自慢のカレ
<6>

 グリフィスは。
 自分が訳が判らないほど興奮しているのを感じていた。
「・・・ッ。」
 吐く息が、途轍もなく熱い。
 そして身体も。身体中の血液が沸騰してしまうのではないかと思うほど、熱い。(たぎ)る身体にグリフィスは顔を歪めた。
「ど。どどどどどどうしたんですか、ヴァロア公?ヴァロア公・・・?」
 ソファの上で。グリフィスの大きな身体に組み敷かれた状態のヤマトが、体勢を立て直そうともがきながらグリフィスの名前を連呼していた。目は(せわ)しなく自分の夜着に突っ込まれたグリフィスの手とグリフィスの顔を往復している。
「ヴァロア公?」
 明らかに通常とは違う様相のグリフィスに。ヤマトは驚き戸惑い、そして微かに怯えているように見える。
 それも仕方が無い。我ながら、おそらく獲物を前にした肉食獣のような顔付きをしているだろうと思う。
「ヤマト。」
「は・・・はい。」
「ヤマト・・・。」
「・・・はい・・・?」
「・・・。」
 熱く掠れた自分の声が。ヤマトの名前を呼んでいるというコトを、どこか現実感無く感じる。
 興奮のせいか頭の中は白一色に覆われていて、言葉どころか考え一つカタチを成そうとしない。グリフィスはヤマトを安心させる言葉をさっきから探しているのだが、どうにもならない。
「・・・っ・・・。」
 ついにグリフィスは、諦めて口を噤んだ。喉が、カラカラになってしまっている。グリフィスは、何度も何度も生唾を飲み込んだ。
「ヴァロア公・・・?」
 ヤマトが、そんなグリフィスに窺うような視線を充ててくる。
「・・・グリフィスだ・・・。そう、呼べ。」
 ヤマトの肌に触れた手が離せない。熱い。ぴったりと掌に馴染みつつあるそれは、男性の肌よりはどこか柔いだろう気はする。だが、当然だが女性のような甘い膨らみは持っていない。それなのにグリフィスは、その奥を探りたくてたまらない。手を這わせ、むしゃぶりつきたい。グリフィスは荒い息を吐きながらヤマトの顔を見た。
「・・・。」
 グリフィスはカシアス王子やロン・タイほどの遊び人では無い。だが。今まで相手に不自由したコトは一度も無いし、それなりの場数も踏んできたつもりだった。一夜の恋人が望む甘い言葉の一つや二つや三つや四つ。普段なら雰囲気に合わせて、いくらでも出てくるというのに。今夜ばかりは、全然ダメだ。
「ヤマト・・・。」
 不安に潤んでいるグレーの瞳も。口よりハルカに雄弁な濃い眉毛も。今のグリフィスにとっては舐め取ってしまいたい程に愛しいが。現実にはどう褒めてもムードはぶち壊しになるような気がする。それに。ウッカリしたコトを口にしようモノなら、ヤマトの必殺の口癖が出そうだ。
『俺は、オンナじゃありません!!』
 それが出たら、もうダメだ。ヤマトは絶対()らせてくれないだろう。それだけは、絶対言わせてはならない。だが、それでは何をどう言ってコトを進めたら良いのか、グリフィスほどの男が分からない。
 グリフィスは、哲学者のような表情で眉間に皺を寄せ、悶々と思い悩んでいた。すると。
「・・・ヴァロア公、どうやら飲みすぎていらっしゃるようです。落ち着いてください、ヴァロア公。」
 ヤマトが。妙に冷静に。彼も微かに眉間に皺を寄せてはいたが、グリフィスより余程余裕のある状態で、そうに言ってきた。
「・・・酔ってはいない・・・。ヤマト。これは酒の上のコトでは無いぞ・・・。」
 だが『自分は酔ってない』というのは、酔っ払いの常套文句。何とも説得力が無い。ヤマトの眉毛が困惑を表すように動く。
「・・・戯言にするつもりは、無い。」
 グリフィスはそう言うと、ヤマトの首筋に顔を埋めた。くん、とその肌の匂いを嗅ぐ。
「・・・ヴァ・・・!!ヴァロア公!?」
 ヤマトが慌てたように叫びながら、身を竦ませる。
「・・・ヤマト・・・。」
 吐く息が荒く我ながら獣のようだ。グリフィスは思った。
 だがどう抑えようとしても、ヤマトの肌の匂いを嗅いでいるだけでドンドン凶暴な衝動が身の内に膨らんでくる。グリフィスは身体の中で荒れ狂うソレを抑えかねて、唇を噛んだ。このままではヤマトを。ヤマトを引き裂いてしまう。
(落ち着け。落ち着け。童貞じゃあるまいし。)
 グリフィスは必死で息を整えた。目を閉じて、気持ちを静めようとする。
 ヤマトは多分、いや絶対に初めてだ。
 グリフィスとて、両性相手は初めてだが、ここは絶対にグリフィスが上手くリードしなくては。初体験が悲惨だと後々のヤマトの性生活に尾を引いてしまうことになるだろう。
 初めて女性を相手にした13の時でも、これほど緊張しなかった。と思いながら、グリフィスは目を開いた。決して性急にコトを進めてはならない、と自分に言い聞かせる。だが。
「・・・。」
 腕の中に居るヤマト。
「・・・。」
 どうにも不安気な面持ちで、グリフィスを見上げている。
 処女など。面倒なだけだと、ずっと思っていた。だが。

 この新雪の上は。誰も歩いたコトが無いのだ。真っ白いまま。グリフィスの前に現れた。

 その瞬間。ヤマトが震える官能的な声で。誘うように瞳を揺らしながら(注:グリフィス視点)、グリフィスの名前を呼んだ。
「・・・ッ!!」
 カッと。
 身体が燃えるかのように熱くなる。どうしようもなく欲しい。もう、どうして良いのか判らない。
「ヤマトッ!!」
「うわあっ!!!」
 グリフィスは、少年のように興奮し混乱したまま、悲鳴を上げるヤマトに圧し掛かると、その唇に噛み付くように、口付けた。
「・・・んっ・・・!!んん・・・っっ!?」
「・・・ッッ・・・!!」
 躊躇うことなく深く探る。口腔内を嘗め回し、未知の刺激に怯え、奥に縮こまってしまっている舌を追い回し絡め取る。
「・・・ッ・・・。」
 強く吸い上げると、ヤマトが微かに吐息を漏らす。その甘さ。今までの経験では一度も感じたコトの無い、その甘さに。グリフィスは即座に僅かに残っていた躊躇いを、空の彼方に放り投げた。
「・・・ッ!!ヤマト。ヤマトヤマトヤマト・・・。」
 甘さを追うように、顔中を舐め回す。女性と殆ど変わらない柔く滑らかな、その感触。今の今まで気付かなかったが、ヤマトの顔には普通の男のような髭は無かった。肌理(きめ)の細かい触れ心地の良い肌。
「・・・うう・・・っ・・・。」
 腕の中のヤマトが、抗うように身体を捩る。
「・・・ッ!!・・・シーッ。大丈夫だ、ヤマト。シーッ。」
 熱に浮かされたように、グリフィスは必死にヤマトを宥める。暴れる身体を、ソファに縫い止める。
 先ほどまでアレほど苦労していた陳腐な男の薄っぺらい睦言が、反射的にバンバン言葉となって出てくる。何が何でも()る!!断固たる牡の決意が。本能が。呆れたことに口まで滑らかにしていた。欲望を遂げるためなら、閨に居る間は何だって言うだろう男の身勝手さが、思いっ切り前面に出ていた。
「・・・ッ!!」
 自身のコントロールがマッタク利かなくなっている。もはや拒まれても止めてはやれない。だが、強姦まがいな真似はさすがにしたくない。グリフィスは、必死でヤマトをかき口説いた。正気に戻ればおそらく舌を噛み切りたくなるだろう歯の浮くようなセリフを片っ端から口にしながら、夜着の胸元を大きく開くと胸元を探りながら、首筋から鎖骨にかけたラインを音を立てて舐め上げた。
「・・・っ!!」
 指先にかかる、微かな突起。
 グリフィスは指を追うように突き出した舌先でヤマトの鴇色の乳首に触れる。固くしこった感触に、衝動的に吸い付くとヤマトは身体を震わせた。
「ヤマトッ。」
 大事に大事に。
 宝物のように、抱いてやりたい。
 本気でそう思っているのに。身体は勝手に暴走を始めようとしていた。
「・・・!!」
 邪魔なヤマトの夜着を剥ごうと、身体を浮かす。引き裂く勢いで、それを引っ張る。
「・・・っ!!ヴァロア公・・・っ!!」
 ヤマトがグリフィスの腕を強く掴んだ。初めての明らかな抵抗に、グリフィスはあせった。
「・・・シーッ。大丈夫だ、ヤマト。任せてくれ。シーッ。」
「ヴァロア公。あのあのあのあの。」
「頼む・・・っ、ヤマト!!どうか任せてくれ・・・!!」
「・・・一体、どうしたんですか!?何かあったんですか!?・・・いえっ!!そんなコトはどうでも。だけど、やっぱりコレは(まず)いです。絶対に後悔されるコトになります。止めておいた方が良いと・・・。というか、止めて下さいっ!!」
「・・・ッ!!」
 グリフィスは、心臓が止まるかと思った。
 ここまできて、止められるか!!
 半分だけかもしれないが、ヤマトにだってオトコの性もあるだろうに、何てコトを言うんだ。思いやりの欠片も無い!!
 グリフィスは必死だった。
「な・・・何もしない。何もしない。見るだけだ。なっ!?」
「は・・・?」
 ヤマトは、ほとんど感情が表に出ない彼にしては珍しい、キョトンとした表情でグリフィスを見上げた。
「見るだけだ。約束する・・・。ほんのちょっと・・・。な?い・・・いや。ちょっとだけ触るかもしれない。でも、誓ってちょっとだけ・・・。」
「・・・。」
 自分でも馬鹿なコトを言っている自覚はあった。明らかな嘘。この状況で、何もしない訳がない。
「・・・。」
 ふいに。
 腕の中のヤマトの身体が、小さく震えた。どうしたのかと顔を覗き込むと、全身を震わせながら声を殺して笑っている。
 グリフィスは、羞恥のアマリ眩暈がした。
 よりにもよって。よりにもよって、童貞(処女?)に笑われるハメになろうとは。
 グリフィスが地の底に沈んでいきそうなプライドを、かろうじて根性で引き止めていると。ヤマトが瞳に笑みを残したまま、グリフィスを見詰めてきた。
「ヤマト・・・?」
 その瞳に何か真摯なモノを感じて、グリフィスは首を傾げた。
「・・・ヴァロア公。・・・見当はお付きでしょうが。俺は、オトコもオンナも知りません。」
「・・・!」
 グリフィスはハッとした。ヤマトの真意を探ろうと瞳の奥を覗き込む。
「・・・正直。出来るかどうかも、わかりません。・・・未熟で・・・。」
 ヤマトは苦笑とともに、瞳を伏せた。だが。表情よりはるかな悲壮感を、グリフィスは感じとった。
「・・・。」
 小さな小さな保守的な田舎の村で。ヤマトはどんな人生を歩んで来たのか。
 あの夜。ヤマトは眠っているというのに、声を出さずに涙を流していた。いつも、そんな風に泣いていたのだろうか。誰にも知られぬように・・・?
「・・・ヴァロア公。俺は・・・。」
「シーッ。」
「・・・。」
 更に何かを言おうとするヤマトの言葉を遮って、グリフィスは、ヤマトの身体を抱き締めた。
 僅かに強張る背中を、ゆっくりと撫で降ろす。
「・・・。」
 緊張した顔で、無言でグリフィスを見詰めてくるヤマトの顔に向かって微笑むと、何度も何度も、根気強く顔中に触れるだけの軽い口付けを落とした。ヤマトの身体が柔らかく解けるまで、待った。
「・・・大丈夫だ。ヤマト。優しくする。・・・どうか、俺に任せて欲しい。」
 クリフィスは。ヤマトの耳元で出来うる限り静かに囁いた。
「ヤマト。」
 自身のオスは完全にスタンバッていて、痛いほど自己を主張し続けていたが、グリフィスは死に物狂いで耐えた。
 大事に大事に。
 宝物のように・・・。
 グリフィスは。ともすれば薄くなる理性の片隅で、呪文のようにその言葉を唱えた。決して酷い真似はしたくない。そう思いながら口付けを深くしていく。
 こんな場合で無ければ、ヤマトの足元に(ひざまず)いて、愛を請いたいところだったが、いかんせん、この身体の状態では無理だ。
「・・・。」
 ヤマトの身体がから、力が抜けていくのが分かった。たどたどしく、グリフィスのキスに懸命に応えようとする仕種に胸が熱くなる。
 グリフィスは自身の服も脱ぎ捨てると、肌を重ねた。遮るモノの何も無い、直接触れ合う肌の熱さに、グリフィスは感動に身体が震えた。
「・・・だ、大丈夫だ、ヤマト。大丈夫・・・。」
 うわ言のように呟きながら、ヤマトの腿を膝でやや強引に割ると、大きく開かせた。
 そのまま割り込ませた腰を数回強く押し付ける。グリフィスの牡の欲望を感じ取り、ヤマトはビクリと身体を震わせた。
「・・・ッ・・・!!」
「・・・。」
 抵抗が無いのを見て取って、グリフィスはヤマトの足の付け根に躊躇無く手を這わせた。すると。
「・・・あ・・・っ・・・!!」
 ヤマトが慌てたように声を上げて、グリフィスの右手を掴んだ。
「シーッ。」
「・・・。」
 そのまま何かを言おうとするヤマトの言葉を遮るように、グリフィスはその下唇に歯を立てる。
「・・・。」
 歯を立てた部分を舐めると、グリフィスは今度はヤマトの顎に歯を立てた。そのまま首筋に唇を這わせていく。
 逞しいというより。よく鍛えられた身体だった。
 普段サラシに守られている肌も真っ白で滑らかだったし、身体付きも、綺麗に筋肉が付いて美しい。それに。脹らみの無い胸も鍛えられた腹筋も脚も、確かに女性よりは男性の形状に近いと思うのに、何故か男の匂いがマッタクしなかった。オトコの身体を持つ、マッタク雄を感じさせない不思議な生き物。

 探る指先が、ヤマトの女性部分に触れる。
「・・・!?」
 まるで、少女のようだ。
 思わずグリフィスは、小さく呻き声を漏らした。

 未熟な身体。

 本人の言う通り。男性部分も女性部分もかなり未成熟な性器。まるで、無垢な子供のような。
「・・・ッ・・・!!」
 その瞬間。
 グリフィスの背筋を。凄まじい怖気のようなモノが駆け上った。
 自分は、一体ナニを(・・・)犯そうとしているのか。
 これは。人間として、本当に許される(・・・・・)所業なのか!?
「・・・っっ・・・!!」
 決して人間(ひと)が触れてはならぬ禁忌を。自分は侵そうとしているのではないのか。凄まじい恐怖が、グリフィスに襲い掛かった。

 人間(ひと)なのか。人間(ひと)ではないのか。
 邪悪な悪魔なのか、限りなく神聖な何かなのか。
 グリフィスは、蒼白な顔で呻いた。だが、その瞬間。

『こんな出来損ないの身体では・・・。』
 ふいに。脳裏に、あの夜のヤマトが浮かび上がった。

『こんな出来損ないの身体では、騎士団には居られないですか・・・。』
 そう呟いた、ヤマトが。

 俺は、オンナじゃないっっ!!

 泣きながら何度も叫んでいる姿が。

「・・・っっ・・・!!」
 グリフィスは、腕の中のヤマトを見た。
「・・・。」
 見下ろしたヤマトの灰色の目が、静かにグリフィスを見詰めていた。その瞳には何の感情も浮かんでいなかったが。だがグリフィスには分かった。
「・・・。」
 ヤマトは諦めている、と。
 恐らく、急に様子の変わったグリフィスに気付いたのだ。全てを察し。そして静かに諦めた。

 いつも。いつもそうだったように・・・?

「・・・っ!!」
 グリフィスはヤマトを力一杯抱き締めた。
「・・・ヴァ・・・、ヴァロア公・・・?」
 ヤマトが驚いたように、グリフィスの名を呼んだ。
「・・・!!」
 グリフィスは歯を喰い縛った。
「・・・確かに。お前は未熟だ、ヤマト。俺を受け入れるのは、痛いかもしれん。だが、俺はお前を抱きたい。抱いても良いか?初めての男が俺で構わないか?」
「・・・。」
「お前は綺麗だ、ヤマト。穢したら、天罰が下るかもしれないと、思えるほどに。」
「・・・な・・・。」
 ヤマトがポカンとした顔で、グリフィスを見た。
「俺が、欲しいと言ってくれ。ならば俺は・・・。例え地獄に堕ちても、構わない。」
「・・・。」
 その瞬間。
 ヤマトの身体中が、あざやかな紅に染まった。


 例えようも無いほど。愛しい存在。
 確かな温もりを持つ、ただ一人の人間。
 同じように思い。幼いヤマトを護り慈しんでいただろう、彼の両親。だが彼らはもう居ない。
 だが。俺が、ここに居る。
 俺が。
 この国の建国にも携わり、常に先頭に立ちこの国を護ってきた誇り高きヴァロア公爵家。
 その5代目当主たる、このグリフィスが。




 破瓜の瞬間。
「・・・・っ!!・・・」
 ヤマトは大きく仰け反ると、声は出さずに頬に一筋の涙をこぼした。
「・・・っ。」
 そのとき。
 グリフィスの胸を満たしたモノを。何と言えばいいのだろうか。

 オンナの足の間で、忙しなく腰を振る。
 端から見れば、浅ましく滑稽にさえ見えるかもしれない性欲を満たすソレが。それ以上の何か崇高な行為に昇華した瞬間だった。
 グリフィスは全身全霊をかけて、ヤマトを愛した。
 ヤマトという唯一無二の存在を。
 男であり女であり、そのどちらでもある。オトナであり子供でもある存在。
 畏れは、ある。確かに。だが。
 そんなものを超える感情が、グリフィスの全身を満たしていた。
 『愛している』と言い掛けた言葉を飲み込む。
 そんな言葉をカタチにすることでさえ。何かを穢してしまいそうだった。


「ヤマト・・・。」
 自身を完全に埋め込んで荒い息を吐きながら、グリフィスはヤマトの顔を覗き込んだ。
「・・・。」
 どれほど丁寧に扱っても。肉体的な未熟さ故か、痛みが伴うのだろう。ヤマトは歯を食い縛って耐えていた。表情には甘いモノは微塵もなく、ただ一つの命綱のようにソファに爪を立てている。
 まずいな。
 僅かに残った理性が、頭の隅でそう囁く。だが。
「ヤマト。辛いか・・・?」
「・・・。」
 ヤマトは顔を背けたまま、首を振る。辛くない訳がない。無理を強いているつもりはなくとも、少なくともまだ、ヤマトは快感を感じてはいない。
「ヤマト・・・。」
 グリフィスは眉間に皺を寄せた。理屈とは別に、肉体が処女の締め付けに長く持ちそうには無かった。
「ヤマト。すまん・・・。」
「・・・・・・っ!!!」
 グリフィスは。強引だと承知の上でヤマトの腰を抱えると、大きく動き始めた。
「ああっ!!」
 ヤマトが行為が始まってから、初めての声を上げた。
「・・・ヤマト、ヤマト・・・ッ!!」
 グリフィスはヤマトの手を取ると、強引に自分の背に縋らせる。ソファになど頼る必要は無いと、示したつもりだった。グリフィスが受け留める。何もかも。
「・・・ッ!!」
 肩に回したヤマトの爪が、グリフィスの肌を突き破るのを感じた。だがそれすらも、痛みより甘い。グリフィスはしがみつくヤマトを力いっぱい抱き返した。
「・・・う・・・っあ!!!・・・母さ・・・っ!!・・・っ!!助け・・・っ!!」
「・・・ッ!!」
 味わったコトが無いだろう初めての快感に怯え。悲鳴を漏らす殆ど忘我の状態だろうヤマトを、グリフィスは更に力を込めて抱き締める。
「・・・俺に縋れ、ヤマト。」
 ヤマトの耳朶を味わいながら、低い声で囁いた。
 心の底から。

 愛しいヒトを抱く。
 そして。二人の子供の誕生を、望む。
 普通のソレと何が違う。
 グリフィスは呻いた。歓喜で。

 ヤマトがもしも孕めば・・・。
「・・・それは。ヴァロア公爵家の、正当な跡取りだ・・・。」
 グリフィスは小さく呟いた。
 ヤマトにその能力があって欲しいと。心の底から。

 願った。





 視界が赤く染まっていた。
 覚醒しかかっていたヤマトは、顔を顰めると小さく身じろいだ。
「・・・っ・・・!!」
 途端。
 今まで一度も感じたコトの無い場所に痛みを感じ、ヤマトは必死で悲鳴を押し殺した。
(ああ。・・・そうか・・・。)
 昨夜。酔っ払いの相手をしたことを思い出し、ヤマトはやっぱり顔を顰めながら目を開く。

 途端に飛び込んでくる紅。
「・・・。」
 グリフィスの寝室の窓に、まだ明け切らぬ空が見えていた。
 あざやかな朝焼け。
「・・・。」
 それは。今まで見た中で一番美しい空だと、ヤマトは思った。
「・・・。」
 暫く呆然と、空を見詰めていたヤマトは。
 自分の身体が、温かなものに包まれていることに気付いた。
「・・・。」
 酔っ払いが。酒臭い寝息を吐きながら、ヤマトを抱き締めていた。
 昨夜の深酒のせいだろう。グリフィスは正体が無いほど爆睡していて、ちっとやそっとじゃ起きる気配も見せない。ヤマトは、小さく溜め息を漏らした。

 同じ人間とは思えないほど、美しい男。
 間近に見る、その美貌に思わず手を伸ばす。
「・・・。」
 手は。
 グリフィスの顔の近くを彷徨って、結局。そっと。そっと、壊れ物を扱うようにそっと、その銀色の髪に触れた。
 きらきらとした、それは。触れると絹の手触りで、ヤマトの頬が思わず綻ぶ。

 女性にも男性にも不自由したことなど無いだろう身分も容姿も極上の男。
「・・・。」
 昨夜。切羽詰ったような表情で。
 荒い息を吐きながら、ヤマトを組み敷いたグリフィスの、牡にしか出せないだろう壮絶な艶を思い出す。
 歪むグリフィスの端正な美貌。吹き出す汗が。乱れる輝く銀髪が。グリフィスをより野性的に。艶やかに見せていた。
「・・・。」
 たいして違わないだろうと思っていた『男』という性が、自分とはマッタク違うものだと思い知らされた夜だった。

 猛々しさも。強引さも、優しささえ。ヤマトの持っているものとは、根本的に何かが違った。

 ヤマトは昨夜。翻弄され惑わされ、溺れ切った。何度意識を飛ばし、何度覚醒したか、サッパリ覚えていない。最後には、まるで獣のように快楽だけを追い求め、自分の分も省みずにグリフィスの美しい身体に縋りついた。
 思い出すと赤面モノだが。
「・・・。」
 ヤマトは溜め息を吐いた。
 グリフィスが何を考えて、あんな行為に及んだのか、ヤマトには分からない。単に酔っていたからか、ヤマトの珍しい身体への好奇心であったのかもしれない。もしかすると、生涯誰とも添うコトは無いだろうヤマトへの同情だったのかもしれない。だが。そんなコトはもはやどうでも良かった。

何も(・・)しない(・・・)から・・・!』
 ヤマトの服を剥ぎ取りながら。誠意のカケラも感じさせない口調でそんなコトを口走っていたグリフィスを思い出し、ヤマトは小さな苦笑を漏らす。
 服を脱がせ、肌に唇を這わせながら『何もしない』もないモンだ。
 その他にも、綺麗だとか可愛いだとか、ヤマトが生涯で一度も言われたコトの無いような有りとあらゆる賛辞を投げ掛けてきた。男はベッドの中で、口先だけで心にも無いことをイクラでも言うものだとヤマトのスグ上の5番目の兄が言っていた。()らせてくれるなら、安いモノだと。どうやら、本当だったらしい。だが。
「・・・。」
 切羽詰った顔で、何もしないと、グリフィスが言った時。
「・・・。」
 ヤマトは何故か。この男が好きだ、と心の底から思ったのだ。
 美しい銀髪と金色の瞳。まるで最高の腕を持つ人形師が細工したような文句の付けようの無い硬質で完璧な美貌を持ちながら、ヤマトが今まで出会った誰よりも激しい気性を持つ男。『ケイロニアの猛虎』という異名を持ち、カシアス王子の懐刀でもあるのに。ヤマトの前では、妙に抜けたトコロも見せる男。腹立たしい部分さえも含めて、真っ直ぐな気性のこの男をヤマトはいつの間にか、心の底から愛していた。
 だから、グリフィスがヤマトを抱こうとした真意など。もう、どうでも良かったのだ。

 ヤマトは、誰もがそう(・・)だろうように。
 愛するヒトと、肌を合わせたいと願っただけだった。それが例え、生涯でただ一度のコトだとしても。

 どれほど。気付かぬ振りをしても。求めずとも。
 恋は。
 どんな人間のモトにも、平等に訪れるものらしい。
 足掻いても、もがいても無駄なこと。ナルようにしかならない。

「・・・。」
 ヤマトは自身の手を、じっと見詰めた。
 正直。多分皆が思っているほど男っぽい手では無いだろう。実家の兄弟たちやグリフィスが当然のように持っている男っぽい筋ばった手とは、どこかが違う。だが。折れそうな程、細くも可憐でもない。剣を持つために鍛えられた手だ。鎚を振り上げるために筋肉のついた腕だった。
「・・・。」
 昨日の昼間。グリフィスに抱きついていたたおやかな少女の手が、目に浮かぶ。
 グリフィスの婚約者だという、あの美しい少女。
 ヤマトの母親がたくさん仕立てていた可愛らしい洋服の数々も、彼女ならば似合っただろう。
 風に翻っていたピンク色のスカート。
 グリフィスの背に回された真っ白な手は、刺繍をするための針くらいしか持ったコトが無いように綺麗に手入れされていた。

 お前は。欲しくて欲しくて産んだ。私の大事な大事な宝物よ。

 お母さん。
 ヤマトは微かに笑った。

「・・・。」
 ヤマトは、眠るグリフィスの銀色の髪に、もう一度手を伸ばした。
 その絹糸の手触り。
「・・・ん・・・。」
 他人の気配を感じたのか、グリフィスが寝返りを打った。
 驚いて手を離したヤマトは、グリフィスの逞しい肩のあたりに、昨夜自分がしがみついて残した痕跡を認め、微かに頬を染めた。
「・・・。」
 縋りつく肩の。その力強さ。抱き締め返してくれる腕の、例えようも無いほどの甘さ。
 信じられないほど幸福だった。だが。
「・・・。」
 ヤマトの身体を探っていたグリフィスの目に、一瞬浮かんだ恐怖にヤマトは気付いていた。
 自分たちとはマッタク違う身体に触れてしまったことに対する本能的な畏れを。いや。間違う事なき嫌悪の感情を。

「・・・だが。・・・充分だ・・・。」
 ヤマトは目を閉じた。
 地獄に堕ちても構わないと、言った男。
 ヤマトを愛おしいと、ささやき続けた男。

「・・・。」
 ヤマトは。微かに開いたカーテンの隙間から見える空を、もう一度見上げた。
 あれほどあざやかだった朝焼けも、時間とともに徐々に薄くなりつつあった。
「・・・。」
 時間(とき)とともに、消えてしまう。ヤマトは薄い笑みを浮かべた。
「・・・充分だ・・・。」
 もう一度。呟いた。







 その銀髪の美丈夫は。
 騎士団の中央通路の石畳を、出来得る限りの早足で歩いていた。
「・・・。」
 本当は走りたかったのだが。彼の重度の二日酔いの頭がそれを許さなかった。
「・・・くそっ・・・!!」
 朝目覚めて、グリフィスはヤマトが居ないコトに気付いて仰天した。
 一晩中。責め立てた自覚があったので。まさか自分より先にヤマトが目覚めるとは思ってもみなかった。何といっても、始めたのはソファだったのに終わった場所はベッドだったのだから。だというのに。
(さすが、というか。凄い根性だというか。無謀というか・・・。)
 グリフィスは、ヤマトの強情そうな表情を思い浮かべて、苦笑した。だが、笑っている場合ではない。もし、あのまま剣の稽古に出たとしたら、さすがのヤマトでも今日はヘロヘロだろう。第一騎士団内でも、ヤマトのシンパのようなものは出来つつあるが、まだまだ反感を持っている騎士が大多数だ。下手したら、ボコボコにされてしまう。
「・・・。」
 グリフィスは舌打ちとともに、痛む頭を庇いながら足を速めた。その時。
「グリフィス!!」
 剣技場の方から歩いてきたらしいロン・タイが、渋い顔で声を掛けて来た。相変わらずのエキゾチックな男前だが、先日のヤマトとの一件以来、ずっと機嫌が悪く今顔を合わせたい人間では無い。グリフィスも顔を顰めた。
「おい!!どういうコトだ!?ヤマトと二人でサボリか?ふざけんなよ!!」
 ロン・タイの言葉に、グリフィスは驚いて、眼を瞠った。
「・・・ヤマトは・・・。行かなかったのか・・・。」
「ああ!?手前、従者の動向も知らんのか!?今日はカシアス王子も参加されていたというのに、講師が無断欠席とは無礼にも程があろう。」
「・・・やはり、身体がキツかったのか・・・。」
 グリフィスは、小さく呟いた。
「はあ!?」
 ロン・タイが大きな声で聞き返してきたが、それを無視して。
「失礼。」
 グリフィスは慇懃無礼に踵を返した。
「・・・失礼!?失礼ったあ、どういうコトだ!?それにお前、酒くさ・・・っ!!おい、グリフィス!!」
「・・・。」
 小うるさいロン・タイを振り切ってグリフィスはヤマトを捜すために歩き始めた。

 稽古に参加したのでなければ、一体どこに行ったんだろう。
 グリフィスは、大急ぎでヤマトが隠れていそうな場所を思い巡らす。だが。
 責任感の強いヤマトが連絡も無しに剣の稽古を休んだという行動に、微かな違和感を感じる。その違和感はどちらかというと、良くないイメージに繋がっていた。
「・・・。」 
(まさか、どこかで倒れているんじゃないだろうな・・・。)
 グリフィスはあたふたと走り始めた。頭が痛いなどと言ってられない。
 結局、何もかもが初めてだっただろうヤマトを、無我夢中で意識を失うまで攻め立ててしまったのだ。
(俺は、発情したサルか・・・。)
 猿が聞いたら気を悪くするだろうコトを思いながら、グリフィスは溜め息を吐いた。
 グリフィスにしがみ付いて、あられもなく乱れた昨晩のヤマトを思い出す。
(ヤマト・・・。)
 むず痒いような温かさが、胸に満ちる。
「・・・。」
 あんな風に乱れたことは初めてだっただろうヤマトが、グリフィスと顔を会わせ辛いと思うのは分からないでもない。だが。
「・・・。」
 初めてだったからこそ。グリフィスはヤマトに、翌朝くらいは優しくしてやりたかったと思う。グリフィスは、溜め息を吐いた。それにしても。
(俺は昨日からヤマトを捜してばかりだな。)
 グリフィスは苦笑した。だが不思議と甘いその感情に、照れた気分で口元を綻ばせた。その時。
「・・・?」
 どこか見覚えのある第3騎士団の騎士が、蒼ざめて強張った顔で真っ直ぐグリフィスに向かって来るのが見えた。
(確か・・・。カウント・ダウンパーティで・・・。)
 ヤマトを腕に抱いていたマルコとか言う名前の男だと気付き、グリフィスは顔を引き締めると眉間に皺を寄せ、足を止めた。

−to be continued−

2006.05.25
2006.08.22

 トンデモナイコトになる事はなってしまったヤマトですが。期待ハズレだったら、ホントごめんなさいm(__)m
 それにしてもヤマトは、もしかして。オトコの趣味が悪いんじゃあ・・・。次回で終わる予定です。もしかすると。アト2話になるかもしれませんが・・・。(5.25コメント)

 いろんな意味で・・・。・・・。(8.22コメント)

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