無いだろう、不器用なオトコは傷つくことになるだろう。
 ヤマトの事情を知らない男たちは、きっとヤマトをズタズタに引き裂いてしまう。
 それならば。
「・・・。」
 いつかは。
 誰かに散らされる花ならば。
 グリフィスは唇を噛み締めた。
「・・・ヴァロア公?」
「・・・グリフィスだ。そう呼べ、ヤマト。」
 俺が。大切に大切に。
 宝物のように、抱いてやる。
 心も身体も。少しも痛みを感じるコトの無い様に。
「・・・。」
 グリフィスは無言で、ヤマト夜着の開いた胸元に躊躇うことなく右手を突っ込んだ。そのまま胸に掌を這わせる。見掛けからは想像もつかないほど柔く滑らかな、その感触。
「・・・ヴァ・・・!ヴァロア公!?」
 ヤマトはビックリしたように目を見開いて、自分の胸元に置かれた手とグリフィスの顔を交互に見た。
「・・・グリフィスと、呼べ。」
 グリフィスはそう言うと。もう片方の腕でヤマトの腕を、強く引いた。

−to be continued−

2006.04.02

 結局。一週間遅れとなってしまいました。我ながら情けなく、穴があったら入りたい気分ですが。2話分だというコトで、どうか許して下さい<(_ _)>
 待たされた上に寸止め(笑)。お怒りのほどは、マコト重々・・・。しかし花って、グリフィスあんた一体・・・。という感じですが(笑)。

 本来なら。ここまでを2話で終わらせる予定だったのですが。思えば、遠くに来たもんだ・・・(?)
 たくさんの励ましのメールを、本当に有難うございました。イロイロご心配もお掛けしてしまったようで、本当に申し訳ないです。途中で打ち切るコトはありませんので、その点だけは、ご安心下さいませ。時間は・・・。少々掛かるかもしれませんが・・・(←おい)。
 一週間ほど、サイトからトンズラしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。本当に改めて。皆様の温かいご支援に感謝。感謝です。
 

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